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可哀想で、優しい人
しおりを挟む本当にたまたまだった。
当時婚約前の夫の急な仕事にで王宮に同行した際の話だった。
亡き妻にそっくりな美しい娘を道具のように扱い、暴力を快楽としていた最低な父親を見かけたのは。
夫が席を外した際に掴まれた手首。
間違いなく血の繋がった父親の手で、蘇る最悪の記憶に嫌な汗と震えが止まらなかった。
「おや、侯爵。お久しぶりですね」
助け船を出したのは何故王宮に居たのかは分からないが、アシェルだった。
彼を見た父の顔はなんとも言えぬ表情で彼が危険だと感じた。
それでもアシェルが耳うちしただけで父は私を解放して大人しく帰ったのだ。
英雄とはそれほど凄いのかとただその時は感心した。
夫と父の爵位は同等だった。
皇帝と馬が合わず表面上は当たり障りなく中立派を貫いている夫と、皇帝にべったりな実家の立場はあまりにも明確で、プリシラを貰い受けるのを手こずっていた夫に手を貸したのは私の家庭事情を知ったティアラとアシェルだった。
長年、親友にも隠し通してきたのはプライドだった。
リンディア侯爵令嬢である自分が実の父の暴力に悩んでいるなんていうのはとても耐えられるものじゃなく、
ましてや家の外では、理想の自分でありたかった。
ティアラやアシェルの揚げ足を取ろうと付け狙う者達は多いので、極力彼女達には手を借りたくなかったのだ。
ふたりの幸せの為に足を引っ張りたくなかった。
珍しい治癒の魔法以外はいつも平均的な出来で、見た目しか取り柄がないと笑われていた私を救ってくれたのはティアラだったから。
母の死因は精神的なものだった。
暴力を快楽とする加虐的な性癖の父が母を壊したのだ。
次は、私だった。
美しい子供達を買っては、痛ぶっているのも知っていたが、それでも一際、プリシラには執着を見せていた。
そんな父がプリシラを手放さないのは当たり前で、皇帝にまで手を回しては二人の婚約を阻止しようとした。
彼の魔法は探知や見張りには長けているが戦闘向けでは無く、皇帝の指名した戦地に送られてしまえば命は無かっただろう。
それを知ったティアラはウィンザー伯爵家をあげて様々な手で父を追い詰めたが、父はことごとく罪をすり抜けては戻って来た。
間違い無く、リンディア侯爵家が皇帝にとって利益のある家門であったからだろう。
それとも何か、別の理由があったのだろうか。
ティアラやおじ様に無理をさせたくなくて何度も「もういい」と言ったが彼女達は諦めなかった。
それなのに、ある日突然だった。
ティアラの家に保護されてある程度の月日が経った頃に、父から婚約の許しが出た。
罠かも知れないと思って、ティアラ達には黙って一人で実家に帰ったがそこで見たのは衝撃的な光景だった。
「アシェル……?」
「ーーッ!?」
「あぁプリシラ、おめでとう。父として光栄だよ!」
「何をしているの……!?アシェル、貴方自分で治せるでしょう!」
「プリシラ、この事は君は見なかった。ティアラも伯爵も勿論知ることは無い。約束できるね?」
「……!」
彼は私に口封じの魔法をかけた。
命こそ取らないが話そうとすると声が出ない上に、吐き気がする。
父に繋がれて、暴力を振るわれるアシェル。
恍惚とした表情で「やっと、触れられた!」とアシェルを嬲る父。
今にも殺しそうな瞳をしている筈なのに、抵抗も治癒もしない彼はだまって父の暴力に耐えた。
身体が震えて、腰がぬけ、地面に平伏したまま涙が止まらない私が「なんでっ」てやっとのことで絞り出した声にアシェルは
「ティアラが、泣いてたんだ。僕に出来る方法が無くて」
って情けない顔で言っただけだった。
「お前の婚約の許可と引き換えに、皇帝陛下がお気に入りを貸して下さったんだよプリシラ。お前の彼の代わりに戦地に赴くのも彼だ」
大方、歯向かったウィンザー家を人質に父と皇帝がアシェルに持ちかけたのだろうと思った。
(馬鹿な癖にっ、余計な事しなくていいのよっ……!!)
涙が止まらなかった。
「あんまり見ないでよ、僕は大丈夫だからさ」
「……ねぇプリシラ、お父上は好き?」
「当たり前だよなァ!プリシラ!」
「……ッ死ねばいいのに!くそ親父!!!!!」
左右に首を振って、プリシラがそう言った瞬間だった。
「安心した。ごめんね」って聞こえたアシェルの声と同時に父の首が飛んだのは。
「皇帝からの命令は、お父上の処分だよ。度が過ぎたんだ」
「こんなやり方、私ティアラに顔向けできないわ…っ」
「こうでもしないと、明日には君の恋人は戦地だった」
「だからって……!!」
「その前に、婚約の許可だけでも貰おうと思ってお父上からの取引を受け入れたのは僕の意思だから。手紙は届いたよね?」
「何で貴方が!恋人の親友ってだけでしょ!」
「そのティアラがずっと泣いてるんだ、あんなに想われる君が羨ましいよ」
「…っ!……うぅ、アシェル御免なさいっ!!」
「泣かないでよ。本当に偶然だったんだ、丁度いい任務だった」
「でも、貴方をこんな目に……!」
「じゃあ、一つ頼みを聞いてよ。僕自分の治癒は苦手なんだ……」
そう言って倒れたアシェルを治してから、彼が夫の代わりに戦地で功績を挙げたのはすぐだった。
調べに調べて、彼が皇帝に繋がれている可能性を見つけた時にはもう彼は人が変わってしまったようだった。
彼にしかできない方法だったという事は分かっている
彼だから、助けて貰えたのだと
口封じの魔法は今も健在で、私はアシェルや父についてある程度以上のことは話せない。
「けれど、返しきれないわよアシェル」
この魔法を解くために必要なのは、彼よりも強い魔導師
何故彼が、ティアラを傷つけるのか
憎いはずの皇帝の娘に入れ込むのか
プレイボーイと言われているのか
分からないままだけど、私と夫は彼を見捨てないと決めてる。
ティアラが彼を取り戻したいのなら協力するし
彼がティアラをまだ愛しているのなら、応援する
だから私は、彼の真意が知りたい。
いつも助けてくれた大切なティアラの婚約者で
恩人のアシェルだから。
寝言のように言った言葉は今も忘れられない。
「僕は平民だけど、もう……友達でいいよね」
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