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輝かしい君はもう……

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装いを変えて、茶会やパーティーに意欲的に顔を出すここ数日のティアラの美しさと淑女としての評判、は帝国中にまで知れ渡る程だった。



アイリーンとアシェルの噂、エバンズとティアラの噂、そしてティアラとアシェルの噂、定期的に行われる恒例の王室主催のパーティーを間近に様々な憶測が飛び交っていた。


皇室も未だ口を閉ざしたままで、アシェルやティアラもまた口を閉ざしていた。


それでも、彼女に会えばそんな噂など忘れてしまい、つい「美しい」と先ついて出てしまう程に、解き放たれたティアラの美しさは規格外たった。




そんな彼女の噂はもちろんアシェルの耳にも届いていた。



「アシェル様、聞いてますか?」


「……ダニー、僕はそれ所じゃないんだ」


「その新聞は穴が開くほど読んだでしょう?」


「皇太子と、ウィンザー伯爵令嬢のロマンス!帝国一のプレイボーイとアイリーン皇女の熱愛!だって……」


「皇太子殿下に危害を加えれば重罪ですよ?」



「いやぁ~、このティアラも可愛いよね。切り抜いちゃお」




「……アシェル。大丈夫なのか?」



普段なら嫉妬で騒ぎ立てるだろうアシェルが、今日は何処か違う。



此処暫くティアラが訪ねて来ないにも関わらずやけに明るくて口数が多いのも気になっていた。





「全部終わってからで間に合うって思ってたずっと」



「……」



「でも、それじゃ遅かったのかもしれない」




今になって気づく、初めに壊れ始めたのは自分だと。







「なぁアシェル、私じゃ頼りないのか?」


「お母上に、聞いたんだろ。僕は



それは遠回しに、関われば死ぬという風にも聞こえた。


いつもは徹底して側近で侍従として仕えるダニエルが職務時間に敬語を使わない時は、友人として本気で話している証拠だった。


だが、おどけたような言い方だったが、アシェルも本気だった。


皇帝にとって使に皇帝は容赦しない。


万が一、アシェルの目が届かぬ所でダニエルが傷つけられたらと考えるだけで身震いした。


「お願いダニー、僕の不在時にティアラに何かあった時は頼む」



「ああ……、ティアラ様との婚約は無くなったのか?」


「いいや、だけど時間の問題だよきっと……」


「愛想をつかされたんだな……」


「なっ、でもそうなっても仕方ないよな」


「やけに弱気だな、……何か事情があったのか?」


「……一度の過ちだった、子供じみた愛情表現だったよ。それでも、僕はあのクズ達とは寝てない」


プリシラの父の趣味、皇帝とアシェルの関係、アイリーンの素顔、エバンズという人物について……二人は様々な話をしたが、どれもダニエルにとって驚愕するべき話だった。





アシェルにそのつもりは無くとも、彼は力無い民達にとっての英雄。


平民達の希望だった。そんな彼に対しての許し難い仕打ちだった。



「そんな!それじゃあお前は……」


「ああ、まるで犬だよ。どうしたら外れるか分からない首輪が段々と苦しくなってくる、こんなつもり無かったと言い訳してももう抜けられない」



「何か方法はある!だから危険な事はするな、なるべく早く避けて通って、時を待つんだ」



「あはは、クーデターでも起こすつもり?」


「お前に味方する者も多いはずだ」


「ううん、ダニー。君が思ってるほど僕は凄い人じゃないんだ。都合良い名分で彼らの側で飼い慣らされてるだけだ」



「……アシェル!私はそんな事、許せない」



「ありがとうダニー。だからせめて、苦しめた分だけティアラを幸せにしたいんだ。……いい奴がいるんだ」


(穢れて、堕ちて、ティアラまで汚してしまわないように)



「もし、彼が信頼できる人だったら……きっとティアラはもう誰にも脅かされないし、僕の所為で泣く事もない筈だから」



「……っ、不器用すぎる。確かにお前は頭は悪いし、感情に鈍い奴だがお前がそんな目に合うほど悪い事をしたのか?何故こんな仕打ちを……」



「一度裏切ったよ。それに……見に余る幸せを望んだ」


(多分、とっくの昔からもう僕は普通なんて分からないのに)




「……何するつもりだ?」




「僕のした事のケジメだよ。きっと彼が安全か見極める事にもなる」



アシェルの表情は穏やかだった。


彼の人生で、愛情を受ける事などほんの数人だけだった筈だ。



それを人質に奴隷のように酷使した皇帝は今度は彼を愛娘への贈り物にしようとしているのだ。




素直に考えればティアラはエバンズの婚約者へと打診が来るはずだったが、どうやらそれすらも危うく、アシェルの心が手に入らぬ原因であるティアラをアイリーン皇女はひどく憎んでいるらしい。



(そんなの、逆恨みじゃないか)




「いっぱい考えたけど、僕は考えるのが苦手だから」


「……」



「ひとつずつ出来ることをして行く事にしたよ」


「私も手伝うよ」


「ありがとう、ダニー」



「考えても、考えてもティアラが好きで仕方なくって」



「ああ」



「だから、思いつく限りの僕に出来る方法で償うよ」



ダニエルに眉尻を下げて微笑んだアシェルは少し申し訳なさそうに言った。




「君を危険に晒さないから、一緒に守ってくれる?」



ほんとはもうずっと前から気付いてた。

ティアラはちゃんと僕を愛してくれてるって。

自信がなかったんだきっと……




どこにいたって、どんな時だって僕はティアラだけを愛してるから



だから、これからはちゃんと君を笑顔にしてくれる人に側にいてもらうべきだと思うんだ。



君の隣じゃ無くたって、僕なら君を守る事が出来るから。


でも君の涙を拭う人は僕じゃない方がいいと思うんだ。



「アシェル、私はずっとお前と共にあるよ」






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