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60.王太子妃誘拐事件

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「至急、王宮へ使いを。三名三方向から王宮へ向いなさい」

「ですが!それではエリス様の護衛が……!」

「お兄様にウチの騎士を一人送りました。早く行って下さい!」



王太子妃の公務中、とあるチャリティパーティー会場が襲撃された。

幸い平民を見下す貴族が多くこういった類のパーティーには王太子妃への建前で参加する少数の者達だけが居るだけだったが、その貴族達と爵位を持たない富豪や実業家達は護衛諸共呆気なく制圧された。


ヴィルヘルム公爵家と王宮の護衛騎士たちは流石に優秀で、たかだかチャリティパーティーに大軍を送って来た馬鹿の目的は一目瞭然だったが何とか会場の外に逃げ込め、息を切らすセイランを休ませる為に留守の民家にお邪魔している。


「セイラン様、大丈夫ですか?」

「ーっ、大丈夫よ。貴女は」

「私も大丈夫です。聞いて下さいセイラン様……」



ーーー


エリスに付けている筈の騎士達が主人を連れずにクロフォード邸に戻った頃、王宮にも主人を置いた騎士が二人到着した。

エリスの読み通り、狙いが王太子妃だとすると王宮への使いを狙ってくる筈だからと三手に分けて送ったのだが一人は到着していないようだった。

全てを聞いたケールは偶々訪ねていた……と言うよりは大抵は訪ねて来ているセイルと共に彼女達の居る街へと急いだ。
後に続く騎士達もまた陣形も整わぬ内にただ彼らの後を追う。


「レイヴン!!」

「ジョルジオ……っ」

「俺は先に行くよ、大体は聞いた。クロフォードは先に出兵したと……」



「閣下、自ら兵を率いるつもりですか!?」

「そうだ。私も行く」

「なりません!!」


大臣達の反対など聞こえていない様子の二人だが、ジョルジオもケールも国王と王宮を守る第一騎士団所属。


兵をごっそり率いる訳にはいかずジョルジオは私兵での出兵を伝え、レイヴンもまた王宮の第二騎士団を王宮に置いたまま、自らの少数の私兵のみを連れて行くことになった。


おおよその居場所は報告されている為現地に急いだが何せ相手も本気だ。

そう簡単に制圧された街を奪還できるとも考えられない。

彼女達がいつまでも隠れていられるかも分からない。


(もう少し、……無事で居てくれエリス、セイラン)

「焦るな、ジョルジオ」

「そっちこそ。王太子が先頭はまずいんじゃ?」

「……セイランが心配だ」

エリスも居るんだけどと言う言葉は呑み込んだ。

レイヴンがエリスの事も心配しているのは分かっているからだ。

ただ彼の妻は、セイランはエリスと違いか弱く育った人だ。



やっと到着したもののクロフォード家の兵によって街はこじ開けられており、けれどもどの敵兵ももう戦う理由がないというように逃げ腰だった。


「ひひっ、アンタ王太子だろォ?」

「……」

「王太子妃ならもうとっくに拐われた後だぜ?」

「聞かせろ、詳しくな」

「ぐっ、やめろ!言う!言うからっ!」




「妃殿下は大人しく付いてったよ……っ、指示されていたドレスの色だったし顔は見てねぇが小柄で綺麗なねぇちゃんだったから間違いねぇ!」



セイランが拐われたなら、エリスはどうなった?


ジョルジオはどくんどくんと胸が嫌な音を立てて、気分が悪くなる。

レイヴンの顔色も酷いものだし、目の前の男と命の危機を目の前にして嘘をつくとも考え難い。



「嘘をつけ」

「いい加減を言うと殺ーーー」


馬の足音、真っ直ぐに街の外へと向かうその馬の上には騎士とフードで顔を隠した女性。


こちらと目が合うと見覚えのあるヴィルヘルムの騎士。

それも、エリスに付けた精鋭。


「エリ……」

(けれど違う、エリスじゃない)



「レイヴン……っ!ジョルジオ、ごめんなさいっ」


「「セイラン……!!」」


「私の身代わりにエリスが……」


エリスは騎士の家門なので軽くて走り易いドレスを着ているとセイランにドレスの交換を申し出たそうだ。

周りに追手の気配が増えると残りの騎士のうち彼女が一番信頼しているものをセイランに付け、民家からフード付きのローブを二つ拝借したと言う。


渋る騎士に笑顔で「信頼しているわ」と伝えると自ら外に出て王太子妃だと名乗ったらしい。


「貴女は王太子妃ですセイラン様。しっかりなさい」



扉を出る前にそう言った彼女の言葉の意味はすぐに理解出来たが涙は止まらない上に挫いて腫れた足では騎士を振り払うことも出来ずただ意図に気付いたにも関わらずエリスを見送るだけになってしまったと後悔していた。


「結局騎士に抱えられ馬で逃げ出すしかできなかった……っ」

「先ほどすれ違ったケール様にはお伝えし、既に追っている筈です。お守り出来ませんでした……っ申し訳ありません!」


「……他の者達は」


「王宮に三人、クロフォードに一人。私の他にもう一人いましたがお二人を脱出させる為足止めとして残りました」


吐き気がした。

一気に血が遡って、かえって血が冷えていくように寒くなる。

(殺してやる)

「必ず、見つけて……」


「ジ、ジョルジオ……?」

「セイラン、ジョルジオは大丈夫だ」

セイランが尻もちをついたのがわかった。けれど目がチカチカして他には何も考えられない。


「レイヴン、セイランを連れて先に王宮へ」


「……だがお前は」


「狙いをくれてやる義理はない。エリスの決意が無駄になる」


「念の為、王太子妃が無事だと言う事実は伏せる。バレる前に片付けて奪還しろジョルジュ」


「ああ、まかせて」



「……」

(目がトンでるな)



異様なまでに殺気立つジョルジオの後ろ姿に無事を祈りながら、エリスが無事である事をただ二人は願った。




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