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39.悪事はいずれ暴かれる
しおりを挟むトリスタンに話があると言われて呼ばれたのは今朝のこと、やっと正式に結婚するのかと嬉しくなってメイド達を呼び付けるといつもより気合を入れて着飾って貰った。
リボンもフリルもレースもできるだけ高価なものを使ったドレスは室内着用のドレスとしては動きづらいけれどきっと喜んでくれる筈だ。
淑女の嗜みであるコルセットもかなり締め付けて、寄せてあげた谷間も胸パットもたっぷり入れて作った。
ふわふわの髪も、可愛いピンクの頬紅もいつもより頑張ったしエリスに負けないように脚を長く見せる為に履いたヒールも少し高めにした。
(それにこの靴は最高級のお店であつらえたのよね~)
ヘトヘトになったメイド達がサボらないように厳しめに部屋を片付けるように命じて部屋を出てドキドキと高鳴る胸を抑えながらトリスタンの部屋へと急いだ。
「トリスタン様ぁ?ミナーシュが来ましたぁ」
「ああ……座ってくれ」
思ったよりもテンションの低いトリスタンに少しがっかりしながらもようやくこのルーシュフル家の次期女主人になれるのかと嬉しくなる。
「ミナーシュとはゆっくり話すべきだと思ってな」
「そんなぁ、今更勿体ぶらないでも分かってますよ?」
「じゃあ承認してくれると言うことだな?」
「はい……」
胸元で手を組んで恥じらうそぶりで言うと嬉しそうに笑ったトリスタンに正面から抱きしめられてカチャリと金属音が鳴る。
(金属音?)
手首に冷たい感触がして視線を下ろすと銀色の無骨な手錠がかけられている。
(結婚の申し込みじゃなかったの……?)
「あ、あの……これは一体?」
冷ややかなトリスタンの視線に嫌な予感がする。
「えっと、新しいコトをするの……?」
「いや?今日からもう君に触れる事は無いだろう」
「どう言うこと!?」
「ヴィルヘルム公爵家に手を出したのは間違いだ、ミナーシュ」
「は!?何それ……っエリスの事!?あれは私じゃないわ!」
「もうすぐ証拠を突きつけてくるだろう、君はヴィルヘルム家に正式に訴えられる筈だ。そうなればウチもただでは済まない」
「だから、私を突き出すのですか……!?」
「こんなにも愚かな女だとは思わなかった」
「嫌よ!私を愛してないの!!?」
「私も心苦しいよ、これも家門の為だ。だが……」
「なに!?何か手があるのね!?」
「君が離縁を受け入れ我が家を出るなら、隠れ場所を手配しよう」
「そんな!嫌よ……っ!!」
「なら……突き出すしかないな」
子供のように大声を上げて泣き出したミナーシュをもう随分前から可愛いとは思えないトリスタンは冷めた目でミナーシュを見下ろす。
トリスタンの瞳が怖くて、思わず頷いた。
「分かってくれると思っていたよ。穏やかな方だきっと良くして下さるだろう」
にこやかなトリスタンにホッとする。
「迎えにきてくれる……?」
「ああ、きっと」
「分かったわ……」
結婚していなかったこともあり婚約破棄の手続きは早かった。
少しずつ減って行く荷物に不安が募ったけれども隠れ場所の主人は穏やかな人だと言うしほとぼりが冷めれば女主人として公式には無理だとしてもきっと呼び戻してくれるだろうと気を強く持ってやって来たその日。
僅かな荷物と「これを贈らせてくれ」とトリスタンから送られたシンプルだが高価だと分かる宝石の散りばめられたチョーカーを付けて貰ってあとは身一つでやって来た邸は本邸ではないらしい。
出迎えてくれたのは数人の使用人と、相変わらず娼婦のようなドレスを着たロベリアだった。
「え……」
「その首飾り、細工が新しいわね。作らせたのはトリスタンかしら?」
「なん、で居るの……?」
「馬鹿ね。まだ気付いてないの?トリスタンったら代金と引き換えに邪魔な貴女を売り払ったのよ此処に」
「ーっうそよ!!!!」
奥から足音が聞こえてゴルジエの姿が見えるとロベリアも使用人も皆が頭を下げて「ご主人様」としおらしく呼んだ。
大人しそうな見た目に合わない下卑な笑顔で「ミナーシュ」と呼び捨てにして愉しそうに自分ではなぜか外れないチョーカーの仕組みを教えてくれた。
それは絶望的で、二度とゴルジエ以外には外せないこと。
彼次第でいつでも自分の命は毒針によって奪われてしまうこと。
侯爵邸で着ていた物とは全然違う薄い安物のドレスを着せられてゴルジエの機嫌を取らねばならぬこと。
(こんな冴えないオヤジに逆らうコトもできないってこと……一生?)
膝の力が抜けて座り込んだ私を鼻で笑ったロベリアは、更に知りたくも無い事を教えてくれた。
「貴女が散財して購入したものをお金に変え、ご主人様からの大金を手に入れたトリスタンは家計を立て直したそうよ。彼は貴女を庇うつもりもない」
「ひっ……!私どうなるの……?」
「目を閉じて好きな人でも想像する事ね。慣れれば他は快適よ」
ヴィルヘルム公爵の婚約者であり、クロフォード伯爵令嬢であるエリスを襲わせた罪で指名手配されていると知ったのは少し後で、さらに絶望したのはゴルジエのこの別荘に首都の衛兵が訪ねて来た時だった。
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