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客人は唐突に…
しおりを挟む隣に眠る美しい男の双眼がゆっくりと開いて金色に輝く。
宝石にも勝るそれは寝起きの柔さから徐々に鋭く研ぎ澄まされていく。
ドルチェはこの瞬間が好きだ。
形の良い唇が弧を描いて「ドルチェ」とかすれた声で呼ぶのもたまらなく好きだった。
「ヒンメル、起きたのね」
「ああ」
私の神だと崇め、主人として敬愛しているかのように見せながらも目の前の美しい男をただ愛しているのだと気付くには充分な理由だった。
いつか自分を殺すかもしれない男、自分を殺すことができる唯一の脅威。
それでもこの金色があまりにも甘く蕩けるとドルチェは彼に口付けずにはいられない。
「おはよう」
「ああ……おはよう」
こういった世間では普通のことに不慣れなのはお互いさまなのか少しまだぎこちない挨拶はこうして一緒に朝を迎えるたびに目を逸らして交わしている。
けれど一歩部屋を出ればふたりは完璧な皇帝と皇妃で、さらに皇妃宮から出れば、すっかりといつも通りの美しく恐ろしい二人が謁見の間で八割はくだらない欲望だらけの陳情を見下ろしていた。
「あの……謁見の許可を得ていないのですが、大陸から来たと言うものが城門の外で謁見を申込んでいまして……」
「大陸とは、もう一つの大陸か?」
「はい、おそらく」
どの道謁見の間に通した所でヒンメルを前に馬鹿なことを考えたとして、実行し成功させることは不可能だろう。
それにはヒンメルも同じ考えらしく「通せ」と念の為に全員の陳情が終わった最後に短く返事をした。
「念の為に、さっきレンとリビイルを向かわせたわ」
「なら、ドルチェの護衛は……」
「ふふ、うちの精鋭は二人だけじゃないわ」
チラリと控えているララとライアージェを見て、何処かに潜んでいるだろう双子とフェイトの気配を探った。
大抵が皇妃宮から出てこない面々だが、ドルチェの行動に合わせて付き添う者、勝手に着いてくる者もおりそれに関しては別にドルチェは気にした様子は無かった。
暫くして連れてこられた男は、さほどこちら側と服装や見た目に差も無いまだ若い男性だった。
「初めてお目にかかります。名の無い大陸からの使いで来ました。シュートと申します」
彼からの話は衝撃的で、大陸には名が無く、王家や統治する正式なトップも存在しないのだと言う。
それぞれに町や村があり、長が存在するだけで今までは互いに手を取り合って協力し距離を保って平和に暮らしていたらしい。
「今までは?」
「はい、数年前から欲望に溺れ、力で侵略を繰り返し行う者達が出て来ました。そこで手を貸してくれたのがこちら側の貴族の方でした……」
けれども、貴族の介入によりかえって複雑になった大陸の者達はとうとう彼らのいうこちら側に助けを求めて来たのだ。
「今や、こちら側の貴族を名乗る者が幾つかの町や村を掌握し兵力や労働力として管理しています……」
それを聞くヒンメルの表情に特に変化は無い。
大陸側に敵意や野望が無かった意図こそ知らなかったとはいえ、ある程度の状況を調査していたのだろう。
(確かに……反乱の芽を摘むという意味でも私達にも利はある)
協力関係を結び、争いではなく平和的解決で向こう側を統一する足掛かりにもなるかもしれない。
けれど、全てを鵜呑みにする訳にはいかない。
ドルチェは扇子を開いて目を細めた。
優しく見える微笑みだが、確かに探るような刺々しさが混じるそのアイオライトに使者は思わず肩を震わせる。
「それで、私達がボランティアだと?」
「い、いえ……」
「後ろ盾が欲しいのかしら?それともただ人助けを乞いに来たの?」
「元々はそちら側の人間が……っ」
「関係ないわね。ここに居るのは皇帝陛下よ」
「そ、そんな……、ですが……っ!」
崩れ落ちるように地面に蹲って頭を抱える使者の目の前にゆっくりと歩み寄ると、使者の後ろにあっという間に現れたのはリビイルとレンでドルチェを心配するように瞳を揺らしている。
「ドルチェ、何度言えば分かってくれるんだ?」
「あら、ヒンメルごめんなさい」
「危険だから下がれ。この件については検討する」
ヒンメルまで歩いて来てしまえば威圧感で顔すら上げることができず、ガタガタと震えている使者はきっと自分よりいくらか若いこの者達が遠目からはまだ未熟に見えていたのだろう。
「貴方には部屋を用意するわ。暫く休んで頂戴」
扇子で顎を持ち上げて刺すような笑顔。
「話すべきことが他にあれば私の部下と話してね」
そんなドルチェの腰を少し強引に引いて背を向けたヒンメルはそっと彼女の扇子を取り上げて魔法で瞬時に塵にしてしまう。
それを元の位置から動かずに眺めていたレントンはため息をついて「嫉妬深いですね」と呆れたようにヒンメルに言った。
「ドルチェ、ではお前の考えを聞かせてくれ」
「!」
「では執務室にお茶を準備しますね」
「ああ、レントン頼む」
(重要な案件なのに、私の意見を彼から尋ねてくるだなんて)
「もう一度ちゃんと言っておくが、お前は盾ではなく妻だ」
「……、はい?」
「先に自分の身体を動かさずに、まず俺に進言しろ」
こんなのはまるで妻としての能力認められた上に、愛されているが故に過保護にされているのかと自惚れてしまいそうだとドルチェは自分が軟弱な考えを持ちそうでただ曖昧に微笑んだ。
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