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暴れ馬どころか、悪女
しおりを挟む自らの膝上、手袋をしているとはいえ腰にまわした手から感じる体温はドレス越しよりも幾分か生々しい。
「暑いわ……」
独り言のように呟いたドルチェは心底煩わしそうに、折角かけた上着を脱いでレントンに返した。
「ありがとう、レントン」
「いえ、お気になさらず」
(良い匂いがする……)
何処と無くそわそわした様子で視線を合わせないレントンの耳が微かに赤い。ドルチェの肌に直接触れたものをレントンが着たことが何となく腹立たしくて腹いせのつもりでドルチェの耳先を少し噛んでやった。
「~っ、陛下」
「ヒンメルだろ」
「公の場でしょ?」
「お前は許可する」
軽く驚いた様子のドルチェの胸元に嫌でも目が行く。
見下ろしているからかやけに気になってまるで、これではまだ多感で未熟なそこらの子供だ。
第二妃を無視したことに今気付いて、一応主催であるアエリを呼ぶと表面上の笑顔とは裏腹に鋭い殺気をドルチェに当てた。
「良い夜会だ」
「光栄ですわ、陛下」
目の前には寵妃だと言う事に拘り、周囲からの視線を気にする貴族の女の手本がいる。
と、いうのに膝上のドルチェはまるで「退屈だ」と言わんばかりに俺の装飾品を指で突いて遊んでいる。
もはや「早く下ろしてくれませんか」なんて言い出す始末で、人目どころか俺のことすら気にしていない。
それが更にアエリを煽るのだが、半分分かってやっていて、半分は本当にどうでも良いのだろう。
驚くことにきっともうドルチェにとってアエリは取るに足らない存在となったのだろうと理解した。
魔力も俺と対等、それに妻としての役目がドルチェで務まる以上、後は政略的な理由だがまぁ焦る必要はないだろう。
「陛下、勿論今夜はお祝いしてくれますのよね?」
ただ、言葉通りの意味だ。
けれど人々はそうは受け取らない。
「やっぱりな」とアエリと俺との色っぽい関係を口にし始め、寵妃だ、跡取りを産むのはやはりアエリだと隠しきれていないヒソヒソ声で噂し始める。
そうなればドルチェのこの格好も「皇帝の情婦」という言葉にもっともらしさが増す。
「アエリ様、お可哀想ね」なんて女達からドルチェへの非難の声が上がって大抵の女はこういう策に脆く傷ついた顔をする。
まるで「私が悪い訳じゃないのに」って顔を。
別に心配してやる訳じゃないが、なんと無くドルチェを見ると特に変わった様子は無い。
それどころかレントンが目を見開いたまま俺の膝の上で遊んでいるドルチェに釘付けになっているではないか。
美しい銀髪なのに、邪魔になったのか片側に避けて俺の席、俺の膝上から皆を見下ろして
ー笑った
(この程度の悪口なら、言われ慣れてるのよ)
ざわり 騒がしいだとかそう言う訳じゃない。
皆がドルチェの雰囲気に持っていかれたのだ。
体勢に疲れたのかまたは挑発か、俺の肩に頬を預けて首元に鼻先を掠める体勢で皆から視線を逸らす。
「美しい……」
聡く強い者が好きなレントンのうわごとに少し苛立って、軽い静電気のようなもので痛めつけてやると恨めしそうにしている。
なにも反論をしていないのに、全員を黙らせたドルチェに感心した。
(いつもならこの程度、放っておくが)
「勿論だ、お前には贈り物を用意してる」
「……! 嬉しいですわ、陛下」
「なんだ、そう言う事か」なんてがっかりする皆の声を遠くに聞きながらとんだ暴れ馬どころかとんだ悪女を第三妃程度の椅子に座らせてしまったなと思う。
ドルチェとレントンくらいにしか聞こえない声で、意図せず溢れるように囁いた自分の言葉に何を言ってるんだとハッとした。
「皇后にでもなるか?」
レントンがびくりと肩を揺らして、俺をハッと見る。
けれど、ドルチェは肩に埋めたままの顔を上げさえしないで気怠げに返事をした。
「嫌よ、長生きをしたいの」
(そういうのは本命とか、家柄の良い人がなるものでしょ)
「……揶揄わないで」
レントンが笑いを堪えているのにまた腹が立って、チクリと地味な魔法で痛めつけてやった。
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