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皇妃の家族
しおりを挟む相変わらず私を抱えて歩くのが好きなのか、ヒンメルはやけに機嫌が良さそうに見える。
「機嫌が良くなさそうだな」
「相変わらずの人達だと思って」
「まぁ夫として家族には挨拶しておくべきだと思ってな」
「家族?私の家族はーー」
廊下の向こう側から物凄い早さで近寄ってくる二つの影、きっと足音が聞こえない辺り浮遊しているのだろう。
宮内でこんな事をするのはあのふたり以外に居ない。
ヒンメルはあの二人が、というか子供達が苦手なようで眉を顰めた。才があり賢い彼らは決してヒンメルを怒らせるようなことはなかったが物怖じしない様子で、どちらかというと懐いている。
陛下、陛下とあしらっても寄ってくる様子や自分と張り合って私を取り返しにくる子供をヒンメルはよく面倒がっていた。
「レイ、フィア、危険だからゆっくりなさい」
「「はぁい」」
不服そうに着地した二人はドルチェの促すような視線に慌ててヒンメルに挨拶をする。
「「陛下にご挨拶致します」」
「今日は何だ」
「「……」」
「どうしたの?二人とも、嫌な事があった?」
皇妃宮からは用事がない限り出ない二人が本宮に来る時は大抵私を追ってきているか、陛下に何かお願いがある時だ。
俯く二人に視線を合わせて問いかけると、二人は消え入りそうな声で「ドルチェ様の家族ってどれ」「家族来たの?」と呟いた。
そういえば、二人を追ってきたのか先程から少し離れた所に隠れているフェイトの他にもララや、リビイルの気配がしてヒンメルと顔を見合わせ、首を傾げる。
普段ならば子供達を皇妃宮へ連れて帰る筈のララとリビイルを含んだ全員が静観しているあたり皆、その質問の答えに興味があるのだろう。
「うーん、家族というよりはただの血縁者ね」
「血縁者?」
「ただの?」
「そう。私の家族は此処にいる皆や皇妃宮にいる皆でしょ」
ヒンメルが意外そうな表情をしたのはスルーして、子供達に両手を広げて隠れているフェイトに「フェイトもおいで」と呼ぶと何故かわんわんと泣きながら三人の子供達はしがみついてくる。
困ったようにヒンメルを見上げて助けを求めると、彼もまるで意味が分からないと言った表情でそろそろと出て来たララとリビイルが、何処となく嬉しそうだ。
「俺のことも、そう思っているのか?」
「ええ、ヒンメルは夫だもの」
「あの妹は?」
「妹なんて居たかしら?」
何故か皆と同じように嬉しそうにするヒンメルのその言葉に更に子供達は嬉しそうに声を上げて、大人しく皇妃宮へと帰って行った。
「何だったのかしら……甘えたい時期とか?」
「だったら、甘やかせてくれるのか?」
「今日は、逆の気分なの」
正直、相変わらずのヴァニティ一家を見て疲れた。
理由こそ分からないが何故かいつも私を肯定してくれるヒンメルにはとてつもなく甘やかされることがある。
ヒンメルにそのつもりなど無いのかもしれない、今は有能な皇妃として優遇されているだけという可能性も勿論ある。
そうだとしても、ほらーー
「それも、いいな」
(どうしてそんな優しい顔をするの)
またヒンメルを信じる理由が出来て、彼を警戒する理由が薄くなる。こうやって薄くなった防壁をゆっくりと破られる感覚は思っていたよりも心地いい。
「今夜は誰も部屋に近づけるな、皇妃宮には主は皇帝の元にいると伝えておけ」
「御意」
近くに控えていた騎士にそう伝えると、今度は私の手を引いて歩き始めた。
きっと赤くなっているだろう顔にはどうか気付かないで欲しいと思いながらも、きっと情熱的な瞳をしているヒンメルの金色が見たくて振り返って欲しいとも思う私はどうやら此処にきて我儘だけでなく、欲張りにもなってしまったようだ。
私のものを、特に私が自分で得たものほど奪いたがる妹の事だ。
きっと何かしてくるだろう。
ふと、もう一人を思い出して少し笑えた。
(彼女よりは狡猾ねきっと)
「何を考えてる?」
「ん?貴方を独り占めする方法よ」
「それが本当なら、今夜は眠れないが」
「簡単に寝かせたことないくせに、ふふ」
もうすっかりヒンメルの体温に慣れてしまった私が、彼の隣だとよく眠れるようになったことは言わない。
(それじゃ、愛してるみたいだから)
私は優秀な皇妃で、優秀な情婦、だから生かされているのだとそれを忘れてしまえば身を滅ぼすだろう。
けれど、私が此処に居る限りはこの人を、この人達を大切にするくらいしてもいいわよね。
(だから、悪さはさせないわよ、ヴァニティ伯爵令嬢)
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