15 / 98
どこまでも、どこに居ても
しおりを挟む執務机がみしりと鳴った。
「……何処にいるって?」
「プリンストン街へ向かわれました」
プリンストン街、夜は色街にもなるそこに第三妃のドルチェが行ったと報告されたヒンメルは表情、仕草こそいつも通りに見えるものの、乱れた魔力とそれに耐えかねてミシミシと音のなる執務机が彼が冷静では無いことを物語っている。
今までであれば妃がどこで何をしていようと、自らと皇室の名誉に関わらなければ放って置いたと言うのに、まだ昼間のプリンストン街へいっただけのドルチェをまるで束縛でもするような責め立てるような声色に、報告に来た者は縮こまった。
「妃殿下は何をしに行かれたのですか?」
見かねたレントンが第三妃宮の執事に問うとおずおずとドルチェが「知り合いがいる」と言っていたことを伝えた。
「知り合い?」
「はい、何やらヴァニティ伯爵家に居る時に自分の所為で追い出された少年が売られているのを偶々知って、買い物に行くと出られました」
「少年?」
「はい、侍女のララ様がそう言って付いて行かれたので間違いないかと……」
「子供か、……放っておけ」
レントンは呆れた表情で執事を帰すと、ヒンメルの機嫌が治ったことを読み取って声をかけた。
「無自覚ですか?」
「何が」
「……いえ」
「急ぎの公務は?」
「へ」
「だから、急ぎの公務はあるかと聞いてる」
「いえ……ありませんが。陛下はオーバーワーク気味なので」
「プリンストンへ行く」
(放っておけと言った癖に……)
「何だ?」
「いえ?ご用意します」
一方、ドルチェはプリンストンに到着した頃であった。
まだ子供だったリビイルという少年を思い出していた。
家族からの愛を求めて、不本意な事にも理不尽にも耐え忍ぶドルチェを何度も慰めて唯一忠実に仕えた新人の従者見習いだった。
「お嬢様は、ここを出るべきです」
その言葉がリビイルがヴァニティから追い出される原因となった。大切にこそしないが都合のいい娘を当時手放すつもりの無かった伯爵家の怒りを買ったリビイルは追い出されて行方が分からなくなっていた。
けれどもう、成す術もなかったあの時のドルチェでは無い。
三番目とは言え皇帝の妃である、お金もある。
住む場所も、彼を雇う決定権もある。
幾らか歳下だった筈なので、また子供だった彼を自分の所為で路頭に迷わせてしまったとずっと責任を感じていた。
それに、リビイルはずっとまだ家族の愛情や絆をあの人達に求めて信じていた私に「その人達は危険だ」と言い続けてくれた子だから。
けれど、彼が買い取られたと聞いた娼館へ行って彼を見つけた瞬間ドルチェはぴたりと思考が止まった。
「お呼びに預かり参りました……っドルチェお嬢様……?」
「リビィ……で、合ってるのよね」
「ふふ、成長期でしたので。背が伸びたでしょう」
「そうね。オーナー、この子は幾らで買ったのかしら」
「いや、その……これはまだ教育していないんです」
「いいの、言い値で引き取るわ」
確かに、すっかり背も伸びて大人びて少年から男性となったリビイルには驚いた。まだ少年だった彼はたった数年で立派になっていて人違いかとさえ思ったほどだ。
見目がいい所為かそれなりに値は張ったが、それでもリビイルを保護できたことに安堵した。
貧民街に紛れて、悪い事もしながら過ごしたと言う彼は成長するほど目立つようになりとうとう貴族に拾われ娼館に高い値で売られたと話した。
「苦労をかけたわね」
「いえ……、お嬢様がご無事で良かったです」
「ありがとう。貴方にはこれから私の従者となってもらうわ」
「ですが……伯爵が、」
「私ね、この国に嫁いだの」
リビイルは「どなたに…」と聞きかけて口を閉ざした。
そんな彼を振り返り、いる筈のない人物が見えて驚く。
「俺だ」
「だれですか……」
「リビィ、私の夫で。この国の皇帝陛下よ」
そこには、昼間の陽の光を反射するキラキラした白い髪とどの宝石もくすんでしまうだろう金色の瞳の彼が不機嫌そうに立っていたからだーー
206
お気に入りに追加
2,606
あなたにおすすめの小説

思い出してしまったのです
月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。
妹のルルだけが特別なのはどうして?
婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの?
でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。
愛されないのは当然です。
だって私は…。

美人な姉と『じゃない方』の私
LIN
恋愛
私には美人な姉がいる。優しくて自慢の姉だ。
そんな姉の事は大好きなのに、偶に嫌になってしまう時がある。
みんな姉を好きになる…
どうして私は『じゃない方』って呼ばれるの…?
私なんか、姉には遠く及ばない…

かつて私のお母様に婚約破棄を突き付けた国王陛下が倅と婚約して後ろ盾になれと脅してきました
お好み焼き
恋愛
私のお母様は学生時代に婚約破棄されました。当時王太子だった現国王陛下にです。その国王陛下が「リザベリーナ嬢。余の倅と婚約して後ろ盾になれ。これは王命である」と私に圧をかけてきました。

たとえ番でないとしても
豆狸
恋愛
「ディアナ王女、私が君を愛することはない。私の番は彼女、サギニなのだから」
「違います!」
私は叫ばずにはいられませんでした。
「その方ではありません! 竜王ニコラオス陛下の番は私です!」
──番だと叫ぶ言葉を聞いてもらえなかった花嫁の話です。
※1/4、短編→長編に変更しました。

今日結婚した夫から2年経ったら出ていけと言われました
四折 柊
恋愛
子爵令嬢であるコーデリアは高位貴族である公爵家から是非にと望まれ結婚した。美しくもなく身分の低い自分が何故? 理由は分からないが自分にひどい扱いをする実家を出て幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱く。ところがそこには思惑があり……。公爵は本当に愛する女性を妻にするためにコーデリアを利用したのだ。夫となった男は言った。「お前と本当の夫婦になるつもりはない。2年後には公爵邸から国外へ出ていってもらう。そして二度と戻ってくるな」と。(いいんですか? それは私にとって……ご褒美です!)

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

なんで私だけ我慢しなくちゃならないわけ?
ワールド
恋愛
私、フォン・クラインハートは、由緒正しき家柄に生まれ、常に家族の期待に応えるべく振る舞ってまいりましたわ。恋愛、趣味、さらには私の将来に至るまで、すべては家名と伝統のため。しかし、これ以上、我慢するのは終わりにしようと決意いたしましたわ。
だってなんで私だけ我慢しなくちゃいけないと思ったんですもの。
これからは好き勝手やらせてもらいますわ。

やり直し令嬢は本当にやり直す
お好み焼き
恋愛
やり直しにも色々あるものです。婚約者に若い令嬢に乗り換えられ婚約解消されてしまったので、本来なら婚約する前に時を巻き戻すことが出来ればそれが一番よかったのですけれど、そんな事は神ではないわたくしには不可能です。けれどわたくしの場合は、寿命は変えられないけど見た目年齢は変えられる不老のエルフの血を引いていたお陰で、本当にやり直すことができました。一方わたくしから若いご令嬢に乗り換えた元婚約者は……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる