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愛おしいとはこの事か
しおりを挟む「船が着きました」
「!」
「陛下、出迎えられるのですか?」
驚いた様子の執事の表情にハッとした。
確かに今まで、名ばかりの妻達がどの公務から帰っても出迎えることなどしなかった。
なのに、何故か条件反射のように椅子から立ち上がった俺をレントンが「やれやれ」といった様子で続いて立ち上がり、それを見て報告に来た執事の口が閉じないままでいる。
「このまま直接行く、レントン」
「はい。では私も付いて参りますよ」
仕事とは言え、遠出を強いてしまったドルチェが道中にしなくとも良い苦労をしなくて済むように船を使わせた。
見慣れた皇宮の船が船着場に着いていて、騎士達が降りて安全を確認した後、リビイルにエスコートされたドルチェがララとレンを後ろに控えさせて降りて来る。
俺を見て驚愕したり、顔を青くする騎士達と違って表情を崩さないドルチェの部下達。
何やら、少し離れた所から餓鬼どもの騒ぐ声が近づいて来ているあたりどうやら出迎えに来たのは俺達だけではないようだ。
隣のレントンがドルチェを見上げている表情がまるで慕い敬うような、憧れるような視線で、見惚れているのか上気した頬が憎らしくて足先を踏んでやった。
「……なにするんですか、陛下」
「俺の妻に見惚れるな」
「そ、そんなんじゃありませんよ……」
「……」
他の誰とも違う表情。
俺の目を真っ直ぐに見て、まるで安心でもしたかのようにふわりと微笑んだドルチェのその表情は無意識なのか、俺には一ミリの反応も示さなかったリビイルが軽く目を見開く。
「ありがとう、リビィ」
そう言ったドルチェの声とエスコートを離れたリビイルの行動で気付く、自分がドルチェの目の前まで来ていたことに。
蕩けるーーー
そう表現するのが妥当かは分からないが、ドルチェの瞳が蕩けたように見えて、口角が悪戯に上がる。
無意識に差し伸べていた俺の手を躊躇なく取って、何てことのない買い物にでも行っていたかのように気軽に言う。
「ただいま、ヒンメル」
「……おかえり」
よく戻った。なんて格好の付く返事があったはずなのに、何故かドルチェには「おかえり」と伝えたくなったのだ。
それに嬉しそうに目を細めたドルチェがどうしようもなく、自分にとって大切なものに感じる。
これが、愛おしいという感情なのだろう。と何となくそう感じた。
「冷えてるな」
「海風に当たってたからかしら」
「少し休め」
「……ふふ、そうはいかないみたいね」
向こうから駆けてくるレイとフィア、そしてフェイト……
「陛下だけずるい!」「私達も連れていってよ!」「出迎えにきたよ、ドルチェ様!」なんて騒ぎ立てたかと思うと足元に纏わりつく。
仕方ないと、レイとフェイトを子猫のように吊り上げる。
どうやらドルチェはフィアを抱き上げたようで、また「ずるい」と餓鬼ふたりが不貞腐れている。
「いいか、お前達。ドルチェは今日は休ませる」
「「僕も!!」」
「私もー!」
「駄目だ、真面目に授業と特訓しろ」
「ふふっ」
「「「え~っ!!」」」
餓鬼なんてものは面倒だと思いながらも、楽しそうに笑うドルチェにばかり気が行ってしまう。
(少し、痩せたな……)
敵ばかりの場所では神経を使う。戦場をいくつも経験した俺もまた同じだったから分かる。
(でもまず餓鬼どもを静かにさせないとな……)
「はぁ……晩餐には皆参加して良い。皇妃宮で晩餐会をする」
「「「!!」」」
「まぁ、珍しいこと言うのねヒンメル」
「陛下、それは私も参加しても?」
「……ドルチェが良ければな」
「勿論よ、レントン」
「やった~!」なんてどういう運動神経をしているのか今度は俺の腕にしがみついている餓鬼二人を振り払ってドルチェを見る。
「ーーーっ」
「ん?」
(何で、そんなに幸せそうな顔……)
「いや、一度寝ろ」
「ありがとう、そうするわ」
リビイルの不思議そうな目と、レントンの生温い視線を無視して久しぶりに会う妻を宮まで送り届ける。
「ヒンメル」
「?」
唇に柔らかい感触がして、名残惜しげに甘く下唇を噛んでから離れるそれは甘くて、優しくて、官能的だ。
身体に熱が集まるのが自分でも分かる。
そんな俺の気なんて知らずにまるで少女みたいに少し照れたように笑うドルチェは「早く会いたかった、なんて不思議ね」とその言葉に反応出来ずにいる俺を残して皇妃宮へと戻って行った。
あんな顔をする癖に、躊躇いなく背を向けてあっさりと宮に帰ってしまうところがドルチェらしいなと考えながら緩んでいる口角に自分で触れる。
「やはり、愛おしいとはこの事か」
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