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69.多分一生心に残るから……
しおりを挟むヴィルヘルム公爵に腰を抱かれて立ち去る後ろ姿を眺める。
退屈だと思っていたこの遠征もエリスを一目見て変わった。
女は好きだが、争いばかりをするものだからひどく疲れるのだ。
そして誰の娘を妻にするか、それによってどう貴族達の立ち位置が変わるかとそればかりで頭の空っぽな可愛いだけの女達はそうやって後宮に送り込まれてくる。
俺を好きなのか、国王が好きなのか、そんなどうでもいい事が偶に頭に浮かんではどの女が一番妻に相応しいかと冷静な自分も居て正妻になる人はどの派閥だって構わないから聡明で落ち着ける人がいいなと思う。
そんな時にエリス・クロフォードは仕事として目の前に現れた。
初めは特に気に留めて居なかったが、やけに綺麗な所作と落ち着いた声色、何よりも見た事のないほどの美貌が聡明な彼女には備わっていた。
「欲しい」
そう思った。
どうやら王族でもあるジョルジオ・ヴィルヘルム公爵の婚約者らしいが、いくら王族とはいえ公爵、国王である俺には勝るまいと舐めていた。
それに、この国について予習するなら欠かせないクロフォード伯爵家という家門名は思ったよりも大きな障害となったようだ。
彼女の言う強いには、身だけでなく心のことも含まれているのだと解った。
馬鹿にされているのではなくはっきりと「合わない」と断られていることも、俺が執拗にアプローチするものだから強引な言葉選びをした事も分かっている。
けれど悔しくて言葉が出ない。
それでいて、見た目より血の気の多そうな婚約者に波風立てさせず含みのある言葉でこちらに反撃してきた対応力にやはり聡明だと感心した。
伸びた背筋が、気高い後ろ姿が彼女の強さを際立ててそれがたとえ本当の姿を全て見せているわけで無くても美しいと思う。
似合いの二人である事に間違いないが、きっと俺は彼女を忘れることができないだろう。
脳裏に焼きついて離れない琥珀色の輝き。
他のどの女達とも違う強く柔らかい輝き。
「ヴィルヘルム公!」
「?」
「諦めないから!俺が彼女に相応しい男になってきっと奪いに来る」
呆れたようなエリスの表情と、ぽかんとしたジョルジオの表情に毒気を抜かれるがそんな俺の表情を見て彼は余裕そうに微笑む。
同性ながらどきりとする魅惑的な表情に息を呑む。
エリスと少し言葉を交わして、彼女の兄ケールがエリスの側に来たのを確認するとこちらに再度戻って来たジョルジオは俺の目の前まで来て二人だけにしか聞こえないほどの声で話し始める。
「寂しいのですか?」
「……は?」
「沢山の妻や愛人に囲まれても、贅沢をしても満たされないのでは?」
「煩い、お前に関係なかろう」
「ま、そうだけど……陛下が欲しいものは今のままじゃ無縁でしょう」
「……何故そう思う?」
「沢山集めて同じ数に等分した小さな愛で、自分だけを愛してくれる寛大で信頼に値する愛を手に入れようなんて傲慢でしょう?相手も同じ心ある人です」
「お前もかなりの遊び人だったと聞くが?」
「ふ、やっぱり俺を知っていましたね。語弊はありますが……まぁ、だからこそ分かるのですよ。まずは自分自身と向き合ってみて下さい」
ふと笑うこの綺麗な男が何故エリスに選ばれたのか分かる気がした。
だがだからと言ってこの燃えるような気持ちが冷めるわけではないし、悔しいので困らせてもやりたくなった。
「心に置いておく、だがエリスは諦めんぞ」
少し目を見開いてから、眉間に皺を寄せたジョルジオは暫く考えてやはり笑った。
エリスと目が合うと仲睦まじ気に微笑み合って、
「奪えるおつもりなら」とひらりと手を上げて行ってしまった。
「待っ……!」
「エスト陛下、従兄弟がご無礼を失致しました」
「レイヴン……居たのか」
「ええ、エリスは素晴らしい女性でしょう」
「王太子妃の補佐だったか」
「はい。彼女は私達の友人であり家族です」
レイヴンが二人を見る目は優しく、セイランを見上げた目は更に優しかった。
何となく感じ取れる、他の者には入り込めない彼らの信頼関係を覗き見た気がして欲しいものが何だったのかさえも気付けたような気がした。
「家族は多い方がいい」
「なら、エリスではなく貴方を真に愛してくれる方と唯一の愛を育んでみては?貴方を大切にしてくれる人を見逃さない事も大切ですね」
「隙があれば付け込む」
「ふ、ありませんよ。彼らには」
それでも、やはり一生忘れられないだろうと思った。
他に愛する人など見つかるものかと思った。
ふとした時に、あの淡い金髪と琥珀の瞳を恋しく思う日が来るだろうとも。
「……席に戻る」
「なら、一緒に」
お前達が羨ましいとは言ってやるものか。
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