暴君に相応しい三番目の妃

abang

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暴れ馬と暴君と寵愛と

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宮へと戻るなり慌てた様子の従者達の様子にドルチェは首を傾げた。


「なにかあったの?」


「あっ!ドルチェ様……!」

「皇帝陛下がこちらに向かわれています」


(寵妃だって言ってたから怒ってるのかしらね)


ドルチェは顎に手を当てて天井を見上げるような仕草のあと、「よし」と小さく頷いてから、今からできる限りのもてなしを指示して着替えに向かった。


思っていたよりも早く到着したヒンメルはレントンを連れて来ていたがどちらの表情からも感情は読み取れない。


「突然でしたので、あまりもてなせず申し訳ありません」

「良い」

「此方こそ突然申し訳ありません、ドルチェ様」


「あなた達はみんな下がっていいわ」

使用人達にそう言ったドルチェに「ほう」と目を細めるヒンメルを横目で見たが気にする素振りもなく、後ろに控えているララの頭を撫でて「貴女もよ」と微笑んだ。



「ですが……」

「大丈夫よ、あなたは念の為に出てなさい」

「はい」


万が一、皇帝が寵妃の為に粛正に来たならば使用人達を巻き添えにする訳にはいかないので念の為、部屋の外に出しておく。



お茶に手を付けることも無く口を開くヒンメル。


「第二妃とは仲良くやっているようだな」

「そうですね」

「贈り物をしたと聞いたが?」

「あぁ……お返しをしただけで、大したものは贈っていませんよ。恥ずかしいですわ」

「お返し……へぇ、驚いたな」

「ふふ、どうしますか?」


感情の読めないヒンメルと目が合ったまま、睨み合う。

レントンはドルチェの挑発に目を彷徨わせて不安そうにしているが彼はきっとこの程度のことは数えきれないくらい乗り越えて来たはずだろう。


互いの魔力がぶつかり合って、次はどう出ようか?

そんな探り合い……だと思ったのにヒンメルは「ふっ」と耐えきれないと言うように笑ってしまった。


「どうもしない」

「……え?」

「だから、どうもしない」

「大切な人では?」

「いつそんな事を言った?ただ利害の一致で妃にしただけだ」

「なら、何故わざわざ来られたのですか?」

「面白そうだと思ってな。侍女を燃やしたらしいな」

「ふふ」

「まぁいい。だが……」


ヒンメルはドルチェの元へと歩いて来て、顎を掴んで持ち上げるとそのまま親指で唇をなぞってこじ開けた。


「俺には牙を剥くな、意図せず虎を飼ったが忠実な虎なら殺さない」

「……」

「ハ、良い顔だな……」


まるでドルチェが欲しくて仕方がないような熱い視線で見下ろして、子供のように両手で顔を覆うレントンにも睨みつけるドルチェにも構いもせず、ヒンメルはドルチェに口付けた。



「ーっ、んはぁっ」

「……っ、こっちは初心だな」

「お戯れは、おわりましたか……?」

「!」

「?」

「お前、何とも無いのか?」

「!!」

呆気にとられたようなヒンメルと、両手の隙間から覗くレントンの驚愕したような瞳に見つめられてこちらも思わずきょとんとする。


「何の話ですか……?」

「俺に触れられて、何ともないのか?」

「無礼な夫に初めてのキスを奪われた以外は何も?」

「ふっ、ははは!そうか、すまなかったな」

何故か嬉しそうなヒンメルを訝しげに見るドルチェにレントンは満面の笑み。


(全くわけが分からないわ……)




「で、返事は?」

「どの道ヒンメルには敵いませんもの」

「懸命だ」


まるで子供にするようにドルチェの頭を撫でたヒンメルは、ニヤニヤするレントンを見下ろして「行くぞ」と声をかけて帰るようだった。



「……はっ!お見送りしなきゃ……」


急いでドルチェも席を立って二人の後を追いかけた。


撫でられた頭がじんじんと熱い、唇が、顔が熱を持ったような感覚がしたがドルチェにとってそんな事は気にならなかった。


(もう帰る場所はないのだから、此処で生きるのよ)


彼女にとって、心臓の音の速さなど些細なことだったからだ。









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