暴君に相応しい三番目の妃

abang

文字の大きさ
上 下
47 / 91

異例の側妃候補

しおりを挟む

通常ならば血の繋がった姉妹を両方妻にする事などあり得ないことだ。時々、人質や戦利品として容姿の良い姉妹や双子は高い価値で王に献上されることもあるが、その場合どちらか若しくはどちらもが妾である。



それなのにドルチェ様は自らの妹を「側妃候補」として召し上げる事を許可した。倫理観をも持たない決定、それも脅威になりかねない自らの面影を感じさせる美しい娘をだ。



妹シェリア嬢からそれを申し出た意味合いとすれば「宣戦布告」


それならば、ドルチェの意図は……?


レントンはアエリ妃を公爵家へと返還する為の離縁の手続きの書類を眺めながら昨日の異様な出来事を思い返して苦悩した。




「何だ」

「いえ……陛下は此方に印章を押して下さい」

「ああ」

「あの、ドルチェ様は……」

「何だ気になるのか?」

「気にならないのですか?」



やっと書類から顔を上げたヒンメルとレントンは互いが「理解できないな」とでも言うような表情だった。



「まさか、心配でもするのか?」


「シェリア嬢は本当に善意で申し出た訳じゃないでしょう」


「ドルチェが決めた事だ」


「……妹君に惚れたりしませんよね?」


「殺されたいのか」


「陛下が暴君で良かったです」


再び書類に目を落とした時、パタパタとドルチェ様ともアエリ元妃とも違う足音が聞こえ執務室の前で止まった。


控えめなノックと聞き飽きた甘えるような声、ドルチェ様やアエリ元妃を見ていた所為で忘れていた「普通の令嬢」のあざとい雰囲気。



どこか幼い足音も、控えめな話し方と甘ったるい声も全てが計算されただが、違うのは彼女は魔力のヴァニティであり、ドルチェ様にどこか似た顔つきだということ。



「あの……っ、陛下にお伺いしたい事があって」


「レントン、人を付けてやれ」


「分かりました」


「部屋には、入れて下さらないのですか……?」


「必要な事は付けた者に言え」


「……分かりました」




そうは言ったものの、扉の前から退く気配はしない。

時々宥めるような声が聞こえるが、どうやらシェリア嬢は帰るつもりはないらしい。



「どうしましょう?」

「遮音魔法を施して放っておけ」


とうとう執務室を出る私達と鉢合わせするまで扉の前に座り込んだシェリア嬢は、どうやったのかすっかりと使用人達の同情を集めていた。





「あんなにもか弱そうなのに、健気ね」

「長い間待たされてお可哀想に……」

「ご令嬢が地面に座り込んでまで待つなんて……」


煩わしげに見下ろすその冷たい瞳にさえも怯まないシェリア嬢がか弱いようにはとても見えないが、ドルチェ様よりも親しみ易い雰囲気ではある。


誰かが掛けてやったのか毛布に包まりながら、安心したように私達を見上げて笑うシェリア嬢を見て「なるほどな」と納得もした。



「……陛下、やっと会えましたぁ!えっと、レントン卿……?」

「……」

「お帰りになるように申し上げましたが」

「お姉様に、ご挨拶するように言われて……」



十中八九、嘘であろう事はドルチェ様を知る者ならば分かる。

彼女の性格上わざわざ「ご挨拶しなさい」なんて改まって妹を陛下の元へと行かせるような面倒な事はしないだろう。



(そうだな……ドルチェ様なら……)


「ヒンメル、改めて妹よ。連れてきて良かったかしら?」

なんて、唐突に連れてくる事がありそうだが……

きっとそれも陛下に「ああ、問題ない」と言わせておいて、不機嫌になる陛下ににっこりと笑いかけて「じゃ、挨拶は終わったわね」とあっさりと妹を宮に帰してしまう程度のものだろう。


ましてや彼女自身が、従順に陛下の仕事が終わるのを待つような方ではない。そんな発想すら無いと言い切れる。




わざわざ皆に聞こえるように「お姉様に言われて来た」という辺りこうやってドルチェ様の評判を落としていこうという浅はかな策だろうが、


使用人達には通用するようでヒソヒソとなにやら騒がしくなり始めている。シェリア嬢に向けられるのは同情の目線だ。



陛下とは友人でもある、苦労の絶えない人だ。

幸せになって欲しいとも願っている。


だからなのか、何故かシェリア嬢に対して苛立ちを感じる自分自身がヒンメル陛下の隣にはドルチェ様が居て欲しいと願っている事に気付いて腑に落ちる。


個人的にドルチェ様を気に入っていると言うのも否めないが、それ以上にドルチェ様ほど陛下の隣が似合う方は居ない。
そう確信していた。


まるで全て見透かしたように陛下が私を鼻で笑うのを見流して、ひとつ咳払いをする。




「ドルチェ様はこのような無礼は望みません」

「え……レントン卿、違うんです、私はただ……っ」

「自由な方ですが、陛下の嫌がる事は致しませんよ」



「くく、レントン。もういい」

「陛下ぁっ、それに私、うまく歩けなくて……」

「そこの近衛兵」


陛下はまだ若い近衛兵を呼びつけるとシェリア嬢に目線を向けてから「連れて帰ってやれ」とだけ命じた。


「えっ!陛下、私、仮にも側妃なのに……っ」

「勘違いするな」


陛下が無表情でシェリア嬢を見下ろしてシェリア嬢の前を通り過ぎる。その際にポツリと言葉を落とす。


「ドルチェなら待たずに俺の膝に座ってた」


(あーあ、陛下また煽るような事を……)


「私、そんな無礼なこと……できませんっ」

「当たり前だ。俺が許さん」

「??」


意味が分からないといった表情のシェリア嬢におしえて差し上げる。




「ドルチェ様だから許されるのですよ」

「貴女はしない方がいいーーー」




「陛下に首を刎ねられたくなければ、ね」



しおりを挟む
感想 35

あなたにおすすめの小説

ある公爵の後悔

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
王女に嵌められて冤罪をかけられた婚約者に会うため、公爵令息のチェーザレは北の修道院に向かう。 そこで知った真実とは・・・ 主人公はクズです。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

今更、いやですわ   【本編 完結しました】

朝山みどり
恋愛
執務室で凍え死んだわたしは、婚約解消された日に戻っていた。 悔しく惨めな記憶・・・二度目は利用されない。

処理中です...