39 / 91
ここが皇妃宮ですよ陛下
しおりを挟む豪華絢爛、というよりは清廉で美しい庭でドルチェの噂からすれば意外だと皆は言うだろうが俺は彼女らしいと思った。
宮の後側に隠れた一部のエリアは部下達の住まいらしく小さな村と言ってもいい程で、それ以上に美しい場所だった。
しっかりと高さを増された塀も、見る者が見れば分かる魔法の施された門も、やけに充実した演武場もまるで、それだけだと要塞のようだが、そのことに気付かせない繊細な装飾品や雰囲気は流石だと思う。
「完成したら、一番に見せたかったの」
「嬉しいな」
「どうかしら?」
「このまま皇后宮にしても良い程だ」
「てっきり地味だと怒ると思ったわ」
「実用性がある」
「!」
もう気付かれてしまったのか、そういった表情に見えた。
ドルチェは意味深ににこりと笑うだけだが「見て周る?」と問いかけてくるあたり全てではなくとも俺には手の内を明かしてくれるつもりでいるらしい。
そんな些細な事にいちいち胸がきゅっと狭くなって、受け入れるたびにまるで男に弄ばれる小娘のように歓喜する。
馬鹿らしいと自己嫌悪しながらも、何の意図も持たないドルチェの差し伸べられた手を握ってまた期待するのだ。
けれども、俺はそこらの小娘や餓鬼ではない。
何故なら彼女はちゃんと俺のものだし、多少強引であったが誓紋まで受け入れている。
「ヒンメル?」
殺気と似て異なる、ドルチェを捕食するかのような視線に思わずヒンメルを覗き込んだ彼女の瞳は怪訝だが、嫌悪を宿さない。
気分がひどく良くなって、表情を崩すと見てはいけないものを見たかのように彼女の侍女ララは顔を青ざめさせた。
「どうしたの、ララ」
「い、いえ……此処からはリビイルさんが案内致します」
使用人の住居エリアから演舞場を抜けてドルチェの為に早急に作るように命じておいた騎士団の宿舎と休憩所。
宮の中にあるものなので大規模とは言えないがドルチェは自らが面接した、たった四十七名の騎士だけを引き入れたらしい。
「皇帝陛下にご挨拶いたします」
「リビイル、これだけか?」
「はい、これで全員です」
中には気弱そうな女までいて、とても屈強な皇妃の騎士達には見えない。挨拶や敬礼はきちんと揃っているしそれなりの雰囲気を持つが……こうして普通にならんでいると、寄せ集め感が否めない。
「レン、久しいな」
「皇帝陛下、お久しゅうございます。お二人のお陰で剣に専念しマスターの称号を得る事ができました」
「ほう、ドルチェの最短でと言う約束を守ったのか」
「はい。ドルチェ様は私と母の恩人ですので」
結局、オーレンの実母は公爵家の所有する別邸の地下で餓死寸前で生きていると知ったドルチェは「間に合わない」と援軍を断り単身で乗り込んでオーレンの母を奪って来た。
今はほとんど皇妃宮から出ることは出来ない上に、酷い虐待で痩せ細った彼女は療養中だが、
きちんと職を与えられ皇妃宮で形式上は勤めていることになっている。
「さぁ、レン……陛下をがっかりさせないで」
ドルチェが前に立つと、レンだけでなく彼ら全体の雰囲気ががらりと変わり。騎士団としてはかなり少数だというのにぞくりと鳥肌が立つほどの鋭い感覚。
先程とは違い、一人一人が激選された優秀な者だと感じる。
レンに至ってはまるで聖騎士かのような落ち着いた佇まいで、案内役のリビイルの禍々しさと並べると正反対で笑える程だ。
(待て……)
従者のリビイルだけでなく、
先程からすれ違うメイド達も、料理長のハンセンもその弟子達も、侍女も、庭師もうろつく餓鬼共も……全員が普通ではない。
「ハ……やられたな」
「なに?」
「難攻不落の皇妃宮か……」
「ただ、ゆっくり寝られる場所が欲しいだけよ」
「信じよう」
そっと瞳を伏せて穏やかに笑ったヒンメルに、思わず両手を伸ばしたドルチェが彼の首に腕を回して口付けると、騎士達は歓声を上げてリビイルは酷く怒った。
「あなたがそうかもしれない」
「?」
「ううん、気の迷いよ。次行きましょう」
俺が君が穏やかで居られる居場所かもしれない
そう言ったように聞こえた。
そうなりたいと思ったのは言わないでおいた。
その方がいい気がしたからだ。
「餓鬼共の所は飛ばしてくれ」
「どうして?皆可愛いわよ」
「……分かった。その後は茶にしよう」
「ふふ、そろそろ話すこともあるしね」
「話?」
「ええ、祝宴の話。パーティーしないとでしょ?」
(知っていたのか)
ヴァニティの帝都入りはすぐに知らされた。
謁見の申し込みには全部断り、祝宴まで待つようにとだけ伝えドルチェには知らせなかったが……
「準備はいいのか?」
「此処で何が出来ると思う?あの者達に」
「いいな、皇妃らしくなってきた」
「そうね。とびっきりの暴君の皇妃よ」
136
お気に入りに追加
2,604
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
彼女にも愛する人がいた
まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。
「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」
そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。
餓死だと? この王宮で?
彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。
俺の背中を嫌な汗が流れた。
では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…?
そんな馬鹿な…。信じられなかった。
だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。
「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。
彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。
俺はその報告に愕然とした。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
愛なんてどこにもないと知っている
紫楼
恋愛
私は親の選んだ相手と政略結婚をさせられた。
相手には長年の恋人がいて婚約時から全てを諦め、貴族の娘として割り切った。
白い結婚でも社交界でどんなに噂されてもどうでも良い。
結局は追い出されて、家に帰された。
両親には叱られ、兄にはため息を吐かれる。
一年もしないうちに再婚を命じられた。
彼は兄の親友で、兄が私の初恋だと勘違いした人。
私は何も期待できないことを知っている。
彼は私を愛さない。
主人公以外が愛や恋に迷走して暴走しているので、主人公は最後の方しか、トキメキがないです。
作者の脳内の世界観なので現実世界の法律や常識とは重ねないでお読むください。
誤字脱字は多いと思われますので、先にごめんなさい。
他サイトにも載せています。
後悔はなんだった?
木嶋うめ香
恋愛
目が覚めたら私は、妙な懐かしさを感じる部屋にいた。
「お嬢様、目を覚まされたのですねっ!」
怠い体を起こそうとしたのに力が上手く入らない。
何とか顔を動かそうとした瞬間、大きな声が部屋に響いた。
お嬢様?
私がそう呼ばれていたのは、遥か昔の筈。
結婚前、スフィール侯爵令嬢と呼ばれていた頃だ。
私はスフィール侯爵の長女として生まれ、亡くなった兄の代わりに婿をとりスフィール侯爵夫人となった。
その筈なのにどうしてあなたは私をお嬢様と呼ぶの?
疑問に感じながら、声の主を見ればそれは記憶よりもだいぶ若い侍女だった。
主人公三歳から始まりますので、恋愛話になるまで少し時間があります。
元侯爵令嬢は冷遇を満喫する
cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。
しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は
「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」
夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。
自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。
お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。
本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。
※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる