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56.未来の公爵夫人
しおりを挟むすっかりと囲まれたエリスとジョルジオは「人間とはなんて現金なのだろう」とは今更思わなかった。
ジョルジオは幾度となくこのような事は経験していたし、エリスもまた最近になってこのような事ばかり起きるようになったからだ。
それに、エリスがこの社交会を手に入れてセイランに差し出す為にはこのような状況をうまく利用するのが最適だからでもあった。
この程度のことを上手く交わして掌握出来ないならこの役目は断るべきだと言うのがエリスの見解である。
自分自身への自信などそう言ったものとは関係なくエリスはいつも任務の為であれば強く気を持っていられた。けれど何故だろう今の自分ならきっとそんな事が無くてもなんでもやり遂げられそうだと感じている。
それはきっと、自分を信頼してくれる人達や隣に今も感じる温かい愛情のおかげなのかもしれない。
本来の意味で「社交会の華」だと使われる令嬢は今までもそう多くは出なかったが近頃注目を浴びているのはメリアン侯爵家の令嬢だ。
最近のパーティーや茶会で何度か会っているが彼女はかなり頭のキレる人だと言うことは分かる。
見目も良いし吊り目がちな勝気な目と濃いグリーンの艶やかな髪が魅力的な人だ。
メリアン侯爵家といえば彼女の母、侯爵夫人がマナーに厳しい人だと言うこととよく知る事実で侯爵自身が中立派を保っていることもありどの家門からもマナーの見本として招待される人物だった。
娘のコリアンヌもまた彼女の跡を追う素晴らしい人なのでいっそのこと引き込めればいいのだけれど……と思案しているとジョルジオに声をかけたとある人によって考えは止まる。
「久しぶりだな、メリアン侯爵」
「お久しぶりですジョルジオ閣下」
「先日は婚約者様に娘が助けられたと……その節は大変ご迷惑をおかけ致しました」
ジョルジオがエリスに視線を送りエリスは顔を左右に緩く振った。
「何やら娘に商売を手伝わせている事が令嬢からの蔑みになったらしく、クロフォード嬢のお陰で助けられたと」
「……あ」
(そんなつもりじゃなかったのに)
それはとある茶会での事だった。
『コリアンヌ嬢ってば侯爵令嬢ですのに、商いなんて……』
『良い結婚をし、家門を繁栄させるのが努めですのに』
誰だったか、注目を浴びるコリンヌを妬んでのことだろう。
隣のテーブルから突然彼女を貶める言葉が飛び交い始める。
エリスのテーブルでもまた気まずい空気が流れ、その遠巻きに傍観する視線はまるで自分の時のようだった。
(傷つかない人なんていないのに)
『私は剣を握りますが、婚約者は寛大ですよ』
『エリス様……』
口々に聞こえる成り上がり、はしたない、見た目だけ、どうせ身体と顔で落としたと言う陰口。
同じだけエリスを庇う声も増えたがやはりまだエリスにはそれだけの敵が居ると言うことだった。
(この程度の助力で申し訳ないけれど……)
『それに王宮で仕事を持ち、時には男性よりも高い役職でもあるけど?』
自分に視線を逸らすのが精一杯だった。
無力だと落ち込んだ。
なのに、それを「助けられた」と言ってくれるのか。
「いえ、あまりにお粗末でしたし、そんなつもりじゃ……」
「いいんだ。ずっと娘は貴女の隠れファンでね。興奮冷めやらない様子で帰って来ましたよ」
「ありがとう、ございます」
「ふふ、俺の婚約者はとても勇敢な人のようだね」
「ジョルジュ……っ」
「おっとお熱い二人を邪魔してはなりません。また改めてお二人共を招待させて頂いても?」
「「……!」」
「「喜んで、光栄です」」
顔を見合わせてからとても嬉しそうに声を揃えたふたりに「お」と目を見開いてから「とても仲睦まじくてこちらも幸せですな」と笑い去って行った侯爵の後ろ姿を見て見送る。
「そのままのエリスが、皆を巻き込む」
「そんなこと……ただの偶然では?」
「いや。俺もそうだったし。セイランやレイヴンもそう」
「自惚れてしまいそうです」
「俺たちを信じてよ、エリス」
中立派である侯爵家と王族でもあるヴィルヘルム公爵家の接近は暫く社交会を騒がせることとなるが、
巻き起こした小さな竜巻が大きくなり多くを巻き込んでしまうことをエリスは、いやジョルジオさえもまだ知らない。
(出たしは好調ね……偶然ともいえるけど)
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