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信頼が崩れた後はどうすればいいの?
しおりを挟むエルシーがリジュを訪ねたのはそれからそう時間が経たない内にだった。
少し泣いたのだろう微かに赤く少し腫れたように見える目元と楽だがきちんと整えられた装いがアンバランスで意地らしいと思った。
「リジュ、遅くなってごめんね」
「ううん。来てくれてありがとう、エルシー」
「よかった」
気を遣ったような微妙な笑顔を見せた後は静かだった。
まるで本当に二人だけの世界になってしまったのかと思うくらい、気まずさこそ無いが音のない数十秒。
ただ目が合って、どちらとも離すわけでもなくかと言って探り合うような視線でも無い。
けれどそれだけで満たされる、エルシーの碧い瞳に写る俺は美しく見える気がする。
何もしなくても言わなくてもいいからただこうしてその瞳に俺だけを写してほしいだけ。
そして俺の瞳に君を閉じ込めてしまいたい。
「今日は、エルシーの好きな物ばかりなんだ。本邸で一緒に食事をしない?」
「……ええ、分かったわ」
きっとエルシーの事だから使用人達が頑張って用意してくれたのだろうとか、俺なりに考えて用意したのだろうとかそう言う事を考えて「分かった」と答えただけで別に仲を修復しようだとかそういった意味では無い。
にも関わらず安堵し、つい目元が緩んでしまう。
(リジュのこんな表情、久しぶりに見たわ……)
エルシーもまたそんなリジュの毒気のない表情に心をくすぐられていた。
けれど、エルシー自身リジュを愛しているのはもうすでに自覚している。
もう彼にこれ以上傷つきたくないのだ。
そういったエルシーの心境も今となっては不思議と感じ取れた。
皆に愛されるエルシーはリジュが感じるように愛の温度差や不安なんて考えた事もないのかもしれない。そう思っていた。
下らない嫉妬や、不安からエルシーは自分が彼女を愛するほど自分を愛していないのだろうと勝手にネガティブ思考に陥った。
エルシーはきっと不安だったり、不満だったりを見せないよう気丈に振舞ってくれていたのだというのに。
だって余裕ならば、今目の前にいるエルシーはこんなも切ない表情をする筈がない。
(ごめんエルシー……)
心の中で呪文のように謝罪を繰り返す。
今抱きしめたとしても君はきっと前のように嬉しそうな照れたような表情をしてくれないだろう。ぴしりと固まった表情が目に浮かんでリジュは伸ばしたいはずの手でぎゅっと拳を握った。
どうでもいい女達には次から次へと出てくる言葉がいつもエルシーの前では言葉足らずになってしまう。
込み上げてくる普通じゃない持て余すほどの愛は深すぎて暗い。
底が見えないほど暗いそこにずっと落ち続けている気分だった。
奪われたくない、どこにも見せてやりたくない、俺だけのエルシー……
全てを手に入れるなんてことできる訳ないし、彼女は彼女自身の物だと理解しているのにどうしても欲が湧く。
刃となるほど丁寧に磨かれた想いはついに本当に彼女を傷つけてしまったというのに、未だ情愛に揺れるエルシーの瞳が俺だけを写していることがこんなにも嬉しい。
「女性達とは完璧に縁を切ってるんだ」
「そう……」
「試すようなつもりだった。最低だよね」
「あなたが、どんな気持ちだったのか考えてみた」
「……ん」
「けれど、分からないの」
「ごめ……「まるで私はずっと貴方だけ見てるのに、目が合ってると思っていたのは私だけだったような気分」
「ーっ」
「私のいちばんはずっと貴方だけだったでしょ、リジュ」
(不安なんだ、どれ程愛してると言われても自信がない)
「君は、美しいから……釣り合ってない気がしてた」
「それは私だって同じだったわ」
「追われる事で実感したかったんだと思う」
「私は、貴方を裏切ったことは無いわ」
「でも愛してるんだ、エルシー……」
許さない、と言うよりは理解できないという視線。
言い訳しようのない狂気。
愛して、時に壊したくなる。
壊れて俺だけに縋って欲しい
俺だけのエルシーにするにはどうすればいい?
そう考えてしまう。
けれどやっぱり君は美しい
エルシーは光の中で笑っているべきだと
矛盾する俺も居て、
「貴方の愛って不誠実なのね」
そう言って睨みつけた君の瞳にもぞくりとする。
それと同時に心臓にナイフを突き付けられたような焦燥感。
(ああ駄目だ、離れていかないで)
(受け入れて俺を)
(なんだってあげるから)
「別れてくれる気が無いのは分かったから、少しそっとして」
「……エルシー」
どうしたら君に触れられる、
ただその小さな背中が愛おしくて、遠い。
そして君のことが恐ろしいほど好きで仕方がない。
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