離婚届は寝室に置いておきました。暴かれる夫の執着愛

abang

文字の大きさ
上 下
19 / 42

信頼が崩れた後はどうすればいいの?

しおりを挟む


エルシーがリジュを訪ねたのはそれからそう時間が経たない内にだった。

少し泣いたのだろう微かに赤く少し腫れたように見える目元と楽だがきちんと整えられた装いがアンバランスで意地らしいと思った。

「リジュ、遅くなってごめんね」

「ううん。来てくれてありがとう、エルシー」

「よかった」

気を遣ったような微妙な笑顔を見せた後は静かだった。

まるで本当に二人だけの世界になってしまったのかと思うくらい、気まずさこそ無いが音のない数十秒。

ただ目が合って、どちらとも離すわけでもなくかと言って探り合うような視線でも無い。


けれどそれだけで満たされる、エルシーの碧い瞳に写る俺は美しく見える気がする。

何もしなくても言わなくてもいいからただこうしてその瞳に俺だけを写してほしいだけ。


そして俺の瞳に君を閉じ込めてしまいたい。



「今日は、エルシーの好きな物ばかりなんだ。本邸で一緒に食事をしない?」

「……ええ、分かったわ」


きっとエルシーの事だから使用人達が頑張って用意してくれたのだろうとか、俺なりに考えて用意したのだろうとかそう言う事を考えて「分かった」と答えただけで別に仲を修復しようだとかそういった意味では無い。


にも関わらず安堵し、つい目元が緩んでしまう。


(リジュのこんな表情、久しぶりに見たわ……)


エルシーもまたそんなリジュの毒気のない表情に心をくすぐられていた。

けれど、エルシー自身リジュを愛しているのはもうすでに自覚している。

もう彼にこれ以上傷つきたくないのだ。


そういったエルシーの心境も今となっては不思議と感じ取れた。


皆に愛されるエルシーはリジュが感じるように愛の温度差や不安なんて考えた事もないのかもしれない。そう思っていた。

下らない嫉妬や、不安からエルシーは自分が彼女を愛するほど自分を愛していないのだろうと勝手にネガティブ思考に陥った。


エルシーはきっと不安だったり、不満だったりを見せないよう気丈に振舞ってくれていたのだというのに。

だって余裕ならば、今目の前にいるエルシーはこんなも切ない表情をする筈がない。


(ごめんエルシー……)

心の中で呪文のように謝罪を繰り返す。

今抱きしめたとしても君はきっと前のように嬉しそうな照れたような表情をしてくれないだろう。ぴしりと固まった表情が目に浮かんでリジュは伸ばしたいはずの手でぎゅっと拳を握った。

どうでもいい女達には次から次へと出てくる言葉がいつもエルシーの前では言葉足らずになってしまう。


込み上げてくる普通じゃない持て余すほどの愛は深すぎて暗い。

底が見えないほど暗いそこにずっと落ち続けている気分だった。


奪われたくない、どこにも見せてやりたくない、俺だけのエルシー……


全てを手に入れるなんてことできる訳ないし、彼女は彼女自身の物だと理解しているのにどうしても欲が湧く。

刃となるほど丁寧に磨かれた想いはついに本当に彼女を傷つけてしまったというのに、未だ情愛に揺れるエルシーの瞳が俺だけを写していることがこんなにも嬉しい。


「女性達とは完璧に縁を切ってるんだ」

「そう……」

「試すようなつもりだった。最低だよね」

「あなたが、どんな気持ちだったのか考えてみた」

「……ん」

「けれど、分からないの」

「ごめ……「まるで私はずっと貴方だけ見てるのに、目が合ってると思っていたのは私だけだったような気分」


「ーっ」

「私のいちばんはずっと貴方だけだったでしょ、リジュ」



(不安なんだ、どれ程愛してると言われても自信がない)


「君は、美しいから……釣り合ってない気がしてた」

「それは私だって同じだったわ」

「追われる事で実感したかったんだと思う」

「私は、貴方を裏切ったことは無いわ」

「でも愛してるんだ、エルシー……」



許さない、と言うよりは理解できないという視線。

言い訳しようのない狂気。


愛して、時に壊したくなる。

壊れて俺だけに縋って欲しい

俺だけのエルシーにするにはどうすればいい?


そう考えてしまう。




けれどやっぱり君は美しい

エルシーは光の中で笑っているべきだと

矛盾する俺も居て、





「貴方の愛って不誠実なのね」



そう言って睨みつけた君の瞳にもぞくりとする。


それと同時に心臓にナイフを突き付けられたような焦燥感。



(ああ駄目だ、離れていかないで)


(受け入れて俺を)


(なんだってあげるから)




「別れてくれる気が無いのは分かったから、少しそっとして」


「……エルシー」


どうしたら君に触れられる、


ただその小さな背中が愛おしくて、遠い。


そして君のことが恐ろしいほど好きで仕方がない。








しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

私は貴方を許さない

白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。 前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完】愛していますよ。だから幸せになってくださいね!

さこの
恋愛
「僕の事愛してる?」 「はい、愛しています」 「ごめん。僕は……婚約が決まりそうなんだ、何度も何度も説得しようと試みたけれど、本当にごめん」 「はい。その件はお聞きしました。どうかお幸せになってください」 「え……?」 「さようなら、どうかお元気で」  愛しているから身を引きます。 *全22話【執筆済み】です( .ˬ.)" ホットランキング入りありがとうございます 2021/09/12 ※頂いた感想欄にはネタバレが含まれていますので、ご覧の際にはお気をつけください! 2021/09/20  

婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい

恋愛
婚約者には初恋の人がいる。 王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。 待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。 婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。 従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。 ※なろうさんにも公開しています。 ※短編→長編に変更しました(2023.7.19)

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

婚約者の側室に嫌がらせされたので逃げてみました。

アトラス
恋愛
公爵令嬢のリリア・カーテノイドは婚約者である王太子殿下が側室を持ったことを知らされる。側室となったガーネット子爵令嬢は殿下の寵愛を盾にリリアに度重なる嫌がらせをしていた。 いやになったリリアは王城からの逃亡を決意する。 だがその途端に、王太子殿下の態度が豹変して・・・ 「いつわたしが婚約破棄すると言った?」 私に飽きたんじゃなかったんですか!? …………………………… たくさんの方々に読んで頂き、大変嬉しく思っています。お気に入り、しおりありがとうございます。とても励みになっています。今後ともどうぞよろしくお願いします!

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

処理中です...