6 / 44
不機嫌な主人と休日のダニー
しおりを挟む久々の休日、街に出ようと朝から満面の笑みで支度をするダニエル。
アシェルは明け方帰って来たばかりなのでまだ眠っているだろうと考えながらも他の使用人達に「宜しく頼んだよ」と声をかけて念のためにアシェルの部屋をノックすると「ダニー?」と眠そうな声が帰ってきて少し驚いた。
確か昨日は皇女殿下の生誕パーティーにティアラと共に出席した筈なので、もちろんご友人を連れていない。
(追い出す手間が省けていい)
アシェルの言いつけでいつもティアラに贈る花と、彼が毎晩欠かさずに書くメッセージカードを魔法でウィンザー邸へ転送すると見計らったかのようにむくりと起き上がったアシェルは「ティアラは?」と寝ぼけたまま尋ねてきた。
「昨晩一緒だったのでは?今日は休暇を頂いて居ますので、ティアラ様がくる頃にはきちんとご自分で出迎えてくださいね」
「昨晩は殆ど別行動だったんだ……ティアラに謝らないと」
「は?」
「実は昨日……」
寝不足なのか、白い顔色で昨日の事を話すアシェルの話にダニエルはもう空いた口が塞がらない。
「それで、ティアラ様は待ちぼうけを?」
「……後で来たらちゃんと謝って今日は埋め合わせをするよ」
(ティアラ様は忍耐強いお方だ、皇女と戻らないアシェル様が何をしていたのかもう気付いているだろう)
「いつものはもう贈った?」
「ええ、私は一通り引き継ぎをしたら出ますので」
「冷たいね」
「自業自得でしょう」
シーツに包まったままの顔色の悪いアシェルをジトりと見てから部屋を出ると、手のかかる主人であり親友でもあるアシェルに他の使用人達が手こずらないようにしっかりと準備をして行く。
「さて、こんなもんか」
時計はもうお昼前で、いつもならばティアラ様がくる頃だろうと念のためにもう一度アシェルを起こしに行くとアシェルからは禍々しいばかりの魔力が漏れ出て、無表情で一枚のメッセージカードを睨みつけていた。
「アシェル様、そろそろ……」
「ティアラは来ないと」
「そうですか、待ちぼうけを喰らってお疲れなのでは?」
「尚更僕に会いにくる筈なのに……」
“今日は先約があるの。ゆっくり休んで“
そう綴られたメッセージカードと栄養剤が魔法で贈られて来たようだった。
まるで、昨晩アシェルがナニをしていたのか分かっていてそれを揶揄するような贈り物に思わずダニエルは吹き出してしまう。
「ぶっ!!」
「なに」
「いえ、何も……」
「初めてのやり口だ。怒っていると思う?」
「怒っていない方が不思議でしょう、今日はそうっとしておいては?」
「……早く行きなよ」
「……言われなくても。じゃあくれぐれも大人しくしてて下さいね」
「うるさい、ダニー」
いつになく不機嫌なアシェルに不安を抱えながらも邸を出ると、爽やかな風と晴天に歓迎されて気分が良くなる。
「まあ、大丈夫だろう」
まじないの様にそう呟いて馬車に乗り込んだ。
(たまには妹と母の為になにか贈り物でも買いに行こう)
明日の夜までの久々の連休に、わくわくしながらも使い道の無いお金を母と妹へのプレゼントを買うことで発散しようと、帝都屈指の貴族御用達ブティックに馬車を走らせる。
いつもより街が浮き足だった様に見えるのは、気分の問題だろうか店に入るとアシェルのおかげか久々に来るにも関わらず、しがない子爵家の三男を店員がにこやかに迎えてくれた。
「ダニエル・シークストン様お久しぶりで御座います」
「ああ、ご無沙汰で申し訳ないね。今日は母と妹へ贈り物を贈りたいんだ。よろしく頼むよ」
「かしこまりました」
友人という事もあってか、アシェルからの給金は法外な程に多くその癖に少ない休みに使い道を失い貯まっていく銀行の預金金額はある意味快感だ。
店員を待っていると、令嬢たちの黄色い声が聞こえて来て思わず辺りを見渡すと、何処となく男たちは頬を染め落ち着かない様子をしている。
勿論、いつもは笑顔の仮面を崩さない店員達も何処となく頬を染め浮き足立っており視線の先を辿ると見覚えのある白金の髪と、貴族ならば誰でも知っているだろう艶やかな黒髪が見えた。
(えっ!?先約ってまさか……)
「プリシラ、これはどうかしら?」
「もっと大胆でもいいと思うけれど……誰かさんよりは良いセンスね」
「ふふっ、そう言わないで。ではこの辺りのものを全部頂きます、次は靴を見ても?」
「か、かしこまりました!」
ティアラのまるで少女のような悪戯な微笑みに、同性でありながらも赤面した店員が勢いよく返事をすると、かねてよりティアラと友好関係が有名なプリシラ侯爵夫人も「では、私はここの十着程を……」と緩やかに微笑んだ。
アシェルが贈る嫉妬を具現化したような野暮ったいドレスではなく、流行を取り入れた美しい装いのティアラはいつもの数千倍は魅力を溢れさせており、隣に並ぶプリシラ夫人の魅力の威力も加わって、街が浮き足立っていたのはこの二人の所為だったのかと納得した。
(それにしても、ドレスを変えるだけでこんなにも違うのか……)
ドレスに疎いダニエルから見てもセンスがあるとは言えない普段のドレスを着ても隠しきれず漏れ出る美しさは、今日はまるで枷が外れたかのように溢れており、何故か眩しく感じた。
「お待たせ致しました、シークストン様」
「あ、あぁ」
「あらっ……まさか、ダニー?」
店員の声に反応して振り返ったティアラは小首を傾げてこちらに焦点を合わせた。
「ティアラのご友人かしら?」
「アシェルの側近の方よ。いつも親切にして下さるのよ」
「そう、初めまして。プリシラ・グラウディエンスです」
「恐れ多いです。ご挨拶が遅れて申し訳ありません。ダニエル・シークストンで御座います。ご夫人は噂通りお美しい」
「ふふっありがとう御座います」
「ダニー、今日は休日なの?」
「ええ、久々に。アシェル様が大変お寂しそうでしたよ」
「……そう。今日はプリシラと約束があったの」
ぎこちなく微笑んでそう言ったティアラに思わず気になる事を尋ねるダニエルの質問にプリシラが開いた扇の奥で可笑そうに笑った。
「アシェル様のドレスはお気に召しませんでしたか?」
「……いえ、そうではないのだけれど。変かしら?」
「まさか、その逆です。とてもお似合いですよ」
(アシェル様も大人にならないとな、このくらいの裏切りは許されるだろう)
「あはは、そうよね。ダニエルさん、ティアラにも世間体というものがあるから、可哀想な令嬢に見えて侮られないように社交会の地位に見合った装いを揃えに来たのよ」
「……同感です。いつもよりもティアラ様らしく感じます、アシェル様もきっと見惚れてしまうでしょうね」
「そんな……ふふっありがとう。自信が出たわ、ずっとアシェルの陰にが隠れて居てはウィンザーの名に見合わぬ人間になりそうで、彼にも私という人間を愛して欲しいの」
(今じゃ、雑用係か母親のようだもの。アシェルと会う女性達は私を可哀想だと侮っているしね)
「もう既に、アシェル様はティアラ様を愛していらっしゃるが……これでは益々愛せずには居られないですね、ははっ」
(アシェル、こんな風に愛されて何が足りないんだ)
ティアラの代わりに満足気に微笑んだプリシラとバッチリと目があって、思わずぎくりと硬直するもののすぐに当初の目的を思い出し「では、そろそろ」と言葉を区切り人々の視線を避ける様に二人と別れた。
そして、帝国の誰もが知るだろうまさかここに居るはずのない声が聞こえて思わず咽せた。
「ウィンザー令嬢が来ていると聞いたのだが」
12
お気に入りに追加
1,701
あなたにおすすめの小説
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
つかぬことをお伺いいたしますが、私はお飾りの妻ですよね?
蓮
恋愛
少しネガティブな天然鈍感辺境伯令嬢と目つきが悪く恋愛に関してはポンコツコミュ障公爵令息のコミュニケーションエラー必至の爆笑(?)すれ違いラブコメ!
ランツベルク辺境伯令嬢ローザリンデは優秀な兄弟姉妹に囲まれて少し自信を持てずにいた。そんなローザリンデを夜会でエスコートしたいと申し出たのはオルデンブルク公爵令息ルートヴィヒ。そして複数回のエスコートを経て、ルートヴィヒとの結婚が決まるローザリンデ。しかし、ルートヴィヒには身分違いだが恋仲の女性がいる噂をローザリンデは知っていた。
エーベルシュタイン女男爵であるハイデマリー。彼女こそ、ルートヴィヒの恋人である。しかし上級貴族と下級貴族の結婚は許されていない上、ハイデマリーは既婚者である。
ローザリンデは自分がお飾りの妻だと理解した。その上でルートヴィヒとの結婚を受け入れる。ランツベルク家としても、筆頭公爵家であるオルデンブルク家と繋がりを持てることは有益なのだ。
しかし結婚後、ルートヴィヒの様子が明らかにおかしい。ローザリンデはルートヴィヒからお菓子、花、アクセサリー、更にはドレスまでことあるごとにプレゼントされる。プレゼントの量はどんどん増える。流石にこれはおかしいと思ったローザリンデはある日の夜会で聞いてみる。
「つかぬことをお伺いいたしますが、私はお飾りの妻ですよね?」
するとルートヴィヒからは予想外の返事があった。
小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。
【改稿版・完結】その瞳に魅入られて
おもち。
恋愛
「——君を愛してる」
そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった——
幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。
あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは……
『最初から愛されていなかった』
その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。
私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。
『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』
『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』
でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。
必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。
私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……?
※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。
※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。
※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。
※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。
【完結】婚約者が好きなのです
maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。
でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。
冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。
彼の幼馴染だ。
そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。
私はどうすればいいのだろうか。
全34話(番外編含む)
※他サイトにも投稿しております
※1話〜4話までは文字数多めです
注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)
愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。
星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。
グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。
それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。
しかし。ある日。
シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。
聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。
ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。
──……私は、ただの邪魔者だったの?
衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。
踏み台令嬢はへこたれない
三屋城衣智子
恋愛
「婚約破棄してくれ!」
公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。
春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。
そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?
これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。
「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」
ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。
なろうでも投稿しています。
真実の愛は、誰のもの?
ふまさ
恋愛
「……悪いと思っているのなら、く、口付け、してください」
妹のコーリーばかり優先する婚約者のエディに、ミアは震える声で、思い切って願いを口に出してみた。顔を赤くし、目をぎゅっと閉じる。
だが、温かいそれがそっと触れたのは、ミアの額だった。
ミアがまぶたを開け、自分の額に触れた。しゅんと肩を落とし「……また、額」と、ぼやいた。エディはそんなミアの頭を撫でながら、柔やかに笑った。
「はじめての口付けは、もっと、ロマンチックなところでしたいんだ」
「……ロマンチック、ですか……?」
「そう。二人ともに、想い出に残るような」
それは、二人が婚約してから、六年が経とうとしていたときのことだった。
【本編完結】隣国が戦を仕掛けてきたので返り討ちにし、人質として王女を娶ることになりました。三国からだったのでそれぞれの王女を貰い受けます。
しろねこ。
恋愛
三国から攻め入られ、四面楚歌の絶体絶命の危機だったけど、何とか戦を終わらせられました。
つきましては和平の為の政略結婚に移ります。
冷酷と呼ばれる第一王子。
脳筋マッチョの第二王子。
要領良しな腹黒第三王子。
選ぶのは三人の難ありな王子様方。
宝石と貴金属が有名なパルス国。
騎士と聖女がいるシェスタ国。
緑が多く農業盛んなセラフィム国。
それぞれの国から王女を貰い受けたいと思います。
戦を仕掛けた事を後悔してもらいましょう。
ご都合主義、ハピエン、両片想い大好きな作者による作品です。
現在10万字以上となっています、私の作品で一番長いです。
基本甘々です。
同名キャラにて、様々な作品を書いています。
作品によりキャラの性格、立場が違いますので、それぞれの差分をお楽しみ下さい。
全員ではないですが、イメージイラストあります。
皆様の心に残るような、そして自分の好みを詰め込んだ甘々な作品を書いていきますので、よろしくお願い致します(*´ω`*)
カクヨムさんでも投稿中で、そちらでコンテスト参加している作品となりますm(_ _)m
小説家になろうさんでも掲載中。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる