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家族の愛なんてもう信じない
しおりを挟む由緒ある家門であるだけの貧乏な筈のこの伯爵家は表面上、昔と変わらない輝きを放っている。
アカデミーに通う兄の為に金策、社交会でより良い縁談を見つけたいと言うの妹の為に金策、貧しくて使用人が少ない為に貴族令嬢なのに家事や雑用もした。
「苦労をかけて御免なさいね」と涙する母の為に、後継者である兄と可愛い妹に付きっきりで忙しい父の為にこの伯爵家を守る為にひとり屋敷に篭って帳簿と睨めっこして来た。
けれど、どこから聞きつけたのか帝国から来た手紙には第三妃の喪が開けた途端にとてつもない結納金と借金の肩代わりの約束を代償に美しいと評判の末の娘を妃に寄越せという手紙だった。
暴君とは言え、皇后空席の今この大陸で二番目に権力のある女性になれるのだから名誉なことだが妹はひどく反発した。
「お父様!私嫌よっ……!帝国へ行くなんて!」
「あなた、シェリアはまだ十六歳なのですよっ……」
「うむ、だが帝国からだ……大陸が統一された今皇帝からの命令には逆らえない」
(どうして?皇帝の妻であればいい縁談じゃないのかしら)
泣き崩れる妹と母を目の前に困惑する。
妹に自分より目立つな。と父親譲りの艶やかな銀髪はありきたりな茶色に染めさせられ、貧乏故に社交会に出られない私は妹のお古のドレスを着ているがこれ程の大金があればもう新しいドレスを着られるし、妹だって皇帝の妃として裕福に暮らせるのでは?
なのに何故、使用人を含めた皆が私を見ているのだろう。
まるで、「私が代わりに行くわ」という言葉を待っているかのように。
(何かワケがあるのか、暴君だから?)
けれど本当はもっと前から勘付いていた。
「愛されている」血の繋がった家族にはそう思われていると何故か信じたかっただけだ。
兄や妹とは違う扱い「ごめんね」と言いながらも緩む口元を隠そうとする家族の表情。
「今日はシェリアお嬢様のお部屋を掃除して下さいね、ドルチェ様」とまるで見下したような侍女長の目。
ぜんぶ見れば分かる。それほど私は馬鹿じゃない。
家族は私が一番の宝だと言うが、本当は上手く利用されているだけ。
それに、もう隠せない。ずっと良い子で居た私を全て覆えしてしまうような込み上げる黒い感情。
今更になってあんなにも欲しかった「家族からの愛情」が無意味に思えた。
だって家族はいま「宝」を身代わりにしようとしているのだから。
(なら、欲しい言葉をあげるわ)
「お父様、私が行きます」
ほら、私の言葉を聞いた瞬間の表情が物語っている。
上手く行ったと心が透けて見える。
見た事もないほど醜悪に歪んだ妹の表情と、ホッとしたような母の表情。
ただ冷ややかに当たり前の事だという憎たらしい目で私を見た父の表情が何故か今日はやけに気に触る。
行くのが自分ではないと分かるが否や明るい表情で悪気の無さそうに、無邪気な声で私へと向かってくる残酷な言葉。
「見た目は劣るけれど、ただの情婦だし……お姉様でも大丈夫よね!」
「そうねシェリアが可哀想だものね」
(私も貴女の娘だけど、可哀想じゃないの?)
でももうどうだっていいとすら思えた。
あんなにも求めていた母からの愛情も、父からの信頼も。
「そうね、シェリア。此処よりはマシかもしれないわね」
「!?」
「お前……気が触れたのか?」
「お姉様、どうしたの?怒ってるの?」
ほんと、分かりやすい子。
今も私の醜態を目に口元が弛んでいるというのに、まるで声色だけは怯えたように装っている。
酷く驚いた様子の母親と、怒りを隠しきれない様子の父親を冷めた目で見下ろした。
「では、準備がありますので。お先に失礼します」
毎日あれ程楽しみだった家族との食事の時間が煩わしい。
(皇帝について調べなきゃ……)
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