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不機嫌な主人と休日のダニー

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久々の休日、街に出ようと朝から満面の笑みで支度をするダニエル。

アシェルは明け方帰って来たばかりなのでまだ眠っているだろうと考えながらも他の使用人達に「宜しく頼んだよ」と声をかけて念のためにアシェルの部屋をノックすると「ダニー?」と眠そうな声が帰ってきて少し驚いた。


確か昨日は皇女殿下の生誕パーティーにティアラと共に出席した筈なので、もちろんを連れていない。



(追い出す手間が省けていい)




アシェルの言いつけでいつもティアラに贈る花と、彼が毎晩欠かさずに書くメッセージカードを魔法でウィンザー邸へ転送すると見計らったかのようにむくりと起き上がったアシェルは「ティアラは?」と寝ぼけたまま尋ねてきた。



「昨晩一緒だったのでは?今日は休暇を頂いて居ますので、ティアラ様がくる頃にはきちんとご自分で出迎えてくださいね」


「昨晩は殆ど別行動だったんだ……ティアラに謝らないと」


「は?」


「実は昨日……」


寝不足なのか、白い顔色で昨日の事を話すアシェルの話にダニエルはもう空いた口が塞がらない。


「それで、ティアラ様は待ちぼうけを?」


「……後で来たらちゃんと謝って今日は埋め合わせをするよ」


(ティアラ様は忍耐強いお方だ、皇女と戻らないアシェル様が何をしていたのかもう気付いているだろう)


「いつものはもう贈った?」

「ええ、私は一通り引き継ぎをしたら出ますので」

「冷たいね」

「自業自得でしょう」


シーツに包まったままの顔色の悪いアシェルをジトりと見てから部屋を出ると、手のかかる主人であり親友でもあるアシェルに他の使用人達が手こずらないようにしっかりと準備をして行く。


「さて、こんなもんか」


時計はもうお昼前で、いつもならばティアラ様がくる頃だろうと念のためにもう一度アシェルを起こしに行くとアシェルからは禍々しいばかりの魔力が漏れ出て、無表情で一枚のメッセージカードを睨みつけていた。



「アシェル様、そろそろ……」

「ティアラは来ないと」

「そうですか、待ちぼうけを喰らってお疲れなのでは?」

「尚更僕に会いにくる筈なのに……」




“今日は先約があるの。ゆっくり休んで“

そう綴られたメッセージカードと栄養剤が魔法で贈られて来たようだった。


まるで、昨晩アシェルがをしていたのか分かっていてそれを揶揄するような贈り物に思わずダニエルは吹き出してしまう。

「ぶっ!!」

「なに」

「いえ、何も……」

「初めてのやり口だ。怒っていると思う?」

「怒っていない方が不思議でしょう、今日はそうっとしておいては?」


「……早く行きなよ」

「……言われなくても。じゃあくれぐれも大人しくしてて下さいね」


「うるさい、ダニー」



いつになく不機嫌なアシェルに不安を抱えながらも邸を出ると、爽やかな風と晴天に歓迎されて気分が良くなる。


「まあ、大丈夫だろう」


まじないの様にそう呟いて馬車に乗り込んだ。

(たまには妹と母の為になにか贈り物でも買いに行こう)



明日の夜までの久々の連休に、わくわくしながらも使い道の無いお金を母と妹へのプレゼントを買うことで発散しようと、帝都屈指の貴族御用達ブティックに馬車を走らせる。


いつもより街が浮き足だった様に見えるのは、気分の問題だろうか店に入るとアシェルのおかげか久々に来るにも関わらず、しがない子爵家の三男を店員がにこやかに迎えてくれた。


「ダニエル・シークストン様お久しぶりで御座います」

「ああ、ご無沙汰で申し訳ないね。今日は母と妹へ贈り物を贈りたいんだ。よろしく頼むよ」


「かしこまりました」



友人という事もあってか、アシェルからの給金は法外な程に多くその癖に少ない休みに使い道を失い貯まっていく銀行の預金金額はある意味快感だ。



店員を待っていると、令嬢たちの黄色い声が聞こえて来て思わず辺りを見渡すと、何処となく男たちは頬を染め落ち着かない様子をしている。

勿論、いつもは笑顔の仮面を崩さない店員達も何処となく頬を染め浮き足立っており視線の先を辿ると見覚えのある白金の髪と、貴族ならば誰でも知っているだろう艶やかな黒髪が見えた。



(えっ!?先約ってまさか……)



「プリシラ、これはどうかしら?」


「もっと大胆でもいいと思うけれど……誰かさんよりは良いセンスね」


「ふふっ、そう言わないで。ではこの辺りのものを全部頂きます、次は靴を見ても?」



「か、かしこまりました!」



ティアラのまるで少女のような悪戯な微笑みに、同性でありながらも赤面した店員が勢いよく返事をすると、かねてよりティアラと友好関係が有名なプリシラ侯爵夫人も「では、私はここの十着程を……」と緩やかに微笑んだ。


アシェルが贈る嫉妬を具現化したような野暮ったいドレスではなく、流行を取り入れた美しい装いのティアラはいつもの数千倍は魅力を溢れさせており、隣に並ぶプリシラ夫人の魅力の威力も加わって、街が浮き足立っていたのはこの二人の所為だったのかと納得した。



(それにしても、ドレスを変えるだけでこんなにも違うのか……)



ドレスに疎いダニエルから見てもセンスがあるとは言えない普段のドレスを着ても隠しきれず漏れ出る美しさは、今日はまるで枷が外れたかのように溢れており、何故か眩しく感じた。



「お待たせ致しました、シークストン様」

「あ、あぁ」




「あらっ……まさか、ダニー?」



店員の声に反応して振り返ったティアラは小首を傾げてこちらに焦点を合わせた。




「ティアラのご友人かしら?」


「アシェルの側近の方よ。いつも親切にして下さるのよ」



「そう、初めまして。プリシラ・グラウディエンスです」


「恐れ多いです。ご挨拶が遅れて申し訳ありません。ダニエル・シークストンで御座います。ご夫人は噂通りお美しい」


「ふふっありがとう御座います」

「ダニー、今日は休日なの?」


「ええ、久々に。アシェル様が大変お寂しそうでしたよ」


「……そう。今日はプリシラと約束があったの」


ぎこちなく微笑んでそう言ったティアラに思わず気になる事を尋ねるダニエルの質問にプリシラが開いた扇の奥で可笑そうに笑った。




「アシェル様のドレスはお気に召しませんでしたか?」


「……いえ、そうではないのだけれど。変かしら?」


「まさか、その逆です。とてもお似合いですよ」

(アシェル様も大人にならないとな、このくらいの裏切りは許されるだろう)


「あはは、そうよね。ダニエルさん、ティアラにも世間体というものがあるから、な令嬢に見えて侮られないように社交会の地位に見合った装いを揃えに来たのよ」



「……同感です。いつもよりもティアラ様らしく感じます、アシェル様もきっと見惚れてしまうでしょうね」



「そんな……ふふっありがとう。自信が出たわ、ずっとアシェルの陰にが隠れて居てはウィンザーの名に見合わぬ人間になりそうで、彼にもという人間を愛して欲しいの」


(今じゃ、雑用係か母親のようだもの。アシェルと会う女性達は私をだと侮っているしね)




「もう既に、アシェル様はティアラ様を愛していらっしゃるが……これでは益々愛せずには居られないですね、ははっ」




(アシェル、こんな風に愛されて何が足りないんだ)


ティアラの代わりに満足気に微笑んだプリシラとバッチリと目があって、思わずぎくりと硬直するもののすぐに当初の目的を思い出し「では、そろそろ」と言葉を区切り人々の視線を避ける様に二人と別れた。



そして、帝国の誰もが知るだろうまさかここに居るはずのない声が聞こえて思わず咽せた。







「ウィンザー令嬢が来ていると聞いたのだが」






















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