暴君に相応しい三番目の妃

abang

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一歩踏み出せはそこは

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扉の淵から光が放たれ、向こう側と繋がったと言うことが分かると、ドルチェは満足そうな表情をヒンメルに向けた。


「揃ったわね。扉が繋がったわ」

「そうか。こっちの準備は出来てる。明日の朝、精鋭でゲートを潜る」

「一日に何度も通れば私達ほどの魔力は感知されるわ。今晩と明日の朝、その数時間後に分けて扉を潜りましょう」


ヒンメルは少し考えた後「先発部隊を作る、お前は明日の朝来い」と鋭く言った。
彼が思っていたよりも素直に頷くドルチェにホッとしたようだったが、念の為彼女の部下を見渡し様子を探る。


(表情の変化、特に変わった様子もない……)


いつも通り、表情を崩さずに控えるリビイルとララをよく観察し、子供達の様子も確認してからヒンメルは頷いた。

必ず安全とは言えない状況で自分の妻を盾にすることなどしたくないのだ。

今までならこんな風に考えただろうか?
役に立つ妻ならばそれで良かった。
失うことに恐怖など感じた事など一度も無かったのにーー

役になど立たなくてもいい。

いくら彼女が聡明で強い人だとしても、自分の盾になどならないで欲しい。

ただ、朝起きた時の不慣れな「おはよう、ヒンメル」という声と照れてぎこちない笑顔が愛おしい。


まるで、普通の男みたいだと思った。


こう見えて一癖も二癖もある男、隣に立つレントンですらこんな柔な考えを持たぬだろう。


そう思うとやけに自分が腑抜けてしまったような気分になって、慌てて考えることをやめ、ドルチェが促す通りに今日は準備の為、公務を早く済ませそれぞれ体を休めることにした。

これは彼女の作った魔道具だ。

落ち着いた様子を見るからにきっと彼女なりの安全対策があるのだろう。そう考えたのが間違いだったーー

元々少数精鋭の予定だった為、先発部隊を選出し向かわせた筈だったがそのまま引き返したたった数名の部隊は念の為に見送りに向かったレントンと共に顔面を蒼白にしすぐに戻った。


「どういうことだ?」

「今日はもう……一人も通れません」

意を決したようにレントンがそう言った途端に嫌な予感がして扉のある部屋へと向かうと、扉の前にはレンがレイとフィア、フェイト、そしてハンセンと共に守護していた。


「通せ」

「ドルチェ様の安全の為、感知防止策として通せません」

「オーレン……!」

「今はレンです。ドルチェ様より言い預かった命はいくら陛下が相手でも守ります」

怒りに身を任せて魔力が駆け巡るような感覚がしたと同時に、皇妃宮の面々の表情が気になった。

平常を装っているレンの瞳は不安気に揺れており、どこか悔しそうでもある。

レイとフィアはきっと大泣きしたのだろう、涙の跡と酷く腫れた目がまるで「助けてくれ」といわんばかりにこちらを見上げている。

レンの隣にいるハンセンもまた悔しさの滲む表情を隠せていないし、その足元に立つフェイトは涙を堪え震える声で俺に訴えかけてきた。

「僕達三人は次の部隊に混じります。ドルチェ様と一緒に行けなかったのはただ、まだ幼いからです」


悔しさ、不安、全てをぶつける真っ直ぐな瞳がヒンメルとレントンを見上げる。

その瞬間に実感する。
守られているのは自分なのだと。

ずっとヒンメルは守る立場で、支配し壊すのも自分の立場だった。

自分が柔に見えるだなんて小さな子供じみたプライドの所為で、まんまと本当に守りたい人を危険に晒してしまった。

この者達のように、ドルチェの側に居たいと素直に懇願し、心配なのだと引き止める勇気があったなら違っただろうか?

そういう真っ直ぐな想いが伝わっているからこそ、レンやハンセン、子供達はこうやって彼女の行く道を守る役目を任されたのだ。

(そんなことも知らずに、俺は何をしていた?)


「……あと何時間だ」

「ーっ、安全ならばリビイルさんが迎えに上がります」

「安全ならば?」

「私達は元より全員が、ドルチェ様に命を捧げてます。ここで怒り狂った貴方に殺されるも覚悟はしています」


レンの言葉に冷静になる。

必ずしも危険とは限らないし、ここで彼女の大切な家族を傷つけたとしても何もかわらない。


「準備を整えて待機する。レントン……」

「整っています……」


「レイ、フィア、フェイト……。此処でいい。少し寝ろ」

「陛下、お膝かしてくれるの?」

「僕たちを置いてかない?」


ヒンメルが胡座をかいて溜息をつくとレントンが眉尻を下げて仕方ないですねと笑う。


「フェイト、君も陛下と休みなさい」

「い、いや……僕は……っ」

「来い。ちゃんと寝かしつけないとドルチェがうるさい」


おずおずとヒンメルの膝に頭を乗せて寝転がったフェイトを見てハンセンが「すみません」と謝罪をするがその表情はやけに嬉しそうだった。


膝で寝るフェイトとフィアとは別に、レイはヒンメルの肩にもたれかかって既に小さく寝息を立てている。


この三人の子供達だけで小さな国ならば簡単に落とせるだろうことを忘れてしまいそうなほど愛らしい姿に思わずレントンは口元が緩んだ。


「レントン」

「なんですか?」

「留守は頼んだぞ」

「私も、既に全てを陛下に捧げてますよ」


まるで青年の頃のように拳を突き出すレントンを一度睨みつけたが、あまりにも眩しく笑うのでヒンメルもまた拳を突き出した。


拳がコツンと当たった時、眠っている筈の皆の口元が少し緩んだ気がしてヒンメルは「もう寝ろ」と慌てて手を下ろした。

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