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どう足掻いたって無力
しおりを挟む皇帝の方がだめならば、ドルチェの方を落とせば良い。
安易にそう考えて要らぬものを送り込んできた者が誰かは容易に想像がつく。
近頃、ドルチェに親切にするヒンメルが婦人達の支持を得てきているのは知っているが、下手に娘を送り込んでは亡き骸となって戻ってくるのは怖い。
そして近頃、ヒンメルがドルチェに夢中な理由は他にまともな妃が居ないからではないか?と憶測を立てた帝国の高位貴族達は邪魔な妃をまず排除しようと試みたようだ。
勿論、武力行使で勝てる相手では無い為に彼らが思いついたのは年頃の若い色男を送り込む事だった。
魔力の高い、見目の良い男。
ドルチェが来たのは茶会だった筈なのに、何故か主催の遠い親戚を名乗る男に引き止められていた。
厳密に言えば、引き止めるというよりは何故か使用人に邪険にされ、酷い扱いを受けるその者を目撃させられている。
「奥様のお陰で引き取って頂いてるんだぞ!もっと働け!」
「申し訳ありません……」
どうせ芝居、無視して通り過ぎようとした所で男を叩く使用人は声を荒げた。
「顔と魔力しか取り柄がない癖に、それを使って奉公しないでお前はなんの役に立つんだ!?」
どこかで聞いた事のある台詞、見た目と魔力だけのヴァニティ伯爵家の出来損ない。そう言われた頃の自分を思い出した。
こんなのは偶然だ、適当に撃った弾が当たったに過ぎない。
そう理解しながらもその台詞を簡単に言ってのけた、無能にしか見えない執事が何故か視界に入った。
「ドルチェ様……」
リビイルが遠慮がちに手首を掴んだ。
私の気持ちを理解しての行動、そうだ、今の私にはヒンメルが居る、皇妃宮の皆がいる、守るべきものがある。
「リビィ、適当にお願いできる?」
「はい、喜んで」
僅かに微笑んだリビイルに頷いて、ララに先に進む事を伝える。
あの男とも、使用人とも言葉を交わしてもいないし、なんなら目が合ってすらいない。
報告によるとリビイル上手くその場を処理してくれたし、大した問題でもない。
なのに……
「ドルチェ様、昨日の男が訪ねて来たようです」
「追い返して頂戴、身に覚えが無いわ」
リビイルに会いたいのなら兎も角、わざわざ私を訪ねる不審さ。
皇后宮に住む皆の身の上や噂を聞いたのか同情を誘う手口。
皇后宮に招かれる為に大袈裟にめかし込んだ服装。
まるで誘惑するようにトップスの胸元が開いていて、ひどくピタリとしたパンツが滑稽だ。
「あんな格好で門の前に立ってるのもある意味罰ね」
「センスがないんですね」
「ライアージェ、ふふ……そうねぇ」
彼女のこう言った素直な所はどこかララに似ていると思う。
茶を淹れなが彼女は「処理しますか?」となんて事ない様子で微笑んだ。
「あまり、問題を起こすとまたスミルダが心配するから飽きるまで放っておくわ」
「あ……」
魔道具に映し出された門前の監視映像。
ふらりと倒れる男の姿が見えた。
「はぁ……面倒ね。皇宮の医務室を借りるわ」
レントンにすぐに連絡し、近くにいた者達に運ばせた。
数時間で目を開けた男はひどい栄養失調と貧血だったらしい。
「ティランド公爵も酷いことするものね」
腹が減った、皇妃に会わせてくれ、殺されると、うわ言のように言う男の様子は報告で知ったもののこれでは相手の思うツボ。
「でもまぁ……希望を持たせなきゃいいのね」
ふわりと笑うドルチェにララとライアージェはぞくりとした。
医務室に現れたドルチェに見惚れる少し窶れた青年、我に変えると口元が僅かに上がる。
まるで仔犬のようにドルチェを見上げて「助けて下さってありがとうございます」としおらしく言うこの者の容姿ならば、どこかの貴婦人がお気に入りや愛人にしてくれるだろう。
「私は何も、それより元気なら帰りなさいな」
「あの……、僕を皇妃宮に置いてくれませんか?」
「何故かしら」
「今の主人からは酷く扱われていて、遠縁だというのに使用人同然の扱い……この通り食事もありませんでした」
悲しそうな表情、愛らしい雰囲気、女性の多くが男を抱きしめてやりたいと思うだろう。
だが、ドルチェにしてみれば煩わしいだけの三文芝居だった。
「その昔、何処かの国で宦官という者達が居たそうよ」
「カンガン……?」
ドルチェの魔法が彼の股の近くに落ちて布団に穴が開く。
顔を青ざめさせ叫び声を上げた男が震えた声で「な、なんで」と呟くがドルチェは笑ったままだ。
「あなたの大事なモノを失くして、性別を捨てるのよ」
「え……」
「後宮ではそういう者達が居たそうよ」
がくがくと震える男は「僕は皇妃様の癒しになります」と慌てて座り直すがドルチェの瞳は表情と相反してひとつも笑んでいない。
「癒しも、憂いも全てあなたじゃ無理なの」
「や、やめて下さ……っ!」
「さっさと帰って無駄だと主人に伝えなさい」
「わかりました!だからカンガンだけは……!」
「要らないわ、そんなもの欲しいと言った?」
くすくすと笑うドルチェをララが守るように立って、リビイルがその男を引き摺り出す。
ララが男の居たベッドを燃やしてしまうと、慌てて来たレントンが安心した様子で「無事ですよね、やっぱり」と呟いた。
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