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エルシーという女

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全てのギルドと言ってもそう簡単では無い。

その間にもエルシーはとある場所に移されて、とある男に見下ろされていた。彼は一番危険で粗暴だと言われている傭兵団の長であり裏社会では名の知れた男だった。


「へぇ~、イイ女だなぁアンタ」

「あなた、誰?どうして私を連れてきたの」


真っ赤な髪にせっかくの整った容姿に走る稲妻型の傷。

片目を横断するソレは男を悪人っぽく見せるスパイスになっている。

黒で統一された装い、歩き方から何までがリジュとは違う。


乱暴な手つきで顎を上げられて内心は恐怖で心臓の音が嫌に早い。


「依頼は別に殺せとは言われてねぇが……」

「じゃあ、好きにしろって所ね」

こんなところで死ぬ訳にはいかない。狙いが命では無いならばまだ時間稼ぎくらいはできるだろう。

「時間を稼ごうと考えてるな?」

「別に……違うわ」

「こんなスラム街にお貴族様の目はねぇよ。稼いだ所でこっちがオマエをのが早いだろーなぁ」


そんな事を言っていた癖に男は悩んでいるのか、一向に手を出してくる様子は無い。ふと浮かんだのは彼はきっとかなり頭のキレる男だということ。


「ねぇ、あなた名前は?」

「言うと思うか?」

「言うわ。どうせ困ったら殺すでしょ」

「……さぁな」

「私はエルシーよ」

「知ってるよ、ローズドラジェ夫人」

「いつまでそう呼ばれるかしら」


それにもおおよそ知ってるよと言わんばかりに鼻で笑った男は意味深に「ずっとそのままだろ」と流し見た。


実際、男はエルシーの境遇と浮気者の父親のせいで一生苦しんで死んだ母親を重ねて同情していたが別にそれが躊躇う原因ではない。



「あーこんな綺麗だとは思わなかったな」

「?」

「男はみんな馬鹿になるってのは本当みたいだな」

「何の話をしているの……」

それにしても肝が据わっているし、なんせ夫はあのリジュ・ローズドラジェだ。じきに自分を殺しに来るだろう。


「震えているわ」

「ーっ、うるせぇ!」

「何故この依頼を受けたの?」


透き通る碧い瞳はどこまで深く潜っても透明な水みたいで、敵意ではなくまるで誘拐した自分を案じているかのような声色に、ゆっくりと言葉が紡がれる愛らしい唇に目が離せなくなる。

無闇に触れてはいけないと思わせられる高潔さ、相反して脳を狂わせるほどの美しさ。

センスがいいが貞淑なドレスこれがまた野暮ったくならない。


(寧ろこれに助けられてるな)

彼女の白い肌を見てしまったらどうなってしまうのだろう。

彼女はリジュ・ローズドラジェの本当の怖さを知らない筈なのに、彼の仕事の事はある程度理解しているのだろう。

それにしても敵である俺を案ずるなんて何てお人好しなんだろう。


「……依頼を上塗りするってのはどうだ?」

「上塗り……もっと大きなお金で雇い直すってこと?」

「本来なら信用問題に関わるからやらねぇが……」

「あなた、悪い人ではないのね」


気まずそうに視線を逸らした俺にエルシーはひとしきり笑ってから、寂しそうに俯いた。


「私にそんなお金は無いわ。もうすぐ離婚するの」

「は……離婚?旦那から言われたのか?」

「いいえ、私からだけど」

(なら心配ねぇと思うけど……)

「慰謝料として払ってもらえよ」

「あなた、やっぱりいい人よ」



笑いながら泣きそうな顔をするエルシーに心が痛む。

いつもならこんな事はないのにまさか自分も馬鹿みたいにこの女にすっかり入れ込んでしまったのか?


さっき部下達が真っ赤な顔で出ていった時もそうだ。

乱暴に担がれたのにも関わらず、あまりに綺麗で雑に扱えなかっただけの部下がそっとクッションの上に下ろしてやると「ありがとう」と言ったのだから。腑抜けだと思ったがこれでは俺も人のことは言えない。


「団長ーっ!!大変です!」

「うわぁ!!!」


太刀筋、除いた扉の奥に見える色素の薄い淡い例えるならば月のような輝きのエルシーとは違う爛々と輝く太陽のような金髪。


見えた紋章は王宮のものでこの年齢くらいでこんなスラムに立ち入る馬鹿な王族は王太子くらいだと気付く。



考える間もなく、俺の元へと辿り着いた王太子と数人の護衛達には流石だとしか言いようが無いが行き詰まるとすれば「俺」なのだ。


突然明るくなった部屋に目が慣れていない所為か不安気に呟く彼女の最愛の名前。


「リジュ……?」

「悪いね、リジュではないが。偶々君の靴を持ったここの奴等を見つけてね」

「王太子殿下……?」

「けれど……こんな所に居たのか、赤い狐」



赤い髪にこの目立つ傷、剣を嗜むものなら知らぬ者はいないと言われる「赤い狐」吊り目がちな目からか知能が高くずる賢いという意味か付けられた仇名は別に気に入っていない。


騎士の訓練所時代に勝手についた名だった。


「自信がないな……」

「殿下は下がっていて下さい!」

「いや、お前達でも無理だ」



懸命だろう。でもたった数時間過ごしただけで。


たった数秒、碧い瞳に沈んだだけで


身を案じられただけですっかり仕事をする気など無くなってしまったのだ。





「取引しないか?王太子殿下」



「殿下、私のことは捨て置いて御身を優先して下さい」


「そうなれば捨て置いた後に死ぬ事になる」

(君の夫によってな)



「だから、取引に応じよう」










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