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ヴァニティの指輪と後継者
しおりを挟むヴァニティ伯爵家には本来、男児が後を継ぐという仕来りは無かった。一番優秀な者が後継者となり家宝の指輪を受け継ぐ。
それを何よりも嫌がったのは父親だった。
髪色や才能こそ受け継いだが、大した魔力量を持たない伯爵は指輪に代々込められた魔力をすっからかんにしてしまい祖父に取り上げられてしまった。
指輪の力を借りて魔力のヴァニティとして君臨していた父は特に兄には期待をかけ、必死にそれに答えたが兄もまた指輪に選ばれる事は無かった。
見合う力を持たぬ者が着けると、使用するほど消費に追われることになる。
それを遥かに上回り覆したのは私と言う存在だった。
遥かに遡って全盛期のヴァニティから、更に優秀な者を探してもなお上回る者が居ないほどの才能に魔力。それを持って生まれた私を予想外にも父は喜ぶ事は無かった。
うまく利用すれど、拭えない劣等感と認めたくないが一心で兄ばかりを後継者として可愛がり、ドルチェの存在を無視していた癖に、シェリアを「念願の娘」だと猫可愛がりした。
兄は父によって中身が空になり、魔力を欲する指輪を着けないのではなく着けられないのだ。
けれども後継者という見栄、ドルチェの存在を自分の意思ではなく家族の空気でなんとなく否定する心、それだけがこの指輪を持っている理由だった。
狼狽えた兄が、苦し紛れに「私が後継者だからだ」と返事をするものの、目が泳いでいる。
「お兄様!お姉様ったらすっかり生意気なのよ!叱って頂戴っ!!」
「シェリア……そうだな、ドルチェは陛下の前だから気が大きくなってるようだ」
「お兄様、それいつまで続けるつもり?」
「どう言う意味だ……」
祖父母が生きていた頃は、優しいまではいかなくともまだドルチェに普通に接してくれていた筈の兄。
ドルチェに酷く当たり始めたのは別にシェリアだけが原因ではないだろう。
ただ父や母にごまをすっていただけ。
シェリアにいい格好をしたかっただけ。
「長いモノに巻かれるのは得意でしょ?」
立ち上がった兄の表情が恥ずかしさと怒りに染まる。
顔を真っ青にしたシェリアが震えるのが肉眼で分かるが気遣ってやる道理はない。
横目で見たヒンメルは興味深そうに私達と指輪を見ていて、時たま兄と妹を睨みつける目が物騒だ。
(早く終わらせた方が良いわね)
「なら、さっさと巻かれなさいな、オニイサマ」
少し挑発しただけで、プライドを傷つけられて怒った兄の攻撃は私を通り過ぎて後ろの壁に穴を開けた。
この程度かといわんばかりに鼻で笑ったヒンメルと
構える部下達に手を挙げて手出しを止めてから、思わず笑う
魔力だけの話ではない。
この程度の人間だから、祖父も祖母も父でも兄でも、愛されているシェリアでも無く、私に指輪を託したのだ。
唯一、ヴァニティとして私を認めて孫として愛してくれた人達。
どう見ても兄の首からチェーンでぶら下がっているだけの指輪は彼に似合わない。
態々回りくどい事をして兄を誘き寄せたのだ。
しっかりと今日、回収するつもりだ。
けれどもう説得するのも面倒になってしまった。
「あぁもう面倒だから、奪われたと両親に泣き付くと良いわ」
「お前が私に勝てるのならな!」
「長いモノかどうかも計れない馬鹿だったのは予想外だったけど……殺さないでいてあげる」
威勢よく仕掛けて来たものの、瞬時にして崩れ落ちる兄。
纏わりつく雷撃によって締め上げながら感電させられ黒く焦げついた姿で床に横たわった兄の首元からチェーンに通された指輪を抜き取る。
みっともなくも当てられる魔力だけで赤子のように失禁し、震えて椅子から滑り落ちるシェリアを横目で見てため息をつく。
(甘やかされすぎたのね、可哀想な子)
もっと真面目に頑張って居れば、兄よりはマシな魔法の使い手になっただろうに。
「わざわざ、持って来てくれてありがとう」
指輪は少し大きいと思ったが、すぐに私のサイズに縮んで妙な感覚が身体を走る。けれど不思議と不快では無い。
確かに魔力を喰う感じはするが、微々たるもの。
何故だか力を貸してくれる相棒のような安心感さえある、
意識があるのかどうか分からない兄を靴先で突いて確認する。
「あ、これはただの兄妹喧嘩よね?面倒なことでヒンメルに手間をかけさせたくないの」
こくこくと何度も頷くシェリアに笑いかけると、何が怖かったのか悲鳴を上げた。
「うぅ……も、う二度と帰ってくる、な」
「頼まれても帰らないわよ」
「シェリア、可哀想に……辛いならお兄様と帰りなさい?」
首を上下に振るだけの人形と化したシェリアの頭を撫でて、くつくつと笑うヒンメルの腕が腰に回るのを感じると何故かほっとして終わったのだと実感が湧いた。
ヴァニティとの決別、それに大切なものの回収がやっと終わった。
(お祖父様、お祖母様、ごめんなさいね)
(私にヴァニティは、要らない)
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