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どこまでも、どこに居ても
しおりを挟む執務机がみしりと鳴った。
「……何処にいるって?」
「プリンストン街へ向かわれました」
プリンストン街、夜は色街にもなるそこに第三妃のドルチェが行ったと報告されたヒンメルは表情、仕草こそいつも通りに見えるものの、乱れた魔力とそれに耐えかねてミシミシと音のなる執務机が彼が冷静では無いことを物語っている。
今までであれば妃がどこで何をしていようと、自らと皇室の名誉に関わらなければ放って置いたと言うのに、まだ昼間のプリンストン街へいっただけのドルチェをまるで束縛でもするような責め立てるような声色に、報告に来た者は縮こまった。
「妃殿下は何をしに行かれたのですか?」
見かねたレントンが第三妃宮の執事に問うとおずおずとドルチェが「知り合いがいる」と言っていたことを伝えた。
「知り合い?」
「はい、何やらヴァニティ伯爵家に居る時に自分の所為で追い出された少年が売られているのを偶々知って、買い物に行くと出られました」
「少年?」
「はい、侍女のララ様がそう言って付いて行かれたので間違いないかと……」
「子供か、……放っておけ」
レントンは呆れた表情で執事を帰すと、ヒンメルの機嫌が治ったことを読み取って声をかけた。
「無自覚ですか?」
「何が」
「……いえ」
「急ぎの公務は?」
「へ」
「だから、急ぎの公務はあるかと聞いてる」
「いえ……ありませんが。陛下はオーバーワーク気味なので」
「プリンストンへ行く」
(放っておけと言った癖に……)
「何だ?」
「いえ?ご用意します」
一方、ドルチェはプリンストンに到着した頃であった。
まだ子供だったリビイルという少年を思い出していた。
家族からの愛を求めて、不本意な事にも理不尽にも耐え忍ぶドルチェを何度も慰めて唯一忠実に仕えた新人の従者見習いだった。
「お嬢様は、ここを出るべきです」
その言葉がリビイルがヴァニティから追い出される原因となった。大切にこそしないが都合のいい娘を当時手放すつもりの無かった伯爵家の怒りを買ったリビイルは追い出されて行方が分からなくなっていた。
けれどもう、成す術もなかったあの時のドルチェでは無い。
三番目とは言え皇帝の妃である、お金もある。
住む場所も、彼を雇う決定権もある。
幾らか歳下だった筈なので、また子供だった彼を自分の所為で路頭に迷わせてしまったとずっと責任を感じていた。
それに、リビイルはずっとまだ家族の愛情や絆をあの人達に求めて信じていた私に「その人達は危険だ」と言い続けてくれた子だから。
けれど、彼が買い取られたと聞いた娼館へ行って彼を見つけた瞬間ドルチェはぴたりと思考が止まった。
「お呼びに預かり参りました……っドルチェお嬢様……?」
「リビィ……で、合ってるのよね」
「ふふ、成長期でしたので。背が伸びたでしょう」
「そうね。オーナー、この子は幾らで買ったのかしら」
「いや、その……これはまだ教育していないんです」
「いいの、言い値で引き取るわ」
確かに、すっかり背も伸びて大人びて少年から男性となったリビイルには驚いた。まだ少年だった彼はたった数年で立派になっていて人違いかとさえ思ったほどだ。
見目がいい所為かそれなりに値は張ったが、それでもリビイルを保護できたことに安堵した。
貧民街に紛れて、悪い事もしながら過ごしたと言う彼は成長するほど目立つようになりとうとう貴族に拾われ娼館に高い値で売られたと話した。
「苦労をかけたわね」
「いえ……、お嬢様がご無事で良かったです」
「ありがとう。貴方にはこれから私の従者となってもらうわ」
「ですが……伯爵が、」
「私ね、この国に嫁いだの」
リビイルは「どなたに…」と聞きかけて口を閉ざした。
そんな彼を振り返り、いる筈のない人物が見えて驚く。
「俺だ」
「だれですか……」
「リビィ、私の夫で。この国の皇帝陛下よ」
そこには、昼間の陽の光を反射するキラキラした白い髪とどの宝石もくすんでしまうだろう金色の瞳の彼が不機嫌そうに立っていたからだーー
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