64 / 98
オーレンの新しい身分
しおりを挟む「遅いですよ、お二人とも」
「ふ、ごめんなさい。レンは呼んでおいたわ」
やはり眉を吊り上げているレントンにドルチェがなんだか安心して笑うと、ヒンメルは思っていたよりも嫉妬深いのかこういう些細な事にも反応し、私を膝の上に乗せた。
「それじゃあドルチェ様の仕事が捗りませんよ陛下」
「……黙ってろ」
「ふふ、大丈夫よ。このままでも」
呼び出しに応じ、後から来たレンはその光景に驚くことこそ無いが少しだけ呆れたような目をして何事も無かったように勧められた席に着いた。
「今空いた伯爵位をお前にやる。騎士団での功績と皇妃の護衛での功績を考え、時期をみて陞爵させる」
「ーー何故でしょうか?」
「役に立て。それだけだ」
ヒンメルがドルチェの髪をを大切そうに撫でながらそう言った事によって誰の役に立つのかがはっきりした。
確かに、今後もしも皇后になるのだとすれば皇帝以外の貴族の後ろ盾も必要となるし、いくらレントンが高位貴族とはいえ手札は多い方が良い。
どのみち生きていればレンはオーレンとして爵位を継いでいたので、貴族としての立ち振る舞いも完璧である。
確かに適役ではあるのだ。
そういった意味で異例ではあるものの、功臣として空いた伯爵位にレンを立てることはヒンメルにとって決定事項のようでらドルチェもレンならば間違いないだろうと思った。
それに、ヒンメルは暴君。
彼がそう決定したのならばもうこれは決定事項。
レンは席を立つと、ヒンメルとドルチェの足元に膝を付いて騎士の誓いを立てた。
ヒンメルがいつかドルチェを皇后にしたいのだという意思も勿論ドルチェを除く二人には伝わっている。
「……謹んでお受け致します。陛下に感謝致します」
その表情は一見冷ややかだが、確かに満足そうに目を細めたヒンメルにレンは胸を撫で下ろした。
どうやらそれが三人だけの世界になってしまったようで、ドルチェがそろそろ良いかしら?と言わんばかりに手を小さく合わせ、ぱちんと鳴らせた。
「さて、まずはこの大陸をちゃんと一つにしなきゃ」
「一つに……?」
「ドルチェの言う通り、どちらにせよ向こうは成り立っていない」
「ちゃんとした先住の者が居るのか調査中です」
息ぴったりな三人に少しばかりレンは嫉妬した。
これほど毎日ドルチェに仕えているというのにまだ、届かないのかと思わず悔しんでから見の丈に合わない考えだと自分を内心で諌めた。
身分だけではない。彼らは実力もまたドルチェに相応しい人間なのだから。
(いつか、私もドルチェ様のように……)
やっと膝から下ろして貰えたのか、椅子に優雅に座るドルチェはレンの姉だった女性とは違う。
暴君だが愛情も自由も与えてくれる人だった。
想像していたよりも遥かに充実した毎日を送り、好きな事に没頭しながら尊敬できる主人を自分の意志で護るこの生活がレンは好きになっている。
皇妃宮では、使用人もドルチェが可愛がっている子供達もとても幸せそうに見えて、自分もその一人なのだから。
案外とまともな会議をする会話を聞きながらも、必ず役に立とうと心の中でレンは意気込んだ。
「あ、そういえば……」
「なんだ?」
「仕立て屋を呼んで欲しいの、かなりの出費になるわ」
「いくらでも呼べば良い」
「ありがとう、ヒンメル」
ドルチェは特に派手な買い物をする方ではないのに珍しいと思っていると、やっぱりヒンメルも気になるようで「欲しいものが?」と聞いた。
「ええ、子供達の成長が早くて。それとレンも貴族になるなら幾つか仕立ての良いものを持っておかないと」
「えーー、私ですか?」
「そうよ。また後で日時を送るわね」
「ーーっ、はい!」
何となくつまらなさそうに見えるヒンメルをレンが気にかけていると、ドルチェは穏やかな顔のレントンに微笑みかけてから「ヒンメル」とよく通る声で呼んだ。
「なんだ」
「今日は良かったら皇妃宮に寄って頂戴」
「……」
「駄目かしら?」
「行く」
情婦と揶揄されていることなど気にもしていないようで、ドルチェはたびたびヒンメルを宮へと誘う。
けれど、彼女を知る者なら知っている。
それが別に色事を示すことではないのだと。
ヒンメルもまた分かっていながらもつい期待をしてしまう自分に苛立つが、どんな形であれドルチェと過ごせる時間を楽しんでいた。
そしてヒンメルが皇妃宮で過ごす日を楽しみにしているのもドルチェはちゃんと分かっている。
「レイとフィアが会いたがってるの」
「……あの餓鬼共はうるさくて堪らん」
「ふふ、あれでも慕ってるのよ貴方のこと」
ほんの少しだけ上がったヒンメルの口角にまたドルチェは心の中に小さな火が灯るような暖かさを感じた。
203
お気に入りに追加
2,606
あなたにおすすめの小説

思い出してしまったのです
月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。
妹のルルだけが特別なのはどうして?
婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの?
でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。
愛されないのは当然です。
だって私は…。

かつて私のお母様に婚約破棄を突き付けた国王陛下が倅と婚約して後ろ盾になれと脅してきました
お好み焼き
恋愛
私のお母様は学生時代に婚約破棄されました。当時王太子だった現国王陛下にです。その国王陛下が「リザベリーナ嬢。余の倅と婚約して後ろ盾になれ。これは王命である」と私に圧をかけてきました。

たとえ番でないとしても
豆狸
恋愛
「ディアナ王女、私が君を愛することはない。私の番は彼女、サギニなのだから」
「違います!」
私は叫ばずにはいられませんでした。
「その方ではありません! 竜王ニコラオス陛下の番は私です!」
──番だと叫ぶ言葉を聞いてもらえなかった花嫁の話です。
※1/4、短編→長編に変更しました。

美人な姉と『じゃない方』の私
LIN
恋愛
私には美人な姉がいる。優しくて自慢の姉だ。
そんな姉の事は大好きなのに、偶に嫌になってしまう時がある。
みんな姉を好きになる…
どうして私は『じゃない方』って呼ばれるの…?
私なんか、姉には遠く及ばない…

融資できないなら離縁だと言われました、もちろん快諾します。
音爽(ネソウ)
恋愛
無能で没落寸前の公爵は富豪の伯爵家に目を付けた。
格下ゆえに逆らえずバカ息子と伯爵令嬢ディアヌはしぶしぶ婚姻した。
正妻なはずが離れ家を与えられ冷遇される日々。
だが伯爵家の事業失敗の噂が立ち、公爵家への融資が停止した。
「期待を裏切った、出ていけ」とディアヌは追い出される。

筆頭婚約者候補は「一抜け」を叫んでさっさと逃げ出した
基本二度寝
恋愛
王太子には婚約者候補が二十名ほどいた。
その中でも筆頭にいたのは、顔よし頭良し、すべての条件を持っていた公爵家の令嬢。
王太子を立てることも忘れない彼女に、ひとつだけ不満があった。

やり直し令嬢は本当にやり直す
お好み焼き
恋愛
やり直しにも色々あるものです。婚約者に若い令嬢に乗り換えられ婚約解消されてしまったので、本来なら婚約する前に時を巻き戻すことが出来ればそれが一番よかったのですけれど、そんな事は神ではないわたくしには不可能です。けれどわたくしの場合は、寿命は変えられないけど見た目年齢は変えられる不老のエルフの血を引いていたお陰で、本当にやり直すことができました。一方わたくしから若いご令嬢に乗り換えた元婚約者は……。

なんで私だけ我慢しなくちゃならないわけ?
ワールド
恋愛
私、フォン・クラインハートは、由緒正しき家柄に生まれ、常に家族の期待に応えるべく振る舞ってまいりましたわ。恋愛、趣味、さらには私の将来に至るまで、すべては家名と伝統のため。しかし、これ以上、我慢するのは終わりにしようと決意いたしましたわ。
だってなんで私だけ我慢しなくちゃいけないと思ったんですもの。
これからは好き勝手やらせてもらいますわ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる