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もしも……君だったなら
しおりを挟むあっという間に帝都まで通り抜けた馬車に、「魔法って便利ね」と感心するプリシラが可愛らしくて笑ったティアラとそれを微笑ましげに見つめるエバンズ。
三人はそれ以上の会話こそ無かったが落ち着いた雰囲気で帝都の景色を眺めていた。
ウィンザーからの迎えの馬車が来ている筈の場所に向かうとそこに立っているのはティアラにとっては見慣れた赤みの銀髪だった。
どこか気怠げにも見える彼の魔力はどう見ても不安定に感じ取れて、
「どうしたのかしら」と眉間に皺を寄せるティアラにプリシラは「嫉妬よ」と答えてからエバンズに「私は治癒以外の魔法は使えませんので」と意味深に微笑んだ。
馬車を泊めて降りると、ゆらゆらと不安定に威嚇する禍々しい魔力に当てられて思わず冷や汗が出る。
それでもエバンズは引く気が無いらしく、表情こそいつもの仏頂面であるものの優しい声色で一言、
「困った事があればいつでも呼んでくれ」
と伝えるとアシェルをチラリと見て「ちゃんと会うのは初めてだな」と声をかけた。
「ありがとうございます、エバ様」
「……」
(あぁ、アシェルも一応我慢しているのね)
嫉妬と我慢に滲むアシェルの表情に、面白いものが見れたとばかり内心でニヤリとするプリシラはアシェルが何と返事をするのかが楽しみだった。
その頃、ダニエルは帝都にある実家の子爵家の邸に母と妹への贈り物を持って帰省していた。
ティアラとアシェル、そして皇太子の件を心配しながらも「休暇だ」と言い聞かせて邸の家族がくつろぐ談話室に足を進めた。
「まぁ!ダニエル!帰ったのね!!」
「母上、なかなか顔を出せずに申し訳ありません」
「ダニーお兄様っ、お久しぶりです!!!」
「シェリル!大きくなったなぁ!!」
久々に会うダニエルを抱きしめるシェリルと、兄妹ごと包むように抱きしめた彼の母は暫くして離れるとソファに座ってお茶を囲んだ。
「ダニエル、無理しなくていいのよ。しっかりとアシェルを支えてあげてね」
「ダニーお兄様、そうよ。私達がこうして居られるのもアシェル様のおかげなんだからっ」
「えっ……?」
ダニエルは初めて聞く話に耳を疑った。
皇帝の命によって領地での防衛任務をこなすダニエルの父と兄達は、苦しい戦闘を強いられていた。
王宮からの援助も無く、隣の領地でも起きている防衛戦に終止符を打つ為に任務として単騎で赴いたのがアシェルだったのだと言う。
任務こそ無事に終えたものの、領地の再興にはかなりの時間と費用が必要となるだろう事は確かで父と兄達は領地に留まる事となった。
帝都での仕事を減らし、財産の殆どを領民の為に領地に費やすシークストン子爵家の財政は傾きアシェルの支援無しでは持たないのだと言う。
ダニエルの知る限りのアシェルは、出身のスラムの孤児達を引き取り奴隷のように生きて行かなくてもいいように教養をつけさせ、魔法を使える者には魔法を教える孤児院を建てて、それを維持している筈だった。
爵位も、商いの許可も持たない彼は王宮からの任務で稼いでいるのだ。
彼が賭けているのは常に命であり、皇帝はきっと彼を手放さない為にお金が必要な状況を故意に作っているのだろうと気付いてしまった。
(法外な給金もその為に……?)
「ダニーには恩返ししたいんだ、おばさん。だから秘密にしてよ、僕はダニーが居ないとダメだから」
「寂しがりやなんだ」ってそう言って頼りなく笑ったのだとダニエルの母は涙ながらに言ったが、
今は敵の闇の魔力の残穢で汚染された領地の浄化に聖女を駆り出す為に、皇帝に掛け合ってくれているのだと言う。
「なんで……っ、何も言ってくれないんだよアシェルっ」
「ダニエル、ごめんなさい……」
「母上の所為じゃない……私が不甲斐ないからだ」
孤児院はティアラの考えでウィンザー家が保護してくれている為に心配はないだろうと考えられるが、相手が相手だ。
ティアラの為に爵位に拘っているのにも気付いていたが……こうなってはそれを口実に皇帝に束縛されている事も疑えた。
皇帝ともなればアシェルとて相手が悪すぎるのだ。
(まさか、無理してるんじゃないだろうな)
幼い頃から、ウィンザー家の目につかない所でアシェルが貴族達からどのように扱われて来たのか知っているダニエルは途端に彼が心配になった。
出会って友人になったのは、偶然だった。
「母上っ……折角だけど、行かないと……」
(アシェルは身も心もボロボロの筈だから)
彼のいい加減な部分や、投げやりな所、嫉妬深く幼稚な所……
考えれば考えるほどクズな親友だがいい奴なのだ。
(ずっとひとりで戦ってるんだ)
もう一人にさせないとダニエルはアシェルの邸へと急いだ。
「……帝国の星にご挨拶致します。改めましてアシェル・ヴォルヴォアです」
「そなたの貢献には感謝している。こちらこそ改めて礼を言う」
なんの迷いもなく平民であるアシェルに頭を下げた皇太子、エバンズにアシェルは驚いた。
皇帝や、アイリーン……彼が知っている王族の者達とは違う堅い真面目な雰囲気と誠実に心から礼をのべる宝石のような瞳は透き通っている。
「妹の件は、私も策を練ろう。だがティアラをあまり悲しませてやらないでくれ。彼女は誰にも軽んじられていい女性じゃない」
「エバ様、私なら大丈夫です」
「大切な人の苦しむ姿は見過ごせない」
困ったようにエバンズを止めるティアラ、真っ直ぐにアシェルを見たまま答えたエバンズの誠実さをアシェルは感じて、身体が冷たくなった。
「……ティアラ、プリシラ夫人と僕の馬車に先に乗っててくれる?」
「ええ……、プリシラいいかしら?」
「勿論よ」
二人になった途端に態度や雰囲気が変わるような様子も無く、ただエバンズはアシェルとまるで対等な恋敵のように接した。
(もしも僕が君だったら……)
(もしも君がティアラの婚約者だったら……)
清く、まっすぐで美しい彼は生まれながらの高潔な血筋、それでいて綺麗な心と身体を持っているのだ。
(これ程までにティアラに相応しい男がいるのか?)
どうしたらこんなにも美しく居られたのだろうか?二人が並ぶ先程の姿を思い出しあまりにもお似合いで心がジクジクと痛んだ。
こんな男なら、危険やしがらみからティアラを遠ざけてやれるのだろうか?
こんな男なら、不安で彼女を苦しめる事などないだろうか?
自分と比べては、葛藤しエバンズとの会話など頭に入らなかった。
どんなに昇っても、昇っても抜け出せない沼のような世界で、もうしがらみで身動きの取れない窮屈な自分と、
真っ白で、全てが手に入る皇太子のエバンズを比較してはまた葛藤する。
「アシェルは捻くれ者で不器用だけど、優しい人よ」
「いつも何かを守ってばかりでしょ?だから私はアシェルを守ってあげたいの」
ティアラからの言葉を思い出して、胸が苦しくなる
なぜそんな彼女の気持ちを試そうだなんて、愚かな自分が急に恥ずかしくなった。
自分がこの人だったら、なんて言い訳に過ぎないのだから。
(優しいなんて、よく言うよ。僕は無力で自分本位なクズだよ)
ふと、エバンズが辺りを見渡した後にアシェルに耳打ちをした。
「お前の友人だが、ダニエルと言ったな。……もう心配しなくていい皇太子の名に賭けて援助を約束しよう。すまなかった」
「何故それを……!?何故、わざわざ父親に逆らって僕に助け舟を?」
「お前を認めた訳ではないが、フェアじゃないんでな。父の仕業だろう」
「……他に何か企みが?」
「奴らと一緒にするな堂々と戦いたいだけだ」
「……やっぱり綺麗だよ、エバンズ殿下。僕は貴方のようにはなれない」
「それでも、彼女が愛したのはお前だろう。アシェル」
「私はお前が……」
「僕は殿下が……」
(羨ましいなんて俗な言葉だろうか)
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