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清算はそう簡単じゃ無い
しおりを挟むエルシーの行動はまるで以前から準備していたかのように早く、あまりにもあっけなかった。
ローズドラジェ公爵家の別居の話にはきっと多くの者者達が食いつくだろう。「待っていて良かった」とアカデミー気分のままエルシーをただの令嬢だと見下し価値を勘違いしている癖に、男達がハイエナのように群がってくる筈だ。
初めは親切に、そして次第に「後楯のない令嬢を貰ってやるのだ」と驕りを見せ始め簡単に手に入れられると勘違いして親切なエルシーに詰め寄るのだ。「好きだから触れさせてくれ」と……
(けれど俺にそれを責める資格があるのか?)
愛してるから愛して欲しい
好きだという実感が欲しいから傷ついて欲しいなんて俗な感情でエルシーの心を苦しめ「愛してる」からと自己中心的な感情で縛り付けた俺もまた同類ではないか?
「エルシーは……?」
「奥様は別邸でまだお眠りになっています」
「こんなに遅くまで珍しいね」
「相当お疲れだったようです。心労だろうと……」
棘のある侍女長の言葉にぎくりとする。
「許されるだろうか」
「私には分かりませんが、愛する男の誠意に女性は皆甘いものです」
「愛が深くなればなるほど」と眉を下げて微笑んだ彼女もまた若い頃は苦労人だったと聞いた。
身の回りを任せる使用人は全て私や父が直接選んだ者達だから事情もよく知っている。彼女は父の頃から居る侍女だ。
「届く程の誠意か……」
(まずは清算しないとな)
関係こそ交わえていないものの、期待を持たせて付け上がらせた女達をきちんと片付けなければならない。きっと強引なやり方をエルシーは好まないので慎重に行動しなければならない。
エルシーにハイエナ達が群がるように、嫌でも群がる女達を想像して嫌気がさす。嫉妬心を煽る為に確かに女達のそれを利用したのだがそれでも女達に向ける誠意など皆無だしどの感情も持ち合わせて居ない。
要は名前を思い出すのも困難なほど興味が無いのだ。
(けれどまぁ、護衛騎士に聞けば分かるだろう)
幸い彼らを下げさせた事は一度もなく必ず一人は付いたままだったので確認すればおおよそ何処のどの令嬢かは分かるだろう。
「清算する、丁寧に詫びるつもりだがエルシーをまた傷つけないだろうか?」
「奥様はお優しく、賢明な方ですきっと大丈夫でしょう」
「そうか……黄色のチューリップと一人ずつ空きの予定日をあてがってくれ」
侍従にそう伝えたのは、花になんぞ興味は無いが黄色のチューリップには別れの意味があると言う事は聞いた事があったからだ。
エルシーを頂点としまるで後宮のように序列を組む彼女達にはちゃんと意味が伝わるだろう。張り手の一つ、いや制裁を受けるかもしれないが甘んじて受けよう。
大々的に取り上げられたって構わない。
妻の気を引く為に女達を泣かせた馬鹿な男だと。
俺のような汚れた男が側にいてはいけないのかもしれない。
けれどもし身綺麗にした俺に償うチャンスをくれるならば何を賭けても、どれほどの時間をかけても償った取り戻したい。
(それまではエルシーに合わせる顔がないな)
「暫く警備を強化し別邸のもてなしを本邸以上に気をつけてくれ」
「はい旦那様。ですが……」
「別邸へ行って全てを伝えて仕舞えば良いのでは?」
侍従がそう真剣な表情で言うがエルシーにそれは通用しない。
「そんなに安い人じゃない、こうしていまだに追わずには居られなかったほど彼女は気高くて遠い人だ。ちゃんと過ちを清算する」
(気を引いた所で気持ちが離れただけだった。過ちだった)
「閣下……」
リジュは不真面目な人ではないが、どこか掴みどころのない見ようによってはいい加減にも見えるような人で彼がこれ程までに真剣な表情をするのを侍従も、侍女長も見た事が無かった。
こうしてリジュの清算が始まる。
けれど問題はエルシーをうっかり好きになってしまって、彼女を序列の頂点に押し上げリジュの後宮もどきを作っている女達ではない。
彼が誰も相手にしなくなった途端に嫉みの矛先をエルシーに向けるだろうその他の女達なのだが彼含めその事には誰も気付いていない。
リジュの周囲の女達は思っているよりも二人の関係性に勘付いていて、エルシーは無意識にも案外身辺の管理が出来ていたことも……
「ホワイト伯爵夫人……?」
「彼女は特に執拗に旦那様に言い寄っていた方ですね」
(ってことは彼と寝たのかしら)
「お詫びにお茶に誘いたいと書いてあるわね……」
「奥様がわざわざ足を運ばなくても良いかと」
「話を聞いてあげるくらいは、良いわ。ほらリジュが浮気者だから悪いんだし」
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