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49.好きなものを着ること
しおりを挟むオーロラの店は華やかでいて身分を分け隔てない入り易さもある親切な店だがその人に見合うもの、似合う物もシビアに見分けるある意味の実直さがある。
俺の知る彼女は「貴女はこのドレスに身合いません。せいぜいこっちになさいませ」とズバリと言ってしまうような人だった筈だが……
「これは一体……変な夢か?」
「現実です、閣下」
有名な仏頂面はそのままに店中のドレスを出してきたオーロラは最高傑作だというドレスまで持ってきてはエリスに「試着して下さい」と促しているではないか。
何処となく輝いている瞳と、高揚した頬。
初めてみるだろう明らかに浮かれた様子のオーロラが不気味だ。
「あの、ジョルジュ……」
「さあ着てみて下さい!閣下は掛けてお待ち下さいませね!」
「君、本当にここの店主のオーロラか?」
「そうですが?」
すんと瞳の光を消すあたり本物だと納得して頷いて特別室のソファに腰を下ろすと満足したように笑ってエリスを試着室のカーテンの奥へと押し込んで行った。
「マダムオーロラ!こ、こんな綺麗なお肌は初めて見ました!」
「そうね……!エリスお嬢様はとても素晴らしいですわ」
「そんなに気を使って下さらなくても……」
「いいえ!本心です。私はお世辞は言いません」
「……ありがとうございます」
耳まで赤くして俯きながら言ったエリスに微笑ましげに笑ったオーロラと従業員達も「お可愛いらしいわ」と小さく笑った。
幾つか試着してからオーロラが持って来た白を基調にしたドレスを見てエリスは情けなく眉尻を下げた。
「あら……お気に召しませんか?」
(傾向からきっと好きだと思ったのだけど違ったかしら……)
「いえ、こんなにも素敵で華やかなドレスはどれも私には似合いません。もう少しだけ落ち着いたものにしようかしら」
遠慮や謙遜などではないこの表情と雰囲気はきっとエリス自身が自分への自信の無さから来るものだろうとオーロラは気付いた。
貴族の令嬢でなおかつこれ程の美人とくれば傲慢であっても可笑しくないくらいだが彼女はまさにその真逆。
優雅な所作と丁寧な言葉でさりげなく躱しているが、華美なものをさけているのだ。オーロラはもどかしくなって思わず声が大きくなった。
「エリス様は変化を恐れているのですか?」
「へ……」
「閣下はそのままでもきっと惜しみなく愛されるでしょう。ですが貴女はそのままでいいのですか?変わろうと決心した事はありませんか?」
「ー! 変わろうとした事……はあります」
「ここにあるものは全てエリス様にとてもお似合いです。むしろ……エリス様が勿体無いくらいです。私は新しくドレスを作るべきですね」
「そんなこ……違うわね。ありがとうございます」
「いいえ、とんだご無礼を失礼致しましたわ」
微笑み合っていると、従業員の若い女性がオーロラにメモを手渡す。
「どうやらエリスお嬢様はとても愛されているようですね」
「ジョルジュが何か?」
「気に入ったものを贈りたいと仰っていましたよ」
(正確には気に入ったものを全部だけれど遠慮しそうだものね)
「……嬉しいです。兄以外の男性に心の籠った贈り物をして頂くのは初めてなので」
カーテンの向こうでガタンと大きな音が鳴って従業員達や護衛の慌てた声が聞こえる。幸い今はドレスを身につけているので慌ててカーテンを開けて「ジョルジュ、何かありましたか!?」と言うと額を少し赤くしたジョルジオと、エリスを見て頬を染めて瞳を丸くする皆にかえって驚く。
「ーっ、えっと、ジョルジュ頭を打ったのですか?」
「あ……あぁ。エリスっ!とても美しいね」
「!」
「それと、さっきのは本当?」
「さっきのとは?」
「俺がエリスの初めてだと」
(まぁ閣下ったら語弊のある言い回しですこと)
「ええ、ジョルジュが初めてです」
またもやゴンと大きな音と共にジョルジオがソファの前のテーブルに突っ伏した。慌てて近寄るエリスと護衛、恨めしそうに顔を赤くしてエリスを覗き見るジョルジオの様子にオーロラはとうとう笑った。
「あはは!こんな閣下は初めて見ました」
「オーロラ……」
「エリス様の前では閣下も骨抜きですわね、さあエリス様残りのドレスを合わせましょう」
可愛いと少し笑ったエリスはそれからは前向きにドレスを選んだ。
二着ほど買うだけのつもりがいつの間にか増えた馬車に積み込まれる靴やバッグ、アクセサリー。
「ドレスは調整して後日お送り致しますね」
「ああ、頼むよ」
「ジョルジュ、これはやり過ぎです」
「……迷惑だった?」
「いえ、でもこんなに沢山買うなんて」
「エリスの初めてを埋め尽くそうと思って」
「……嬉しいです。でもドレスが無くても私の初めての恋心はジョルジュで埋め尽くされていますよ」
またもやショートしたジョルジオに呆れたオーロラにひとしきり笑われてから行きよりも大事になってしまった数台の馬車で帰る事になった。
「団長、これはなんの冗談ですか」
「後日ドレスも届くよ」
「……自分で選んだのですか」
「あぁ、きっとエリスはもっと美しく輝くよ」
「ありがとうございます」
「礼ならオーロラに」
「ふ、わかりました」
何処か浮かれた様子で手際よく荷物をドレスルームにしまう指示を出しているエリスを眺めながらケールは「久々に見たなあんな顔」と感慨深く思った。
(きっと自信がエリスを輝かせてくれる。傷つける言葉の刃から守ってくれるはず)
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