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不穏なリジュ・ローズドラジェ

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「ねぇ、リジュ。どうしたの?」

「……」

ずっと崩さない笑顔のおかげで幸い周囲の者達は気付かないリジュの不穏な雰囲気は、パーティーでは珍しくも離されないままの腰に回った手の強さが証拠だ。


「歩き辛いわ、リジュ」

「絶対に離さない」


柔らかい笑顔とは裏腹にいつもより少し低めの声でやけにはっきりと言い切られてしまうと思わず何も言えない。

エスコートというよりはまるで二人で一つなんじゃないかと言うほどピタリと隙間なく歩くので正直歩きづらい。

腰に回された手にも今だにドキドキして落ち着かないのだ。


「いつに増して仲睦まじいな」と聞こえる声に「違うの」とは言えない。
だって仮にもローズドラジェはこの国の数少ない公爵家だから。


邸の外で「離しなさいよ裏切り者」ってリジュを振り払える筈もなくなすがままの状態で社交に勤しむものの様子の違うリジュに疲労感が募る。


勿論、今でもリジュと寄り添う度に心臓は早くなるし他の女性の香水の匂いがついていない彼自身と混じった彼の重めの甘い香りが好きだ。


だからこそ受け入れられない近頃のリジュの浮気。なら何で私なのだろうと思っていながらも本当に愛されているのではないかとも思うほど甘やかしてくれるリジュなのに、見せつけるように浮気をする姿はどうも異様だ。


私にそうさせてしまう理由があるのか或いは元々よくモテる彼のただの病気のようなものなのかもしれないが今回は度を超えた。



高位貴族のその中でもごく一部の者達だけが使える休憩室にそのまま連行された私は扉の前に我が家の護衛が立ったのと、中に自分達しか居ない事を確認すると勢いよくリジュを振り払った。



「!」

「離して!」

拒絶されたリジュは一瞬泣きそうな顔をしたように見えたのに、私が睨みつけるとかえって恍惚な表情を堪えるように手で口元を隠した。


「馬鹿にしてるのね」

「エルシー、違うよ」

「私が寝室に置いた紙を忘れた?私は他の人とも踊るわ」


もう他の女性達に優しさを振り撒く貴方を見てるばかりの私じゃないと視線に込めて言えばリジュは軽く目を見開いた後に、瞳の奥に黒くてゾッとするような狂気じみた何かを孕ませて私の手首を優しく取った。


リジュはいつも決して私では振り解けないが私を傷つけてしまわない程度の絶妙な力加減で私を捕まえる。


今度は振り払えないと分かってそのまま上手く誘導されるようにソファに座らさせると笑顔なのに少し怖いリジュにそのまま深く口付けされた。


「ーっ、やめ、リジュっ」

「やめない」

綺麗な若紫の瞳が爛々として、まるで獲物を捕らえた獣のようで品のある彼のこんな一面など知らない。あまりの色香に思わず息が出来なくなる。


「ふ……っ、リジュ変よっ」

「変じゃないよ、俺の可愛いエルシーは何が怖いの?」

「……何もっ、ん、やめてよ」

深く、深く口内を乱しながらソファに手首を縫い付けたリジュ越しに見た天井は豪華な絵が綺麗だ。

(でも、リジュが美しいから霞んで見えちゃうのかも)


なんてこんな時に何を考えているのだろう、現実逃避してる場合じゃないのにって考えているとうっかり彼と目が合ってゆるゆると口元を釣り上げたリジュにぞくりとした。


ドレスに指をかけられてびくりとする、「だめ」と言ったものの彼には届かなさそうでびくりと肩を揺らした。


「そんな無粋なことはしないから安心して。でも……」


宥めるように、安心させるように優しく言ったあとに瞳の奥に感じる闇。

リジュは腰から太腿までをそっと撫でると胸元にキスを落として行く。


「?」

「このドレスは妬けるな」


くすぐったさと時々感じるチクリとした感覚に身を捩って抵抗して、彼に背中を向けて彼の下から這い出そうとソファの肘置きに両手をかけた所で肩甲骨に甘く痺れる痛みが走る。


リジュが歯を立てたのだと理解して振り返ろうにももうお腹にしっかりと回された腕の所為でソファの肘置きに両手をついたまま膝立ちでリジュからの刺激に耐えるしかなかった。


うわ言のように「俺のエルシー」と繰り返すリジュは初めて見る姿で、これじゃまるで……



「これで、俺の上着無しでは会場に戻れないけど?」


胸元に咲く華と、肩甲骨の歯形を愛おしそうに視線でなぞって微笑む彼の手は相変わらず私の手を絡めたままだ。


(まるで、私に執着しているみたいじゃ……)


愛しているならなんで浮気なんてするの?って言葉は呑み込んだ。


「エルシー、愛してるよ」


「信じられないの」


困ったように「ごめん、もうしない」と言うリジュ。


「だから、俺から離れていかないで」


彼の言う「もうしない」はこのはしたなくも主張する赤い華や歯形のことを言っているのか。または浮気のことを言っているのか。

どちらにせよもう彼は度を越してしまっているのだと自分に言い聞かせるように頭の中で考えながら努めて素っ気なく「戻りましょう」と言うのが精一杯で彼の表情も見なかったし、彼の呟きも聞こえていなかった。




「離してやれないけど」











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