暴君に相応しい三番目の妃

abang

文字の大きさ
上 下
57 / 98

頭角を見せるが、叩けず

しおりを挟む

「何だと!?」


アンドラが沈んだという知らせを聞いたヴァニティ伯爵は目を見開いた。

ドルチェの穴を埋める為には実力者を大勢雇う必要があるし、こっそり何人もを同行させる事など不可能だった。


だからこそ伯爵はアンドラの水晶石に目を付けた。
強度も質も一級品、枯れかけているとはいえ水晶石の採掘と流通を独占しているアンドラにはまだ最高級の水晶石が沢山残っている筈。


それに魔力を込めさせて、魔晶石として使うつもりだった。


ヴァニティの指輪と違って底はあるが、安全で、何人も連れて歩くより機密性も保てる。


数日もすればアンドラへ行った使者が向こうに到着する筈だった……



「アンドラは帝国の領地となりました、父上それに……」



顔色の悪いアンドレオを促すように見ると、迷った様子だったが直ぐに言葉を続けた。


「アンドラは帝国の、皇妃ドルチェの領地となります」


皇妃と言えど贈られるものは枯れかけた土地かと嘲笑する反面、水晶石を購入するのが難しくなったことに苛立つ。



「はっ、所詮その程度か。枯れた土地が贈り物とは……!」


「それが……贈り物ではなくドルチェ本人がアンドラを獲ったのです。皇帝は皇妃の部下への侮辱を制裁する許可をしただけです」


ことの経緯をアンドレオの知る限り聞いて驚く。



「ぶ、部下だと?たかが部下を侮辱されただけで島国を討ち獲るのか!?」


「い、愛し子がなんとか……と」


「暴君めが……、ドルチェも余計な事を……っ」


ヴァニティの衰退、ヴァニティ伯爵家の時代の終わり……様々な聞き捨てならない言葉が飛び交う社交会の噂を払拭し、名声を取りもどさねばならない。


「ドルチェ……あの小娘をどうにか出来んものか」

「接触したのはアンドラの方だという話しですし、意図的では……ドルチェを刺激するのはやめましょう父上」




すっかりと怖気付いた息子にげんなりする。

こんな事ならばプライドを捨てて他の子達よりもドルチェを大切にすべきだった。

まだ家族の愛を欲して未熟な内に家から離れられないように何か手を打っておくべきだった……


ただ、ドルチェに当主の座を奪われるのではと危惧していたのだ。



生まれ落ちたあの瞬間に感じた重々しい雰囲気。


ズンと身体にのしかかるコントロールしきれていない膨大な魔力とあの燦く瞳。


自らの血を引く赤子でありながら、まるで別の世界から来たような気さえする未知の強大な生き物だった。

他の兄妹達とは違う知識の成長スピード、聡明さ、何度も怖くなって殺してしまおうとしたがまだ数歳の子の無意識の防御に指一本触れることはできなかった。


だからヴァニティの兵器として育てる事にしたが、それすらも従順すぎて暫し忘れていた……


「ヴァニティの兵器がよりによって帝国に……」



これならシェリアを嫁がせるべきだった。

娘可愛さに判断を間違えた。



「アンドレオ、家で今は一番優秀なのはお前だ」

「でも、父上……」

「次の討伐に出征し、必ず成果をあげなさい」

「……っ、はい。分かりました」



そう言えば、シェリアはよく女の癖に討伐や仕事ばかりをするドルチェに嫌味のつもりで話しかけていたなと思い出す。


ドルチェもまたそれを受け入れ、何でも答えてやっていた、

シェリアがドルチェの妹である内の話だが……


(何か知っているかもしれんな)



「シェリアを呼びなさい」


嬉しそうに部屋に来たシェリアがかつてのドルチェに見える。

いや、愛されたいなんて純な気持ちでない分、もっと滑稽だ。

溺愛、賞賛、金、宝石、シェリアの欲する物は自分の望む全てだ。近頃は満足できていないのか欲に染まった瞳を輝かせて嬉々としている。



「お父様!なぁに?」

「ドルチェは、魔物討伐のことを何か言っていたか?」

「お姉様が……?」


一気に表情を憎しみに染めたシェリアはつまらなさそうに窓の外を見つめながら呟くように言った。




「指先を少しを動かすだけでいいと教わったわ」

「指、先を?……はぁ!?」

「お兄様、声が大きいわ。お姉様にとって討伐なんてその程度だったのよ。帝国に少しの間居て気付いたわ……」



兄以上に顔を青ざめさせたシェリアは何を思い出しているのだろうか?身を震わせながら蹲った。


「あの人達の前では、私達は蟻も同然……いえもっと意味の無い塵のようなものだわ」


「シェリア、どうしたんだ……」


「指先を少し動かすだけで潰せてしまうのよ。お父様、お姉様に触れてはだめ……他の方法を探しましょう」




出る杭は打たれるとは誰が言ったのだろう?


出過ぎた杭には手すら届かぬではないか


生まれ落ちたあの瞬間のアイオライトを思い出してゾッとした。


(暴君にぴったりではないか、くれてやるさ!)



どうせ、身に余る。


せめて娘として大切にしていれば、今もドルチェは手元に居たのだろうか?


後悔だけが自らの思考を蝕んだ。




しおりを挟む
感想 36

あなたにおすすめの小説

「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた

菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…? ※他サイトでも掲載中しております。

思い出してしまったのです

月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。 妹のルルだけが特別なのはどうして? 婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの? でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。 愛されないのは当然です。 だって私は…。

たとえ番でないとしても

豆狸
恋愛
「ディアナ王女、私が君を愛することはない。私の番は彼女、サギニなのだから」 「違います!」 私は叫ばずにはいられませんでした。 「その方ではありません! 竜王ニコラオス陛下の番は私です!」 ──番だと叫ぶ言葉を聞いてもらえなかった花嫁の話です。 ※1/4、短編→長編に変更しました。

かつて私のお母様に婚約破棄を突き付けた国王陛下が倅と婚約して後ろ盾になれと脅してきました

お好み焼き
恋愛
私のお母様は学生時代に婚約破棄されました。当時王太子だった現国王陛下にです。その国王陛下が「リザベリーナ嬢。余の倅と婚約して後ろ盾になれ。これは王命である」と私に圧をかけてきました。

今日結婚した夫から2年経ったら出ていけと言われました

四折 柊
恋愛
 子爵令嬢であるコーデリアは高位貴族である公爵家から是非にと望まれ結婚した。美しくもなく身分の低い自分が何故? 理由は分からないが自分にひどい扱いをする実家を出て幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱く。ところがそこには思惑があり……。公爵は本当に愛する女性を妻にするためにコーデリアを利用したのだ。夫となった男は言った。「お前と本当の夫婦になるつもりはない。2年後には公爵邸から国外へ出ていってもらう。そして二度と戻ってくるな」と。(いいんですか? それは私にとって……ご褒美です!)

なんで私だけ我慢しなくちゃならないわけ?

ワールド
恋愛
私、フォン・クラインハートは、由緒正しき家柄に生まれ、常に家族の期待に応えるべく振る舞ってまいりましたわ。恋愛、趣味、さらには私の将来に至るまで、すべては家名と伝統のため。しかし、これ以上、我慢するのは終わりにしようと決意いたしましたわ。 だってなんで私だけ我慢しなくちゃいけないと思ったんですもの。 これからは好き勝手やらせてもらいますわ。

美人な姉と『じゃない方』の私

LIN
恋愛
私には美人な姉がいる。優しくて自慢の姉だ。 そんな姉の事は大好きなのに、偶に嫌になってしまう時がある。 みんな姉を好きになる… どうして私は『じゃない方』って呼ばれるの…? 私なんか、姉には遠く及ばない…

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

処理中です...