暴君に相応しい三番目の妃

abang

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不本意ながら、皇妃

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やってくれたわね、そう込めてヒンメルを見ると彼はどことなく満足そうな表情をしながらこちらを鼻で笑った。

オーレンには部屋から出ないように言って来たし、リビイルは元々のポテンシャルの良さのおかげか文句のつけようのない従者に育っている。


ララは魔法の才能に合わせて情報収集力があり、侍女としての達振る舞いにも問題は無いし、皇紀になった今、なるべく平穏に暮らす為には周囲は信頼できる者達だけ置いておく方が良い。


(皆が優勝なお陰で助かるわね……)


「皇妃になったんだ、宮を移ることになる」

「……あまり人を増やすのは気乗りしないわ」


皇妃宮は、比較的本城に近い広くて豪華絢爛な場所だともっぱらの噂だった。そうなると負担を減らす為にも今のような少数精鋭の使用人達ではなく、人数を増やすことになるだろう。


特に、身の回りの世話をする者と料理人には気をつけなければならない。そう考えているところでヒンメルの手がドルチェの指先に触れた。


「?」

「皇妃にはある程度の人事の権利も与えられるぞ」

「外出の許可と、騎士団の見学をしても?」

「全員を面接するつもりか?」

「ええ……今まで痛い目を見てきたもので」

「……!」


見開いた目をそのあとにぎゅっと閉じて、眉間に皺を寄せると眉間に手を当てたまま低い声で提案してきたそれに今度は此方が目を見開いた。



「伯爵家を今度招待しないとな」

「……必要ないわ」

「手紙が山程来ているぞ」

「燃やすように言ってあります」

「放っておいても押しかけてくるだろう」


あの伯爵家だ、アエリの嫌がらせのお陰で予定よりも貧乏であろう彼らはきっと帝国の皇妃になったと聞きつければ押しかけてくるだろう。

ヒンメルの言っていることは正しい、それ程に卑しく愚かな者達なのだ。


「では、更に準備を急がないといけないわね」


ヒンメルのまるで悪巧みでもするかのような顔に力が抜けて、私も同じように笑った。




「外出なら許可する」


案外あっさりと許可をくれることに驚きながらも、お礼の代わりにヒンメルの薬指に軽く口付けて席を立って謁見室から出た。



「ーっ、ドルチェ」


(もう少し、居ろ)

(すきだ)

(今日は何するんだ?)


ヒンメルの中で蠢く感情など知る由もないドルチェはゆるりと振り返ってほんの少しだけ首を傾げた。



「……なに?」

「日時は後で、報告しろ」

「えぇ、分かったわ」



皇妃になったのは不本意だが、もっと冷たい人だと思っていた、ヒンメルは想像していたよりも遥かに居心地の良い人だった。


もう一度振り返ってみようかな、なんていつも考えてしまう。

もう一度、振り返ってくれるだろうか?なんていつも背中を目で追ってしまう。


それ程にヒンメルは私にとって、温かい居場所になりつつある。


殺さないと言う言葉を鵜呑みにする訳ではないが、ヒンメルは想像していたのとは違って、あまりに優しい人なのだ。




「ドルチェ様」

「レントン、おかえりなさい」

「おめでとう御座います」

「……嬉しくないわ、公爵家は?」

「お見送り致しました」

「そう……」



中々立ち去らないレントンに笑顔を崩さないまま要件を催促するように視線を送ると、誤魔化すように笑った彼はおずおずと話し始めた。



「陛下は怖いですが、良い人です」

「ふふ、心配しないで」

「でも、皇妃は不本意だと……」

「大丈夫よ、ヒンメルは嫌いじゃないわ」

「えっ」


レントンの肩に手を置いて通り過ぎる、彼の嬉しそうな呆けた顔を思い出して少し後に笑った。








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