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湖畔のレストランと謝罪
しおりを挟む魔法で短縮したのだろう、馬車は帝都を抜けて遥か端にある自然豊かな湖の美しい場所へとやって来ていた。
あまりにも長閑で美しい自然に見惚れる二人にくすりと小さく笑った皇太子の笑顔は珍しく柔らかいものだった。
「あまりにも美しくって」
「ああ、私も初めはそうだった」
(皇太子ってこんな顔もするのね)
「とても美しい場所ですね」
「グラウディエンス夫人にそう言って貰えると、正解だったと自信が持てる」
「ふふ、取り繕う気はないようですね」
「ああ、隠す気ならそうしている」
「あの…….お二人ともなんの話を?」
自分だけが理解していない状況に不安げに尋ねるティアラを安心させるように頭に手を置いてポンポンと撫でたエバンズは「問題ない、案ずるな」と言うと短く言うと、「此処は地元の者達しか知らない場所だ」と小ぶりだが美しい建物を指してそういった。
店主だろうか、年老いた夫婦が出てきて「少し狭いですが……」と人の良さそうな微笑みで中へと招いてくれた。
三席しかない店内の奥に少し高級そうな扉を開けると、
美しく整備されたシンプルな部屋の大きな窓はバルコニーがあり湖が見えた。
「「わぁ!」」
ティアラとプリシラはお互いに顔を見合わせて、感動の声を上げる。
その反応にほっと安心したようなエバンズは「座ってくれ」と促した。
席に着くと、美味しそうな料理が運ばれて来て見た目通り見事に美味なその料理は温かみのある味で心が落ち着くのを感じた。
一通り食べ終えると、さっぱりとした甘さの紅茶が出されてエバンズは、
「本題を……」と切り出す。
「はい。どのようなお話でしょうか?」
「まずは、友人としての信頼を傷つけてしまった事への謝罪をしたい」
「!」
「……それは、どう言う意味でしょうか?」
「ティアラ……昨晩の事はもう耳に入っているな?」
「ええ……。ですがあれはエバ様とは無関係です」
プリシラは黙って二人の話を聞く体勢を取ると視線で静観の意思をエバンズに示す。
小さく頷いた彼は、申し訳なさそうにティアラに頭を下げると
「だが私は兄でありながら何も知らず、このような事態をまんまと見過ごす事になってしまった。だが、ティアラを貶めるような行為を認めた訳ではないという事だけは信じて欲しい」
「本当に申し訳なかった」
(あら……皇女と違ってまともなのね)
プリシラが冷静にそう考える側でティアラは何かグッと何かを堪えて、
「大丈夫です」と笑ったが、その瞳の奥を見れば彼女が傷ついている事は間違いない。
「ティアラ、妹も分別のある大人だ。妹がこの事態を理解し露見しない事を願うが……父はそれでなくてもアシェルとお前を欲しがっている」
「!!」
「どう言う意味でしょうか?」
「既成事実を建前にアシェルを妹の婚約者に据え置こうとするだろう」
「……っ!」
「そして、選択肢の無い状況でお前を私の婚約者にと打診する筈だ」
「そんな!いくらなんでも強引すぎるわ!」
「……ああ、だが父はそういう人だ」
「アシェル……なんて事を……っ」
「でしたら皇太子殿下がはっきりとお断りすれば、ティアラにまで話は及ばないのでは?」
「私は、いい機会だと思っている。妹の件に関してはともかく今までの行動を知る限りアシェルにお前は勿体ない」
「それは、皇太子殿下ならば見合うという事でしょうか?」
驚いて言葉にならないティアラの代わりにプリシラがそう問うと、途端に顔を赤くしたエバンズは立ち上がって否定した。
「いや、私なら釣り合うと言った訳じゃ…….っ」
「……!」(何この反応可愛いじゃない)
「あのっ、エバ様……私はアシェルが好きです」
「……知っている。それでも苦しんでいるだろう」
「ーっ、信じたいと思っています」
「ティアラ……貴女……」
「決まった話ではない……もしもの時の話だ」
プリシラはふと、エバンズの仮説とティアラから聞いたパーティーの夜での話を照らし合わせて不自然だと気付いた。
そして、それを確信させたのティアラのエバンズへの言葉だった。
「皇女殿下は大変純粋なお方です。そのような事をなさる筈は無いと思っています」
「……ティアラ、妹はお前達が思っているような女性ではない」
(やっぱり、そう言うことね……)
彼女は聖女の皮を被った悪魔だ。
だとすれば今まで社交会から偶然、消えていった令嬢達に皇女が絡んでいたのも合点がいく。
ティアラへの今までの無礼もである。
「……それはどういう意味でしょうか?」
「仮にも妹だ。私の口からはこれ以上は言えまい。ただ父は妹を猫可愛がりしている。なんせ王家に久々に現れた聖女だからな」
「ティアラ、大丈夫?」
「ーっええ、アシェルときちんと話してみます」
「ああ、それがいいだろう」
ふっと笑ったエバンズの表情は優しかった。
幼い頃から変わらない頑固で真っ直ぐなティアラの姿が愛おしかったからだ。
「何かあれば、グラウディエンス侯爵家はティアラを全力で守ります」
「私も、ティアラに危害が加らぬよう最善を尽くそう」
「プリシラ、エバ様……」
「どんな形であれお前は私の大切な人だからな」
「あら、殿下。私うっかり応援してしまいそうですわ」
「夫人のお墨付きがあれば心強いのだが」
「そうしたいけれど、あの馬鹿の良い所も知ってしまっていますの……何よりティアラの気持ちを大切にしたいのです」
「ああ……それは同じ気持ちだ。約束しよう無理強いはしない」
「ふ、二人とも!私を置いて進めないでっ、きっと大丈夫よ何も起こらないわ」
そう、願っているかのようなティアラの言葉はエバンズの悩みの種である妹、アイリーンによってぶち壊される事となる。
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