暴君に相応しい三番目の妃

abang

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頭角を見せるが、叩けず

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「何だと!?」


アンドラが沈んだという知らせを聞いたヴァニティ伯爵は目を見開いた。

ドルチェの穴を埋める為には実力者を大勢雇う必要があるし、こっそり何人もを同行させる事など不可能だった。


だからこそ伯爵はアンドラの水晶石に目を付けた。
強度も質も一級品、枯れかけているとはいえ水晶石の採掘と流通を独占しているアンドラにはまだ最高級の水晶石が沢山残っている筈。


それに魔力を込めさせて、魔晶石として使うつもりだった。


ヴァニティの指輪と違って底はあるが、安全で、何人も連れて歩くより機密性も保てる。


数日もすればアンドラへ行った使者が向こうに到着する筈だった……



「アンドラは帝国の領地となりました、父上それに……」



顔色の悪いアンドレオを促すように見ると、迷った様子だったが直ぐに言葉を続けた。


「アンドラは帝国の、皇妃ドルチェの領地となります」


皇妃と言えど贈られるものは枯れかけた土地かと嘲笑する反面、水晶石を購入するのが難しくなったことに苛立つ。



「はっ、所詮その程度か。枯れた土地が贈り物とは……!」


「それが……贈り物ではなくドルチェ本人がアンドラを獲ったのです。皇帝は皇妃の部下への侮辱を制裁する許可をしただけです」


ことの経緯をアンドレオの知る限り聞いて驚く。



「ぶ、部下だと?たかが部下を侮辱されただけで島国を討ち獲るのか!?」


「い、愛し子がなんとか……と」


「暴君めが……、ドルチェも余計な事を……っ」


ヴァニティの衰退、ヴァニティ伯爵家の時代の終わり……様々な聞き捨てならない言葉が飛び交う社交会の噂を払拭し、名声を取りもどさねばならない。


「ドルチェ……あの小娘をどうにか出来んものか」

「接触したのはアンドラの方だという話しですし、意図的では……ドルチェを刺激するのはやめましょう父上」




すっかりと怖気付いた息子にげんなりする。

こんな事ならばプライドを捨てて他の子達よりもドルチェを大切にすべきだった。

まだ家族の愛を欲して未熟な内に家から離れられないように何か手を打っておくべきだった……


ただ、ドルチェに当主の座を奪われるのではと危惧していたのだ。



生まれ落ちたあの瞬間に感じた重々しい雰囲気。


ズンと身体にのしかかるコントロールしきれていない膨大な魔力とあの燦く瞳。


自らの血を引く赤子でありながら、まるで別の世界から来たような気さえする未知の強大な生き物だった。

他の兄妹達とは違う知識の成長スピード、聡明さ、何度も怖くなって殺してしまおうとしたがまだ数歳の子の無意識の防御に指一本触れることはできなかった。


だからヴァニティの兵器として育てる事にしたが、それすらも従順すぎて暫し忘れていた……


「ヴァニティの兵器がよりによって帝国に……」



これならシェリアを嫁がせるべきだった。

娘可愛さに判断を間違えた。



「アンドレオ、家で今は一番優秀なのはお前だ」

「でも、父上……」

「次の討伐に出征し、必ず成果をあげなさい」

「……っ、はい。分かりました」



そう言えば、シェリアはよく女の癖に討伐や仕事ばかりをするドルチェに嫌味のつもりで話しかけていたなと思い出す。


ドルチェもまたそれを受け入れ、何でも答えてやっていた、

シェリアがドルチェの妹である内の話だが……


(何か知っているかもしれんな)



「シェリアを呼びなさい」


嬉しそうに部屋に来たシェリアがかつてのドルチェに見える。

いや、愛されたいなんて純な気持ちでない分、もっと滑稽だ。

溺愛、賞賛、金、宝石、シェリアの欲する物は自分の望む全てだ。近頃は満足できていないのか欲に染まった瞳を輝かせて嬉々としている。



「お父様!なぁに?」

「ドルチェは、魔物討伐のことを何か言っていたか?」

「お姉様が……?」


一気に表情を憎しみに染めたシェリアはつまらなさそうに窓の外を見つめながら呟くように言った。




「指先を少しを動かすだけでいいと教わったわ」

「指、先を?……はぁ!?」

「お兄様、声が大きいわ。お姉様にとって討伐なんてその程度だったのよ。帝国に少しの間居て気付いたわ……」



兄以上に顔を青ざめさせたシェリアは何を思い出しているのだろうか?身を震わせながら蹲った。


「あの人達の前では、私達は蟻も同然……いえもっと意味の無い塵のようなものだわ」


「シェリア、どうしたんだ……」


「指先を少し動かすだけで潰せてしまうのよ。お父様、お姉様に触れてはだめ……他の方法を探しましょう」




出る杭は打たれるとは誰が言ったのだろう?


出過ぎた杭には手すら届かぬではないか


生まれ落ちたあの瞬間のアイオライトを思い出してゾッとした。


(暴君にぴったりではないか、くれてやるさ!)



どうせ、身に余る。


せめて娘として大切にしていれば、今もドルチェは手元に居たのだろうか?


後悔だけが自らの思考を蝕んだ。




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