62 / 98
王族の血を引く子
しおりを挟む執務室に急いで来て欲しいと言われて来たものの、相変わらずヒンメルの膝に乗せられた私の前には女性が一人。
その背後から女性を監視するようにレントンが睨みつけていた。
「で、なにかしら?」
「この女を見て思う事は?」
「妊婦さんね」
何処となく気分が悪いのは、そのお腹の中の子供に王族の魔力を感じるからだろうか?けれどヒンメルが妃を次々と娶ってきたことは既に知っていることだし、このような事が起きても不思議なことではない。
「だが、残念ながら心当たりはない」
「そうかしら?」
まるで信じてくれとでもいうようなヒンメルの仕草。
ドルチェの手を撫でて頭を凭れさせるその様子に女性は驚いた表情で此方を凝視した。
「へ、陛下……私の事をお忘れですか?」
「そういえば、居たなぁ」
冷ややかな表情、何を思い出しているのかクツクツと笑うその姿は何処か恐怖すら感じる。
「女好きで、種蒔きが好きで、弱くて間抜けな兄が」
「!!」
「お兄さん?……あぁ、そういう事」
ヒンメルが自分以外の王族の血を絶ったことは有名な話なので、このままではこの女性諸共、命はないだろう。
けれど、子に罪は無い。
産み落とすまで、牢で生活をさせるように進言するか?
いや、無事に生まれてもその子は幸せに暮らせるだろうか?
門で騒ぎ立てている女性の話はレントンが来る前にはもう知っていたし、私が既に知ったという事も分かっている様子だった。
ならば此処に私を呼んだのは判断を委ねる為ではない。
もっと単純な……まさか、
(言い訳、というか誤解を解こうとしたの?)
「俺の子じゃない」そう伝えたいのだろう。
王族の権力争い、しかももう遥か前にヒンメルが自らの手で終わらせた話のものだ。どの決定権も勝者である彼にしか無い。
「他に私に伝えたいことは?」
「俺を許してくれ」
「?」
ヒンメルはほんの一瞬だけ眉を寄せて、私の目元を撫でて「瞑ってろ」と言うと、私を椅子に座らせて彼は女性の元へを歩み寄ったようだ。
「皇帝、陛下……っ?あの、私、」
「そういえば、返事がまだだったな」
「へっ……」
「忘れたかと聞いたろ」
「いえ、その……私の勘違いでした。余りにも兄君と似てーー」
「そうか、だが返事は"知らない"だ」
「ーーっ!待って、お許しを……ゔっ!!!」
「ドルチェ様に汚い声を聞かせてはなりません」
レントンがすかさず彼女の口にハンカチを詰め込んだ。
くぐもった悲鳴だけがドルチェに届く。
「それと、似てるのは気の所為だろう」
「ーーーっゔぅ!!!」
どさりと重たい音が聞こえて、女性が崩れ落ちたのだと分かる。鼻にツンとした鉄臭い臭いが広がった。
「片付けさせておくように」
ヒンメルの香りに包まれたと思うと、彼専用の浴場に転移した。
「何故、私に許しを……?」
今だに理解できずに尋ねると、パサリと服を落としながら背中を向けたままに頼りなく呟くように返事をした。
「女と、子供に優しいだろうお前は」
「へ……」
「生かしておく訳にはいかないんだ。分かって欲かった」
「ふふ、それって私の目を気にしたってこと?」
「……分からない、そうなのかもしれんな」
思わず、考えるのを放棄したような投げやりな声のするヒンメルの背中に抱きついて、彼の筋肉質な背中をなぞるように口付ける。
大切だと伝わるように彼の背中に抱きついて、ゆっくり、はっきりと伝える。
「だとしたら、馬鹿ね……」
「……」
「私にとっては、見知らぬ人達よ」
「いくら守るべき弱者でも、ヒンメルより重要な事じゃ無い」
「!」
「あなたの方が大切よ、ヒンメル」
なにを考えているのだろう、私しか写していない金色の瞳を見つめ返して「私の一番はあなたよ」と伝える。
身代わりだとしても、偶然だとしても、私にとってこの結婚は救いだった。
可笑しいほどに彼の全てを肯定することができる私はきっと愚かだが、今の私を私は嫌いじゃない。
生きる為に必要な立ち位置である事は今も変わらない。
けれど、それだけじゃ無くなっただけだ。
視界がヒンメルでいっぱいになった。
「どうして、皇帝になったの?」
「踏みつけられずに、生き残る為だった」
「……似たもの同士ね」
197
お気に入りに追加
2,606
あなたにおすすめの小説

「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた
菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…?
※他サイトでも掲載中しております。

かつて私のお母様に婚約破棄を突き付けた国王陛下が倅と婚約して後ろ盾になれと脅してきました
お好み焼き
恋愛
私のお母様は学生時代に婚約破棄されました。当時王太子だった現国王陛下にです。その国王陛下が「リザベリーナ嬢。余の倅と婚約して後ろ盾になれ。これは王命である」と私に圧をかけてきました。

たとえ番でないとしても
豆狸
恋愛
「ディアナ王女、私が君を愛することはない。私の番は彼女、サギニなのだから」
「違います!」
私は叫ばずにはいられませんでした。
「その方ではありません! 竜王ニコラオス陛下の番は私です!」
──番だと叫ぶ言葉を聞いてもらえなかった花嫁の話です。
※1/4、短編→長編に変更しました。

美人な姉と『じゃない方』の私
LIN
恋愛
私には美人な姉がいる。優しくて自慢の姉だ。
そんな姉の事は大好きなのに、偶に嫌になってしまう時がある。
みんな姉を好きになる…
どうして私は『じゃない方』って呼ばれるの…?
私なんか、姉には遠く及ばない…

今日結婚した夫から2年経ったら出ていけと言われました
四折 柊
恋愛
子爵令嬢であるコーデリアは高位貴族である公爵家から是非にと望まれ結婚した。美しくもなく身分の低い自分が何故? 理由は分からないが自分にひどい扱いをする実家を出て幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱く。ところがそこには思惑があり……。公爵は本当に愛する女性を妻にするためにコーデリアを利用したのだ。夫となった男は言った。「お前と本当の夫婦になるつもりはない。2年後には公爵邸から国外へ出ていってもらう。そして二度と戻ってくるな」と。(いいんですか? それは私にとって……ご褒美です!)

初恋の兄嫁を優先する私の旦那様へ。惨めな思いをあとどのくらい我慢したらいいですか。
梅雨の人
恋愛
ハーゲンシュタイン公爵の娘ローズは王命で第二王子サミュエルの婚約者となった。
王命でなければ誰もサミュエルの婚約者になろうとする高位貴族の令嬢が現れなかったからだ。
第一王子ウィリアムの婚約者となったブリアナに一目ぼれしてしまったサミュエルは、駄目だと分かっていても次第に互いの距離を近くしていったためだった。
常識のある周囲の冷ややかな視線にも気が付かない愚鈍なサミュエルと義姉ブリアナ。
ローズへの必要最低限の役目はかろうじて行っていたサミュエルだったが、常にその視線の先にはブリアナがいた。
みじめな婚約者時代を経てサミュエルと結婚し、さらに思いがけず王妃になってしまったローズはただひたすらその不遇の境遇を耐えた。
そんな中でもサミュエルが時折見せる優しさに、ローズは胸を高鳴らせてしまうのだった。
しかし、サミュエルとブリアナの愚かな言動がローズを深く傷つけ続け、遂にサミュエルは己の行動を深く後悔することになる―――。

やり直し令嬢は本当にやり直す
お好み焼き
恋愛
やり直しにも色々あるものです。婚約者に若い令嬢に乗り換えられ婚約解消されてしまったので、本来なら婚約する前に時を巻き戻すことが出来ればそれが一番よかったのですけれど、そんな事は神ではないわたくしには不可能です。けれどわたくしの場合は、寿命は変えられないけど見た目年齢は変えられる不老のエルフの血を引いていたお陰で、本当にやり直すことができました。一方わたくしから若いご令嬢に乗り換えた元婚約者は……。

なんで私だけ我慢しなくちゃならないわけ?
ワールド
恋愛
私、フォン・クラインハートは、由緒正しき家柄に生まれ、常に家族の期待に応えるべく振る舞ってまいりましたわ。恋愛、趣味、さらには私の将来に至るまで、すべては家名と伝統のため。しかし、これ以上、我慢するのは終わりにしようと決意いたしましたわ。
だってなんで私だけ我慢しなくちゃいけないと思ったんですもの。
これからは好き勝手やらせてもらいますわ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる