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57.理性との闘い
しおりを挟むどうしてこうなったのだろう。
お茶に誘ったは良いが荒れに荒れた天候。
この国では珍しい状況に街中が家に引っ込むことになった。
庭師一人出ていない昼間なのに真っ暗な庭園を眺めながら、ヴィルヘルム公爵城ではなく王太子妃宮にいるセイランを案じるエリスを見つめる。
「迎えの馬車は来られないかもしれないね」
「そうですね……ご予定やご公務はありませんか?」
「大丈夫、今日はエリスの為に一日中空けてあるんだ」
ぽっと頬を染めて「そうですか」と俯くエリスが初々しくてきゅっと胸が軋んだ。
脳内で警告音が鳴り、一瞬でも邪な思考を浮かべた自分を心の中で叱る。
とはいえ二人きり……こんな嵐ではケールが駆けつけてくる事もないだろうしそのくらいの信用はされている筈。
(これはマズイな……)
当の本人はそんな警戒心など全く無いようで支度をしてくれる侍女に和かに礼を伝えている。
隣の部屋、もとい将来の夫人が使う筈の部屋を準備したのは決して下心なんかではなく純粋に彼女に相応しい部屋がそこ以外無かったからでそんな葛藤もつゆ知らずエリスは「少しワクワクしますね」とイレギュラーなこの状況に少し笑った。
「ふふ、此方こそ突然申し訳ありません」
「いや……誘ったのは俺だし、それでその、部屋が隣でもいいかな?」
「……、まさか公爵夫人の部屋を?」
ヴィルヘルム前公爵夫人、ジョルジオの母にあたる人で彼女は美しいものや人に目が無い上に自分の周りには美しいものだけを固めていたらしい。
かと言ってそうでない者に不親切な訳ではなく、元の造形は兎も角皆が努力次第では輝く事が出来るというのが口癖でもあった。
そしてジョルジオにはよく「美しい人を妻にしなさい」と口を酸っぱくして言っていた。
だからこそジョルジオは女性への理想がた高かったし、その裏で自分にストイックすぎる母を見て女性への夢を失ってもいたのだ。
けれどジョルジオにとってエリスは特別な女性と言える。
母から教え込まれた価値観や、女性は可愛いけれどそばに置くべき存在ではないといった自分自身の価値観を全てどうでも良くしてしまうほどそばに居て欲しい存在となったからだ。
容姿など関係無く恋をして、全てどうだっていいからただそばにいて欲しいと願う。
彼女に似た子がいいと想像し、いつかこうやって二人でこの邸宅に……
「ジョルジュ、どうかしたの?」
(そう、こんな風に寄り添って)
(寄り添って……?)
「ーー!」
「固まっていたから、怖いのかと思ったのですが」
「あ、いや……大丈夫だよ」
「本当に?無理は……」
エリスのいい香りがふわりと鼻をくすぐって、遠慮がちに乗せられた手が温かくて柔らかい。
まるで初めて女性に触れられた少年のように身体中に血が巡って、これ以上は危険だとカンカンと目の奥で警報が鳴っている。
愛も変わらず酷い雨と窓を揺らす豪風に視線を向けて冷静さを保つが、心配そうに揺れる琥珀の瞳が、なにかを言いかけてやめた半開きの唇がどうしても平常心を奪う。
(これじゃだめだっ)
「本当に、大丈夫……っ!?」
思わず自分を見上げるエリスの目と合った。
瞬間に全身が脳みそまで熱くなったような気がして気付いたらもうエリスの唇を奪っていた。
たったそれだけでこんなにも幸福で、こんなにも気持ちがいいだなんて想像していただろうか?
触れるだけのものから深くなっていく口付けにエリスは拙くも応えようとしてくれているようで、小さく声を漏らしなが必死に俺にしがみついてくる。
唇の隙間から聞こえた「ジョルジュ」のあとに聞こえたのは息も途切れ途切れなエリスの艶っぽい「好きです」だった。
この唇を離したら謝ろうと考えいる筈なのに、余計に止まらなくなってそのままソファにエリスを押し倒した所で正気になった。
「エリス……ごめんっ」
罵られるだろうか?嫌われてしまっただろうか?
ずっと我慢していたとはいえこんな風に突然……
「ジョルジュなら、良いです」
「えっ……」
「手をつなぐ以外ははじめてなんです。でも全部ジョルジュになら捧げても良いと思っています」
「また、そんな殺し文句を……っ」
ジョルジオはエリスを強すぎるくらいに抱きしめて、もう一度触れるだけの口付けをした。
そして、そのまま頭を撫でて微笑んだ。
「エリスの初めてならもっと素晴らしい日にしたいんだ」
「ジョルジュ」
「完璧な日にしないと」
「だから今日は待つよ。これだけは許してくれる?」
二人はもういちど深く、深く口付けた。
その頃のクロフォード邸ではケールがひどく取り乱していたとか……
「エリスは無事だろうか!?」
「ケール落ち着きなさい」
「ですが団長と、今夜は二人きりだなんて!」
「いいじゃない、婚約者なんだから」
「よくないです!!!」
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