暴君に相応しい三番目の妃

abang

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月日をかけて成長していくもの

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城など大層な建物は無いが、代わりにスタディアスの中央には勤勉の塔という広くて高い塔が建っていた。


客室もまた存在感しているが、城やホテルのように豪勢なわけではないらしい。それでも塔の中に入って仕舞えば魔法の研究をしている者の防御が優秀でそれなりの安全度が保証されるのだという。

ヴィリーベン曰く、武力のない国で唯一の安全地帯でもあるらしい。だからこのスタディアスの者達は皆、塔で働きたがった。


ヴィリーベンや、後から会うマドラスはこの国でも長けた研究者であり長年この塔に住み込んで研究しているらしい。


とある階までは魔法を動力としたエレベーターと言われるもので移動したがとある所で「ここからは階段で上ります」と言われた。




「ここは?」


「この階は寮になっております、申し訳ないありませんがこの隣の階段を上らなければなりません……」


ヒンメルの質問に思わずビクリと肩を揺らせてしまった彼は、

背中を警戒するような、怯えるような落ち着かない様子だ。

よく考えて見れば訓練もされていない彼が突然、感じた事のないほどの魔力を背中に感じているのだから仕方もないだろう。



寮の中では下層と呼ばれるこの階には、ある程度の自己防衛ができる魔法を使える者達とその家族が住んでいて、この遥か十階ほど上に客室が幾つかあるらしい。


ヒンメルは私を気遣うように「大丈夫か」と覗き込んで「大丈夫よ」と答えたにも関わらず魔法で私を浮かせた。

諦めて座るように脚を組んで運んでもらうことにした私は、魔法だけでなく武力にも長けるヒンメルには無駄な質問をする。


「あなたは、平気なの?」

「当たり前だ。大人しく運ばれてろ」


ふわふわと浮いて居る私を一度振り返って、軽く目を見開いた後にヴィリーベンは「不便で申し訳ございません」と溢してから、軽くこの国についてを説明してくれた。



「此処です」

「ありがとう、ヴィリーベン」

客室の階にある応接室で向かい合う私達は、後で馬車の荷を運んでくるだろうリビイルとレンの事を説明してから本題に入った。


「ヴィリーベン、貴方は"蘇生"を研究する学者よね」

「はい。と言っても生き物以外の蘇生ですが。私たちの間では復活の理論と呼んでいます」


「アンドラの水晶石の鉱山は知ってる?」


「ええ、ですがあそこは枯れかけている筈……っまさか!」


「最近、たまたまあそこを拾って……どうせなら綺麗にしたいの」



水晶石は作ろうと思えば作れる、けれど人工的にではなく天然の物は純度が高く、魔力や聖力に対する強度が良い。

荒稼ぎしようという訳ではないが、領地アンドラの領民を食べさせて行かなければならない。

かと言って魔法で成長を早めただけでは簡単に作れない。

天然の水晶石は条件が揃った上で数百年を掛けてやっとあの姿になるのだから。




「働き手は居るわ。水晶石を作るのではなく、あそこを復活させて頂戴」


「む、難しいことではありませんが……」



「貴方を訪ねて良かったわ」



ヒンメルもこれには少し驚いた様子だったが、これなら順調にことが進みそうだと確信した瞬間だったーーー



(後は、契約条件ね……何の音かしら?)



塔全体にけたたましい警報音が響いて、ヴィリーベンが立ち上がる。


「襲撃です、門が破られました」

「その様子だと、珍しい事ではないのね?」

「ええ、塔は無傷でしょう」


きっと日常茶飯事なのだろう、ヒンメルは魔法で映し出された監視映像を感心したように眺めている。






「ただ……慣れません。仲間が居なくなるのは」

「!」

「居なくなる?」

「ご存知の通り我々は高く売れますので」



ドルチェがゆっくりとヒンメルを見ると「駄目だ」と言って視線を映像に戻したが、仲間や家族を想う気持ちがあまりにも不憫で思わず立ち上がるとヒンメルはドルチェの腰に腕を回して座り直させた。



「私にもあったの、家族を想う頃が」

「無駄だっただろ」

「今はまた違う意味で分かるの家族あなたたちを想う気持ちが。不思議な事に前よりも強い想いよ」

「……じゃあ、黙って見てろ」

「ヒンメル?貴方こそ駄目よ、代わりの居ない存在なのよ」

「俺にとっては、お前がそうだ」



雲を遥かに突き抜けた高さの塔から下は見えない。

けれどもヒンメルはほんの少し眉尻をさげてそう言うと、窓枠に足をかけて飛び降りた。


「ヒンメル!!」


暫くして監視映像には、襲撃をかけてきた賊を圧倒するヒンメルの姿が映っていた。





「おかえり、ヒンメル」

「どうだ。見ものだっただろ」

「美しかったわ、けれど命をかけるなら私だけにして」

「ふ、ああ……そうする」

「……ヴィリーベン、交渉は必要ないわね?」

「はい、このご恩は一生忘れません」


俺を交渉材料にしたのかと憎まれ口を叩くヒンメルだったが、私の手が彼から離れないのに気付くと、「偶には良いことをするものだな」と少年のように笑った。


















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