暴君に相応しい三番目の妃

abang

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刺激するのは得策じゃない

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相変わらず行く先々に送り込まれる見目のいい男達。
どれもこっ酷くドルチェにやられて逃げ帰って行くものの、何故か良い気分ではない。


初めはドルチェのやり口が巧妙なうえに爽快で報告を聞くたびに笑い声を思わずあげたものだが、様々な年齢、背格好のしかもそれなりに見目の良い男達が自分の妻を口説く様子を聞くのは正直気分が悪い。

ドルチェとて公務や買い物、時には王宮の敷地内で次々と敵の手の者に声をかけられるのは煩わしい筈。

「ヒンメル、珍しく気が立っているのね」

「珍しいでしょうか?陛下はいつも……」

「レントン」

相変わらず生意気なレントンを睨むとドルチェはくすくすと笑う。その姿にどうしてかほっとする。

ドルチェにとっては小さな事なのだろう、本来ならば捻り潰すことなど安易な相手、気にもしていないのか俺の前に茶を差し出して余程酷い顔をしているのか心配そうに覗き込んできた。


「大丈夫?」

「ああ、大したことじゃない」

「でも……」

ドルチェを引き寄せて抱きしめると、戸惑ったような声が聞こえたが抵抗はしない。

おおよそ心の内などお見通しなのだろうレントンの呆れたような視線を無視して、ドルチェの頭を撫でた。


「ドルチェ、最近煩わしい事はないか?」

「そうね、貴方の知ってる通り害虫が少し」

「何故殺さん?」

「出所を知ってるからよ、貴方の許可が必要ね」


うんうんと首を上下に振るレントンの言いたい事はもう分かる。
出所があの公爵家なのだとすれば、十中八九手を下せば難癖をつけてくるだろう。

意外にもドルチェは皇妃らしい振る舞いをしているのだ。

揚げ足の取り合い、見栄の張り合い、常に言葉の裏を読まなければならないこの社交界をきちんと理解し政治の妨げにならぬように考えて暴れているのだ。


「ドルチェ様は誰かさんとは違って分別がつくんですよ」

「ふふ、レントン。そんなことないわよ」

コロンと床に転がした何か硬いものは爪に見える。
そうよとでも言いたげなドルチェは悪びれもなく、「爪よ」とだけいうとそれを燃やしてしまった。



「私に指先が触れて不快だったから、罰を与えたの」

「爪を剥いだのか?」

「だって私は貴方のものでしょ?」



ああもうこれはしてやられたなと思った時には口から先に言葉が出ていた。


「よくやった、後は俺が引き受けよう」

「ありがとう。助かるわ」


翌日からはこれ見よがしに、皇宮の本城から近衛兵をドルチェに付けた。

皇帝の目は常にドルチェを見ているとアピールする為のものだった。それでもドルチェに声をかける怖いもの知らずには遠慮なく罰を与えた。


案の定、ティランド公爵は難癖を付けて来た。

ヒンメルが喉を潰した男が、娘と恋仲だったのだと言う。
ひどく傷ついた令嬢はもう結婚も出来ないだろうと妙な口実で、責任を取って娘を側室にして欲しいと提案して来たのだ。

これには呆れたが、巧妙な手口でもある。
ドルチェが若い男に嵌れば幸い、逆上すればそれを逆手に取って娘を側室にする口実にする……。

だがそれが、通じる相手ではないのがドルチェだ。

謁見の間に遠慮なく入り込んだかと思えば、当たり前のように王座の手すりに腰掛けて俺の頬に口付け挨拶をした。

今までなら、そんな事をしようものなら側妃とはいえ首は無いものだったがドルチェは違うのだ。
万が一そうしようとした所で互角の夫婦喧嘩になるだけ。

驚いた様子の公爵に靴先を向けて見下ろすと、ドルチェは冷ややかに微笑んだ。

好きにして良いという意味合いも込めて、薬指の指輪をなぞるとドルチェはようやく口を開いた。



「恋仲だったのなら感謝して頂戴」

「は……?」

「娘さんの恋人ったら身の程知らずにも私に夢中だったわよ」

「なんて無礼なんだ!」

「無礼?尻軽男を処分してやったんだから、礼が聞きたいわね」


言葉に詰まった公爵に畳み掛けるようにいうドルチェは態とらしく尋ねる。


「それに……」


「どの尻軽男のことかしら?」


公爵の真っ青な顔色に思わず口角が上がった。

すべて悟られている。
そう理解した公爵からうまく謝礼までもぎ取ったドルチェの有能さには感心した。


「公爵には感謝するわ、もう帰って良いわよ」

「は、はい……」

仕事は終わったといわんばかりにサラリと髪を流して自身も王座を降りて帰ろうとするドルチェにまた口角が上がった。

「あっさりと置いて帰るんだな」

「あら、まだ仕事があるなら邪魔かと」

「居て良い。お前なら」

それじゃあと、今度はちゃんと隣の椅子に腰掛けたドルチェを見て今度はレントンの表情が和らいだのを感じた。

(やっぱり分別ができる賢い人だ。とか考えてるんだろうな)


「ガリ勉が」

「陛下?何ですか急に」

「ふふ、次が来るわよ」








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