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噂通りの悪女で善人
しおりを挟む皇宮はジェシカが想像していたよりも素晴らしい場所だった。
これでも貴族なので登城したことはあるが、知れば知る程に美しい場所に感じた。
様々な手続きと調査を終えて、皇宮の来賓室から皇妃宮へと案内される今日、美しいことには違わないのだが想像していたよりもシンプルで高い壁の大きな皇妃宮の門に驚いている。
「ここが……皇妃殿下の」
「想像していたよりも遥かに大きいですね」
リースの言いたいことは分かる。
来賓室で過ごす数日の間にも皇妃宮の噂はよく聞いたが、塀の向こうには居住区や小さな演舞場まであるという話だった。
その反面、皇妃宮の使用人の数は今までのどの側妃達よりも少ないことも有名で、ただ大きなだけならば警備がし難く安全性に問題があることになる。
けれどもリースが何かに気付きぴくりと反応を示して、まるで大きな魔物でも見上げているような表情をするので大丈夫かと尋ねるとこの宮はどの要塞よりも堅く守られていると教えてくれた。
「リースさん。よくお気付きになられましたね」
「はい、ごく自然で見落とす所でした」
「ララさん……私には魔力が少なくて、すみません」
「いえ、ジェシカさんの反応が正常です。それほどさりげなく緻密に練られた守護なのですよ」
愛想良く笑うララはまるで自分が褒められたかのように誇らしげで、これまた私の知っている令嬢の頃の彼女の噂とは全然違って見えた。
まるで、何を考えていたのか読み取られているかのようにララは困った表情で笑って「ご存知なんですね」と言った。
彼女が婚約者の恋人の髪を燃やして結界魔法を使って見世物にしたことは同格の令嬢達の間では有名な話で、それに狼狽える二人を笑った彼女を悪女だと皆は罵ったが、ジェシカは当時何故、裏切られた側のララが責め立てられるのか理解できなかった。
「いえ、実はずっとララさんが責められる事に不信感を持っていました。貴女はただ不当な扱いに怒りを示しただけなのに……」
「……! 優しい人で良かったです」
「いえ、そんな……!」
少し驚きながらも、また嬉しそうにはにかんだララに思わず初めての友達が出来たような気分になって自分も微笑むと、リースの表情もまた嬉しそうに緩んだ。
「それでは参りましょう」
ララが一歩踏み出して門を見上げると、どう言う仕組みなのか門が開いて私達は未知の皇妃宮へと招かれたーー。
「わぁ!綺麗……!」
「此方の庭園は皇妃宮に住う者の誰が歩いても良いんです」
「……皇妃殿下がいらした場合はどうすれば?」
「失礼がなければ構いません。ですが皇帝陛下が居られる際には許可がない限り庭園を出て下さい」
ララの口ぶりだとやはり、ドルチェ皇妃が皇帝の寵愛を一心に受けていることはただの噂ではないようで各場所の説明には皇帝が居られる場合の対応が付け足されていった。
「リースさんはこの部屋でお待ち下さい」
「私はお嬢様をお守りしまーー」
ララの苦笑にハッとする。
やけに人の少ない場所に来てしまったが、そう遠くない場所から香るほのかに甘いような清廉な香り。
忙しげにタオルや香油を持ち込むメイドが一人と、別のメイドに追われて逃げて来た色素の薄い女児が通り過ぎる。
「フィア、髪を乾かして下さいね!」
「駄目だよララ!レイが待ってるし時間がないの」
「……もう、騒がしくてすみません。この先はーー」
「いえ、失礼致しました。此処でお待ちします」
頬を染めて俯きがちに言ったリースにジェシカが少し笑って「大丈夫よ、危害を加えるつもりならもう生かされてないわ」と彼の背を押して部屋に詰め込んだ。
そうは言ったが不安にもなる。
ジェシカはララの背を見ながら美しい大理石の広い浴室に通されるまでは、気が抜けなかった。
「よく来てくれたわね、ごめんなさいこんな格好で」
白い花はどうやら魔力の宿ったものらしく、湯に散りばめられた花びらは青白く発光しており幻想的だ。
銀髪を流して、振り返ったドルチェが目に毒なほど魅惑的で思わず顔が熱くなって同性だというのに胸が騒がしくなった。
「あ、あの……出直しますっ」
「いいのよ。昨晩少し忙しくて寝過ごしちゃったの」
気軽にそう話すドルチェは決して近寄り易いという訳でも無いが、パーティーで見たあの日とはまた違った印象だった。
胸元に幾らか咲いた赤い華を見つけてしまって昨晩忙しかった理由がわかるとやけにそわそわとしてしまう。
「少し待ってて頂戴ね、あなた達が住む邸宅の浴室はいつでも使っていいわ、それと支度しながら話しても?」
「は、はい……っ」
「ジェシカ、貴女はまずララと共に女官の試験を受けて頂戴」
ふわりと微笑んだドルチェから香るほのかに甘い香りのせいか、それともジェシカですら感じる恐ろしいほどの魔力のせいか、思わず目が離せない美しさの所為かは分からないが、働かない頭で思わず頭を縦に振った。
ジェシカにとってこうも簡単に自分の首を縦に振ることは初めての経験だった。
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