7 / 98
暴れ馬と暴君と寵愛と
しおりを挟む宮へと戻るなり慌てた様子の従者達の様子にドルチェは首を傾げた。
「なにかあったの?」
「あっ!ドルチェ様……!」
「皇帝陛下がこちらに向かわれています」
(寵妃だって言ってたから怒ってるのかしらね)
ドルチェは顎に手を当てて天井を見上げるような仕草のあと、「よし」と小さく頷いてから、今からできる限りのもてなしを指示して着替えに向かった。
思っていたよりも早く到着したヒンメルはレントンを連れて来ていたがどちらの表情からも感情は読み取れない。
「突然でしたので、あまりもてなせず申し訳ありません」
「良い」
「此方こそ突然申し訳ありません、ドルチェ様」
「あなた達はみんな下がっていいわ」
使用人達にそう言ったドルチェに「ほう」と目を細めるヒンメルを横目で見たが気にする素振りもなく、後ろに控えているララの頭を撫でて「貴女もよ」と微笑んだ。
「ですが……」
「大丈夫よ、あなたは念の為に出てなさい」
「はい」
万が一、皇帝が寵妃の為に粛正に来たならば使用人達を巻き添えにする訳にはいかないので念の為、部屋の外に出しておく。
お茶に手を付けることも無く口を開くヒンメル。
「第二妃とは仲良くやっているようだな」
「そうですね」
「贈り物をしたと聞いたが?」
「あぁ……お返しをしただけで、大したものは贈っていませんよ。恥ずかしいですわ」
「お返し……へぇ、驚いたな」
「ふふ、どうしますか?」
感情の読めないヒンメルと目が合ったまま、睨み合う。
レントンはドルチェの挑発に目を彷徨わせて不安そうにしているが彼はきっとこの程度のことは数えきれないくらい乗り越えて来たはずだろう。
互いの魔力がぶつかり合って、次はどう出ようか?
そんな探り合い……だと思ったのにヒンメルは「ふっ」と耐えきれないと言うように笑ってしまった。
「どうもしない」
「……え?」
「だから、どうもしない」
「大切な人では?」
「いつそんな事を言った?ただ利害の一致で妃にしただけだ」
「なら、何故わざわざ来られたのですか?」
「面白そうだと思ってな。侍女を燃やしたらしいな」
「ふふ」
「まぁいい。だが……」
ヒンメルはドルチェの元へと歩いて来て、顎を掴んで持ち上げるとそのまま親指で唇をなぞってこじ開けた。
「俺には牙を剥くな、意図せず虎を飼ったが忠実な虎なら殺さない」
「……」
「ハ、良い顔だな……」
まるでドルチェが欲しくて仕方がないような熱い視線で見下ろして、子供のように両手で顔を覆うレントンにも睨みつけるドルチェにも構いもせず、ヒンメルはドルチェに口付けた。
「ーっ、んはぁっ」
「……っ、こっちは初心だな」
「お戯れは、おわりましたか……?」
「!」
「?」
「お前、何とも無いのか?」
「!!」
呆気にとられたようなヒンメルと、両手の隙間から覗くレントンの驚愕したような瞳に見つめられてこちらも思わずきょとんとする。
「何の話ですか……?」
「俺に触れられて、何ともないのか?」
「無礼な夫に初めてのキスを奪われた以外は何も?」
「ふっ、ははは!そうか、すまなかったな」
何故か嬉しそうなヒンメルを訝しげに見るドルチェにレントンは満面の笑み。
(全くわけが分からないわ……)
「で、返事は?」
「どの道ヒンメルには敵いませんもの」
「懸命だ」
まるで子供にするようにドルチェの頭を撫でたヒンメルは、ニヤニヤするレントンを見下ろして「行くぞ」と声をかけて帰るようだった。
「……はっ!お見送りしなきゃ……」
急いでドルチェも席を立って二人の後を追いかけた。
撫でられた頭がじんじんと熱い、唇が、顔が熱を持ったような感覚がしたがドルチェにとってそんな事は気にならなかった。
(もう帰る場所はないのだから、此処で生きるのよ)
彼女にとって、心臓の音の速さなど些細なことだったからだ。
253
お気に入りに追加
2,606
あなたにおすすめの小説

「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた
菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…?
※他サイトでも掲載中しております。

かつて私のお母様に婚約破棄を突き付けた国王陛下が倅と婚約して後ろ盾になれと脅してきました
お好み焼き
恋愛
私のお母様は学生時代に婚約破棄されました。当時王太子だった現国王陛下にです。その国王陛下が「リザベリーナ嬢。余の倅と婚約して後ろ盾になれ。これは王命である」と私に圧をかけてきました。

たとえ番でないとしても
豆狸
恋愛
「ディアナ王女、私が君を愛することはない。私の番は彼女、サギニなのだから」
「違います!」
私は叫ばずにはいられませんでした。
「その方ではありません! 竜王ニコラオス陛下の番は私です!」
──番だと叫ぶ言葉を聞いてもらえなかった花嫁の話です。
※1/4、短編→長編に変更しました。

美人な姉と『じゃない方』の私
LIN
恋愛
私には美人な姉がいる。優しくて自慢の姉だ。
そんな姉の事は大好きなのに、偶に嫌になってしまう時がある。
みんな姉を好きになる…
どうして私は『じゃない方』って呼ばれるの…?
私なんか、姉には遠く及ばない…

融資できないなら離縁だと言われました、もちろん快諾します。
音爽(ネソウ)
恋愛
無能で没落寸前の公爵は富豪の伯爵家に目を付けた。
格下ゆえに逆らえずバカ息子と伯爵令嬢ディアヌはしぶしぶ婚姻した。
正妻なはずが離れ家を与えられ冷遇される日々。
だが伯爵家の事業失敗の噂が立ち、公爵家への融資が停止した。
「期待を裏切った、出ていけ」とディアヌは追い出される。

筆頭婚約者候補は「一抜け」を叫んでさっさと逃げ出した
基本二度寝
恋愛
王太子には婚約者候補が二十名ほどいた。
その中でも筆頭にいたのは、顔よし頭良し、すべての条件を持っていた公爵家の令嬢。
王太子を立てることも忘れない彼女に、ひとつだけ不満があった。

やり直し令嬢は本当にやり直す
お好み焼き
恋愛
やり直しにも色々あるものです。婚約者に若い令嬢に乗り換えられ婚約解消されてしまったので、本来なら婚約する前に時を巻き戻すことが出来ればそれが一番よかったのですけれど、そんな事は神ではないわたくしには不可能です。けれどわたくしの場合は、寿命は変えられないけど見た目年齢は変えられる不老のエルフの血を引いていたお陰で、本当にやり直すことができました。一方わたくしから若いご令嬢に乗り換えた元婚約者は……。

なんで私だけ我慢しなくちゃならないわけ?
ワールド
恋愛
私、フォン・クラインハートは、由緒正しき家柄に生まれ、常に家族の期待に応えるべく振る舞ってまいりましたわ。恋愛、趣味、さらには私の将来に至るまで、すべては家名と伝統のため。しかし、これ以上、我慢するのは終わりにしようと決意いたしましたわ。
だってなんで私だけ我慢しなくちゃいけないと思ったんですもの。
これからは好き勝手やらせてもらいますわ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる