72 / 77
72.ヴィルヘルム公爵夫人の不調
しおりを挟む引越しに、結婚式、披露宴に、記念パーティー……二人を祝う為に他国からの来客……公爵夫人としての仕事の引き継ぎ王族としてのマナーの取得。
なのに、セイランの補佐としての仕事を一度も休まなかったエリスは忙しいを通り越して怒涛の日々を送っていた所為か近頃どこか顔色が悪く見える。
「エリス、やっぱり少し休もう?」
「ジョルジュ、大丈夫です。ありがとう」
笑顔が見られれば安心するが、やはり不安でもしもの為にエリスの侍女の中に医療の心得のある者を紛れ込ませた。
医者ではないにしろ、咄嗟の処置は間違わないだろうと。
大抵、夫人としての執務は邸内で行われるし、マナーの授業もセイランの配慮で王太子妃宮で行われる。
補佐の仕事も外出するものは余程の事がない限りは部下が行うのでとにかく咄嗟の処置のできる者を側に置いた。
「お願いだから、無理しないでね?」
「ええ、セイラン様ったら酷く過保護なんですよ」
そう言ってクスクスと笑う姿は心底楽しそうで、エリスがセイランに対してどれほど忠実で、この仕事に誇りを持っているのかが分かる。
エリスも晴れて、立場上は王族の妻もとい王族になるのでやっと、彼女の過去を引き出しに馬鹿にする輩は口を閉ざしたがそれでも人間関係なんてものはストレスが絶えないのが貴族社会だ。
「明日は俺の所に来てくれるようセイランにお願いするよ」
「秘書どころか、補佐を貸し出すなんて変ですよね」
「いいんだ、俺たちはもう家族なんだから」
「……そうですね」
心底嬉しそうな表情、エリスは俺と結婚したこともセイラン達と家族になった事も喜んでくれているようだった。
それに、俺たちの宮は其々比較的近くにあり俺だけじゃなくレイヴンもまた、陛下直属の仕事でどうしても信頼できる者だけでチームを組まないといけない場合はエリスやケールを招集する。
互いが互いを大切にすることは当たり前だが、貴族、また特に身内での争いが多い王族には珍しいことで、難しい事でもある。
「いつもありがとう、エリス」
「ジョルジュも……いつもありがとう」
いつもの口付けを交わして、惜しみながら身を離すといつもなら直ぐに背を向けてしまうエリスがぐらりと傾いた。
「ー!?」
「ジョルジュ……ごめ、なさ……っ」
すぐに抱き止めたものの、顔を真っ青にして辛うじて繋ぎ止めているのか視点の合わない目で必死に俺を探して謝っていた。
「大丈夫、大丈夫だから、エリス」
すぐに使いを送って休暇を貰うと、心配なので付き添う事にした俺にセイランからの使いはすぐに返ってきた。
しばらく休んでも良いことと、執務が片付き次第すぐにこちらに向かうとの事だった。
そういえば、近頃ときどき食事中に席を立つ事があった。
これ程ひどいものは初めてだが、眩暈が報告されたのも初めてでは無い。疲労だと思って時々無理に休ませてはいたが……
「何か、重病だったら……すぐに公爵家の医師を!」
「その必要は無い」
「レイヴン……!」
「気付かないようだったから、勝手に上がったぞ」
「ああ、申し訳ない……その者達は……!」
「そうだ、宮廷医を連れてきた。セイランが時間が先に空いたら早く行ってくれと騒ぐものだから急いだぞ……」
「ありがとう、レイヴン……!」
思い切りレイヴンに抱擁すると彼は嫌そうに眉間に皺を寄せるが、三回ほど背中でゆっくり叩かれた彼の手の優しさに「安心しろ」と慰めてくれているのが分かった。
「お前の取り乱す姿は初めて見たな」
「そんな事ないと思うけど……」
「まぁこんな分かりやすいのは初めて見た」
「……なんか恥ずかしいな」
落ち着かないので、そわそわと手を組み替えて医師の診察中であるエリスの部屋の前で待つ。
まさかこんな事に王太子である従兄弟を付き合わせる日が来るとは思わなかったが、心強い。
暫くして、医師達が出て来てとりあえずエリスは苦しんでいない事と今は静かに眠っていることが分かった。
そしてチラリとレイヴンの方を見てから、俺を見ておずおずと尋ねる。
「このままお話ししても宜しいでしょうか?」
「ああ、レイヴンさえ良ければ構わない。頼む」
「俺はお前が良ければ構わん」
宮廷医の口が開くのも、声が届くのもえらくゆっくりに思えた。
冷や汗が流れて、正直怖さもある。
(どうか、大した事ありませんように)
「心して聞いて下さい、閣下」
「エリス様はーーー」
14
お気に入りに追加
1,523
あなたにおすすめの小説
【完結】捨てられた双子のセカンドライフ
mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】
王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。
父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。
やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。
これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。
冒険あり商売あり。
さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。
(話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)
婚約破棄をされた悪役令嬢は、すべてを見捨てることにした
アルト
ファンタジー
今から七年前。
婚約者である王太子の都合により、ありもしない罪を着せられ、国外追放に処された一人の令嬢がいた。偽りの悪業の経歴を押し付けられ、人里に彼女の居場所はどこにもなかった。
そして彼女は、『魔の森』と呼ばれる魔窟へと足を踏み入れる。
そして現在。
『魔の森』に住まうとある女性を訪ねてとある集団が彼女の勧誘にと向かっていた。
彼らの正体は女神からの神託を受け、結成された魔王討伐パーティー。神託により指名された最後の一人の勧誘にと足を運んでいたのだが——。
婚約破棄されたので、論破して旅に出させて頂きます!
桜アリス
ファンタジー
婚約破棄された公爵令嬢。
令嬢の名はローザリン・ダリア・フォールトア。
婚約破棄をした男は、この国の第一王子である、アレクサンドル・ピアニー・サラティア。
なんでも好きな人ができ、その人を私がいじめたのだという。
はぁ?何をふざけたことをおっしゃられますの?
たたき潰してさしあげますわ!
そして、その後は冒険者になっていろんな国へ旅に出させて頂きます!
※恋愛要素、ざまぁ?、冒険要素あります。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
文章力が、無いのでくどくて、おかしいところが多いかもしれません( ̄▽ ̄;)
ご注意ください。m(_ _)m
実家から絶縁されたので好きに生きたいと思います
榎夜
ファンタジー
婚約者が妹に奪われた挙句、家から絶縁されました。
なので、これからは自分自身の為に生きてもいいですよね?
【ご報告】
書籍化のお話を頂きまして、31日で非公開とさせていただきますm(_ _)m
発売日等は現在調整中です。

【完結】元婚約者であって家族ではありません。もう赤の他人なんですよ?
つくも茄子
ファンタジー
私、ヘスティア・スタンリー公爵令嬢は今日長年の婚約者であったヴィラン・ヤルコポル伯爵子息と婚約解消をいたしました。理由?相手の不貞行為です。婿入りの分際で愛人を連れ込もうとしたのですから当然です。幼馴染で家族同然だった相手に裏切られてショックだというのに相手は斜め上の思考回路。は!?自分が次期公爵?何の冗談です?家から出て行かない?ここは私の家です!貴男はもう赤の他人なんです!
文句があるなら法廷で決着をつけようではありませんか!
結果は当然、公爵家の圧勝。ヤルコポル伯爵家は御家断絶で一家離散。主犯のヴィランは怪しい研究施設でモルモットとしいて短い生涯を終える……はずでした。なのに何故か薬の副作用で強靭化してしまった。化け物のような『力』を手にしたヴィランは王都を襲い私達一家もそのまま儚く……にはならなかった。
目を覚ましたら幼い自分の姿が……。
何故か十二歳に巻き戻っていたのです。
最悪な未来を回避するためにヴィランとの婚約解消を!と拳を握りしめるものの婚約は継続。仕方なくヴィランの再教育を伯爵家に依頼する事に。
そこから新たな事実が出てくるのですが……本当に婚約は解消できるのでしょうか?
他サイトにも公開中。

婚約白紙?上等です!ローゼリアはみんなが思うほど弱くない!
志波 連
恋愛
伯爵令嬢として生まれたローゼリア・ワンドは婚約者であり同じ家で暮らしてきたひとつ年上のアランと隣国から留学してきた王女が恋をしていることを知る。信じ切っていたアランとの未来に決別したローゼリアは、友人たちの支えによって、自分の道をみつけて自立していくのだった。
親たちが子供のためを思い敷いた人生のレールは、子供の自由を奪い苦しめてしまうこともあります。自分を見つめ直し、悩み傷つきながらも自らの手で人生を切り開いていく少女の成長物語です。
本作は小説家になろう及びツギクルにも投稿しています。
異世界に召喚されたけど間違いだからって棄てられました
ピコっぴ
ファンタジー
【異世界に召喚されましたが、間違いだったようです】
ノベルアッププラス小説大賞一次選考通過作品です
※自筆挿絵要注意⭐
表紙はhake様に頂いたファンアートです
(Twitter)https://mobile.twitter.com/hake_choco
異世界召喚などというファンタジーな経験しました。
でも、間違いだったようです。
それならさっさと帰してくれればいいのに、聖女じゃないから神殿に置いておけないって放り出されました。
誘拐同然に呼びつけておいてなんて言いぐさなの!?
あまりのひどい仕打ち!
私はどうしたらいいの……!?
婚約破棄された公爵令嬢は虐げられた国から出ていくことにしました~国から追い出されたのでよその国で竜騎士を目指します~
ヒンメル
ファンタジー
マグナス王国の公爵令嬢マチルダ・スチュアートは他国出身の母の容姿そっくりなためかこの国でうとまれ一人浮いた存在だった。
そんなマチルダが王家主催の夜会にて婚約者である王太子から婚約破棄を告げられ、国外退去を命じられる。
自分と同じ容姿を持つ者のいるであろう国に行けば、目立つこともなく、穏やかに暮らせるのではないかと思うのだった。
マチルダの母の祖国ドラガニアを目指す旅が今始まる――
※文章を書く練習をしています。誤字脱字や表現のおかしい所などがあったら優しく教えてやってください。
※第二章まで完結してます。現在、最終章について考え中です(第二章が考えていた話から離れてしまいました(^_^;))
書くスピードが亀より遅いので、お待たせしてすみませんm(__)m
※小説家になろう様にも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる