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大切にしたいから真実を君に

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アシェルが半年ほど経った。

ティアラはアシェルの住んでいた邸の主となり、殆どの月日をそこで過ごした。


エバンズは余程の用事がない限り、毎日ここに通った。


今日も例外ではなく、アシェルが仕事に埋もれていた執務机で、彼と同じように仕事に埋もれている少し痩せたティアラに通されて、心配そうに声をかけた。



「ティアラ……無理をしないでくれ。もうすぐお父上と私で……」




「エバ様、大丈夫です。私もウィンザーとして、魔導師として出来る事をしたいのです。それに……彼を探したいの」



そう言ってひたむきに働き続ける彼女は健気で、痛々しいほどだった。


一見普通に見える彼女だが、アシェルの邸に籠ると魔導師としての仕事や彼の手がかりを探す日々だった。



「あの……エバ様、お願いしているヒスタリシスへの立ち入り許可は……」




ヒスタリシスはあの日以降、皇帝の指示によって何十人もの魔導師によって張られた結界に守られ、誰一人と立ち入りを禁止されていた。



それは、アシェルと魔王の衝突によって脆くなった渓谷がいつ崩れてもおかしくないのと、


魔王の魔力暴走による呪いの残穢によって侵食されたヒスタリシスでは相当の魔導師か聖女でないと耐えられない為であった。




「すまない……皇帝は頑なにヒスタリシスを閉ざし、従わぬものを死罪に処すと譲らない。何か探しているようにも感じる」



「いいえ、こちらこそ申し訳ないですわ……エバ様まで巻き込んでしまって」


「いいんだ、ティアラになら全てを捧げよう」



「ありがとうございます……」



「いますぐにとは言わない、アシェルを忘れなくてもいい。私を婚約者としてティアラの傍に居させて欲しい。私がきっと幸せにする」



エバンズは気丈に振る舞いながらも落ち込むティアラの姿に、アシェルはあの日エレオドーラを守って死んだのだと言うべきか半年間悩んで来た。




アシェルがエレオドーラでどんな目に遭ってきたを知った今、きっとティアラは自らの為に命を捨てたアシェルに気付き、どうしようもなかったとは言えそうさせた自分を一生許せなくなるのだろうとあの時のアシェルの判断がどれほどティアラを想っての行動だったのかを日々思い知らされていた。




彼を探すティアラは、もうヒスタリシスにしか手がかりはないとずっと立ち入る許可を申請していたが、実際に彼女ほどの魔導師ならばすぐに結界の内側に入れてしまうのではないかという事は黙っていた。



自らとウィンザー伯爵が皇帝を失脚させ、エバンズ自らが皇帝となるまでは現皇帝の怒りを買ってティアラを危険な目に遭わせる訳にはいかなかったからだ。




「アシェルにはきっと理由がある筈なのです、婚約を解消した事実もありません……だから、エバ様と婚約する事はできません……」




(アシェル、彼女に嫌われてしまおうなんて無理だ。君が立ち去ったと言ったところでティアラはお前を信じ、愛している)





「そうか…….すまない。傷心の君に付け入るような事をしたな」




アシェルは、死んだと言えば方法なく死地へ向かわせた原因を作った皇帝を恨み、何よりもずっと自分を責め続けるのだろう。



だからこそ、自分など早く忘れて新しい幸せと共に生きてほしいのだとそう考えていたようだが、アシェルが何処に居てもティアラはアシェルを想い続けるのだろうとエバンズは感じていた。




ならばいっそ、現実を受け止めた上で彼女が生き方を選択するほうがティアラの為にはいいのではないか?


自分は邪な気持ちを心に封じて、ティアラが立ち直る為に支えるべきなのではないのか?



こんな時でなければ、ティアラは自分に頬の一つくらいは染めてくれただろうかと考えてしまってから内心で自嘲し、申し訳なさそうに自分を見つめるティアラの頬にそっと手を添えて優しく、けれども決心が籠った瞳で見つめた。




「エバ様…?」


「ティアラ、申し訳なかった。話さねばならない事がある」



戸惑ったように、本当に検討がつかないのだろう表情で「はい」とだけ返事をしたティアラの頬から手をそっと離して彼女が落ち着いて聞いてくれるようにと、控えめに彼女の手を握った。



「取り乱さずに聞いて欲しい……実は……」



エバンズは、ティアラにヒスタリシスで起きた全ての出来事を屈折することなく全て話した。



ボロボロと大きな涙の粒をこぼしながら、「嘘よ…….」と呟くティアラを抱きしめる事しかできなかった。



「嘘、嘘ですよね……きっとアシェルは生きて……」




「ヒスタリシスの現状は酷い。生きている事は殆ど考えられない」




「……っアシェル、アシェル…っ」




「すまないティアラ、私は何も出来なかった」




「…….っエバ様の所為ではありません」




「だが、死地へ向かう私に着いてきてくれたのだアシェルは」




「本当に、アシェルは死んだのですか?」



「……すまない」



崩れ落ちたティアラは顔を覆って肩を揺らす。



彼女の魔力が膨れ上がるのを感じて思わず不安になる、彼女は静かだが酷く取り乱しているのを魔力から感じて、思わずその魔力の強さにゾクリと身が震えた。



(どおりで父上が欲する訳か)



「行かなきゃ……」


「ティア……っ!?!?」



突発的に呟いたので反射的にティアラの手を握ると、一瞬で光に包まれた。



光で視界が遮られていたものの、呪いの気配で自分達がヒスタリシスへと近づいているのだと感じた。


とうとう、結界であろうものが高い音を立てて自分達を弾き返そうとする音が聞こえる。


(まずい!このまま弾き返されては、ティアラが危険だ!)



そう思った瞬間に、砕けたのは結界の方で光の粒となって散ったそれを皮肉にも綺麗だと思った。


ティアラは真っ直ぐに魔王の呪いが色濃く残る場所へと到着し、


未だに残るアシェルと魔王の魔力がぶつかり合って深く抉れた大地と更地となった辺りの景色にポツンと二人だけが居た。



「ここに来ると、何か分かるって思っていたの」


「ティアラ、ここは……」


禍々しくも重い、恨み、怒り、哀しみ、呪いによって汚染されたヒスタリシスの空気はとても過酷で、普通の令嬢だったならその重圧に一歩も動けないまま魔力をかき乱され命の危機に陥っているだろう。

ティアラの身が心配で、そっと守るように引き寄せたが彼女はそれを制して抉れた大地へと歩き出した。


そっとその大地に触れると、涙をポタポタと流しながら悲痛な声で愛する彼を何度も呼んだ。



「……アシェル、アシェルっ、もう居ないの?」


「ティアラ、ここは危険だ」


「アシェルは此処で一人で…….っ」



『もう二度と、失う訳にはいかないの』



「え?」

「いや、私ではない」



『愛してるのーーー』



ティアラが触れた大地から弱々しく光る小さな光が現れ、エバンズは何故かその光から感じる力とティアラの魔力がとても似ていると思った。


けれども、どうしてか無意識の内に出たのは他の名で、聞こえた声がいつか愛する人を失った彼女の声なのではないかとどこか確信していた。


母から何度も聞かされた物語、愛する者の為に全てを呪った、






「女神、ヘスティア……」





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