22 / 90
視察二日目
しおりを挟む相変わらず楽しそうなドルチェは今まで自由に街に出たことが無かったのだろうかと思うほどに視察を満喫していた。
やはりあの店主の店は武器を密輸していた上に、何らかの理由で帝国に対して対抗するものだと理解していたようだった。
「密輸、密売……目的はやはりクーデターかしら」
「さぁな、恨みなら買いすぎてて分からん」
「言えてるわね」
「……」
大抵が「そんなことないですわ~」なんて媚びへつらうのが今までの女達だったが「言えてるわね」なんて売店の安物のアクセサリーを見ながら返事されるとは予想外だった。
「ねえヒンメル……って、どうしたの?」
「くくっ……いや、なんでもない……」
きっとこの街で武器を溜め込む場所はあの店ひとつじゃないだろう。武器屋や金物屋、とりあえず目ぼしい所は片っ端から調査させているがこれじゃあ時間がいくらあっても足りない。
「馬や犬、子供のいる所や、女性が沢山働く所、そういう所は一度ちゃんと確認してみて欲しいの」
「何故そう思った?」
「目隠しになり易いし、不法に働かせている可能性もあるわ」
「経費がかからない隠れ蓑って訳か」
「馬鹿な奴らが良くやる手ね」
大陸の統一をほぼ成し遂げていると言っても過言ではないだろうヒンメルのその座を狙う者は多い。
決して彼は恨みばかり買っている訳ではない。
ドルチェはそう考えていた。
「「新しい帝国」」
「「!!」」
「同じことを考えていたのね」
「統一するのは難しいからな。統一した者を殺す方が楽だ」
敵の意図など正直、どうあっても潰すので関係ないのだが、一応考えながら歩いているとヒンメルがとある場所で立ち止まった。
「教会?」
「何だ、神を冒涜するのは嫌か?」
「まさか」
「ほんとに?」
「もっと共感できる者を信じてるので」
「それは何だ?」
ああこんな些細な事にも嫉妬するなんて、ヒンメル自身がそう驚いていることをドルチェは知らないがヒンメルもまた知らなかった。
彼女が信じているのはヒンメルだと言うことを。
「あなたよ、ヒンメル」
「ハ、俺……?」
彼の呆けた表情と、年相応の照れたような柔いだ目元にこんな顔もできるのかと嬉しくなってそんは自分にドルチェは驚く。
自分が誰よりもヒンメルを信じたいと思っていることにも、
その表情が可愛いと思った事も。
(気を抜いて死なないようにしなきゃね)
「そう、あなた」
「……そうか」
何となくむずがゆい空気が漂ってそれに耐えきれ無かったのか、ヒンメルはドルチェの手を取って歩き始める。
「行くの?」
「ああ、信仰など無いがな」
「ふふ、まぁ視察ですから」
教会の扉を開いた瞬間に感じる、通常ならば絶対にしない火薬の臭いと微量だが妙な魔力。
「おぉ、これは……、わ、若い恋人達が来るなんて珍しい!」
慌てて出てきた神父はやはり、ヒンメルを知っていた。
指摘する前に慌てて誤魔化すだけ武器屋の店主よりは幾分かマシだが胡散臭い笑顔を貼り付けた神父は腐っても聖人だ。
証拠もなく捻り上げるような事を通常ならばしない。
けれど、ヒンメルなら……?
(それじゃ良くないわね)
「ねぇ神父さん」
「何でしょうかお嬢さん」
「私、懺悔するわ」
あからさまにホッとした表情をした神父に思わず口角が上がる。
ドルチェは魔法を使って女神像に雷を落とすとそれを真っ二つに割った。
「これ、壊しちゃうコト」
「ふっ」
ヒンメルが小さく笑った声が聞こえたが、特に怒っている訳ではないだろう彼を気にすることもないだろう。
「うわっ……ひぃっ、な、なんて事を」
「あれって魔石じゃない?目隠しでもしてたの?」
女神像と一緒に割れた魔石を指差してドルチェが問うと、神父は首だけをふるふると左右に振って否定したが、ヒンメルの視線は目隠しの魔法が解けて現れた扉を見ていた。
「じゃあ、あれは?」
「あれは……ッ、何でも……」
「ねぇ、私の神が中を見たがってる」
艶やかな声色とは裏腹に目は笑っていない。
耳元で囁かれるこれは脅し、いや、命令だった。
「近すぎる」
「あら、嫉妬してるの」
「さっさと開けさせろ」
「他に言うことはある?」
「……よくやった」
けれど、ヒンメルの脳内では「私の神」だと囁くドルチェの唇が何度も再生されては振り払ってを繰り返していた。
(何を考えているんだ、俺は)
(何か怒ってるのかしらこの人)
118
お気に入りに追加
2,610
あなたにおすすめの小説
旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます
おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。
if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります)
※こちらの作品カクヨムにも掲載します
【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?
つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。
彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。
次の婚約者は恋人であるアリス。
アリスはキャサリンの義妹。
愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。
同じ高位貴族。
少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。
八番目の教育係も辞めていく。
王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。
だが、エドワードは知らなかった事がある。
彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。
他サイトにも公開中。
欲に負けた婚約者は代償を払う
京月
恋愛
偶然通りかかった空き教室。
そこにいたのは親友のシレラと私の婚約者のベルグだった。
「シレラ、ず、ずっと前から…好きでした」
気が付くと私はゼン先生の前にいた。
起きたことが理解できず、涙を流す私を優しく包み込んだゼン先生は膝をつく。
「私と結婚を前提に付き合ってはもらえないだろうか?」
妹がいなくなった
アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。
メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。
お父様とお母様の泣き声が聞こえる。
「うるさくて寝ていられないわ」
妹は我が家の宝。
お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。
妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?
好きだと言ってくれたのに私は可愛くないんだそうです【完結】
須木 水夏
恋愛
大好きな幼なじみ兼婚約者の伯爵令息、ロミオは、メアリーナではない人と恋をする。
メアリーナの初恋は、叶うこと無く終わってしまった。傷ついたメアリーナはロメオとの婚約を解消し距離を置くが、彼の事で心に傷を負い忘れられずにいた。どうにかして彼を忘れる為にメアが頼ったのは、友人達に誘われた夜会。最初は遊びでも良いのじゃないの、と焚き付けられて。
(そうね、新しい恋を見つけましょう。その方が手っ取り早いわ。)
※ご都合主義です。変な法律出てきます。ふわっとしてます。
※ヒーローは変わってます。
※主人公は無意識でざまぁする系です。
※誤字脱字すみません。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。
しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。
私たち夫婦には娘が1人。
愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。
だけど娘が選んだのは夫の方だった。
失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。
事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。
再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる