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エレオドーラの奇跡・皇帝

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(どうなっている?)


エレオドーラの皇帝は不可思議な感覚に陥っていた。

いつもと変わらぬ皇座、変わらぬ皇宮、変わらぬ愚民共、けれども何処かいつもと違うふわふわとした雰囲気だった。


それは、いつも通り皇座についている筈の皇帝が国を掴めているはずなのに何かを見落としているような、掴み切れていないような漠然とした不安。


皇太子が昔から恋をしているウィンザー伯爵家の令嬢は確かにとても美しいが、エバンズがこんなにも長い間尻込みしているのももどかしかった。


(さっさと手に入れれば良いものを、グズが)



近頃の、ふわふわとした漠然的な不安は更に皇帝を焦らせていた。



「ヘスティアの化身など知るものか」


国の守護・美の女神ヘスティアを信仰する者は今だに多いものの皇帝は違った。


けれども、エレオドーラこそが神


それが先代から伝わる思想で、皇帝本人も幼い頃から強く共感してきた。


ヘスティアへの信仰など、旧国ルナエリアのような軟弱な者がするものだと、内心鼻で笑っているがひとつだけルナエリアに執着する理由があった。



「セレスティーヌ……」


気高く、美しく、優しい心とまっすぐな瞳を持った強い女性だった。


親友だった男にあっさりと掻っ攫われてしまったが、皇帝はもうずっと前から彼女を閉じ込めてでも手に入れるのだと決めていた。


なのに、彼女はその気持ちを踏みにじり更には隠れて子供まで……



アシェルを初めて見た時は心臓が止まったようだった。


せめてアシェルが女性だったら、側においてやったが彼は驚くほどセレスティーヌに似た美しい男で、驚くほどにゼファーに似たお人よしだった。


お人好しなのはルナエリア王族の特徴とも言えるが、唯一の生き残りであるセレスティーヌはそれほど愚かではなく気が強く、屈しない奴だった。


最後の最後はやはりルナエリアの者らしく、騙されてくれてよかったが。


どちらかというとアシェルはセレスティーヌに似た外見に反して、内面はものごし柔らかく、掴みどころのないゼファーに似ていた。


「ああいう、善良で、全てを持っているくせに優しげな馬鹿ほどイラつくやつはおらんな」



優しい、純粋だ、と持て囃されている癖に地位、友、信頼、支持、金、そしてセレスティーヌまで手に入れてしまうゼファーは決して器用ではなかったがむかつく奴だった。



無償にアシェルを思うがままに傷つけたくなった。



ティアラを一途に愛し、愛される姿がセレスティーヌとゼファーを見ているようで憎くてあの手この手で汚し、追い込み、ぶち壊してやった。



自分は皇帝、貴族達もゼファーの子であるアシェルも意のままでないといけないのだ。



自分自身は嬲るのも、愛するのも女がいいのだがセレスティーヌに瓜二つのアシェルの傷ついた顔や抜け出せぬ沼に堕ちていくサマは言い表す事が出来ぬほどゾクゾクとするものだった。



まるで、セレスティーヌを穢しているような、手に入れたような錯覚にさえ陥る事がある程に。



(セレスは気が強く思うようにはいかなかったがな)


セレスティーヌの意志の強い瞳を思い出して奥歯をギリギリと鳴らす。



アシェルの相手が私の思う通りにいかないものの一つ、ウィンザーだった事もまた皇帝の意欲を駆り立てていた。



「もうすぐだ、全部奪って全部意のままにしてやるのだ」



時期にヒスタリシスへと送る予定の調査団は予定の人数よりもかなり多い人数を準備した。



(使い捨ての平騎士などどうでもいい、問題は何処かにゼファーが残したはずのセレスだ)





それから暫くは不安とはアテにならないもので順調に事が進んだ。


娘の婚約者を探してやるのだと、約半数の騎士をヒスタリシスの調査団へと寄越したウィンザーに気分が良かった上に、

いつも反抗的で役立たずだったエバンズもティアラとよく会っているようで奴らが恋仲ではないかと国中の噂となっていた。

その上喜んで、自らの騎士団をヒスタリシスへと差し出した。


アシェルが居なくなったのは玩具を失ったようで寂しいが、ゼファーも始末出来、それ以降があまりに順調で皇帝の気持ちは上場していた。



「陛下、グラウディエンス侯爵家、ウィンザー伯爵家、ヴォルヴォア邸その他各家の系列家系からヒスタリシスへの調査団がかなりの人数集まっております。王宮からはエバンズ殿下と皇后陛下からも……もう充分かと……」




「陛下!!大変です!!辺境の地コリネアでマゲニス公爵の魔力に似たものが出現したとの報告が……凄まじい魔力らしく、呪いの可能性もあり民の避難を急ぎます!」



「な、何!?……仕方あるまい。無視しては世論が傾く……」



かなり手薄となる帝国を案じたが、セレスティーヌを探す為にはそちらを妥協する事はもちろん考えられなかった皇帝は絞れるだけの兵をコリネアへと送るしかなかった。



「聖女の宮に充てていた大勢の護衛騎士達を含め、皇宮から兵を送れ」




「で、ですが……アイリーン殿下は?」


「もう聖女でも何でもない!警備の必要などない!」


「し、承知致しました!!!」




あの時感じた漠然とした不安はゼファーの所為だったのだろうか?




「兵を急いでヒスタリシスへ……!ゼファーより早く囚われた旧国の姫セレスティーヌを救い出すのだ!!」



焦りの混じった皇帝の声がやけに大きく響いた。
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