婚約破棄された地味令嬢(実は美人)に恋した公爵様

abang

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36.無意識ほど恐ろしい

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偶然のことで俺にとってはとても幸運なハプニングだった。



孤児院への慰問の後見回りも兼ねて少し街を歩いていると、エリスの後姿を見つける。

それを目で追うとケールが家門の馬車へとエスコートしようとしているのが見えた。

急いで声をかけると本日非番のケールは酷く驚いたようで一瞬間を開けてから「団長、こんにちは」と相変わらず愛想のない無表情で挨拶をした。


乗り込んだ馬車からひょこっと顔を覗かせて「ジョルジュ」と目を細めて微笑んだのは紛れもない俺の婚約者でこんなに可愛い仕草をやたらとするもんじゃないぞと隠してしまいたくなる。



現にケールは「妹が可愛い」と顔に書いてあるし、偶々見た通行人や俺の護衛の付き人は頬を染めている。


「エリス!今日はケールと出かけていたんだね」

「はい、お兄様が誘って下さったので」


兄同様、エリスも表情の変化は大きい方ではないが眼鏡がなくなったうえに近頃では警戒心が解けたのかなんとなく柔らかい表情を見せてくれるようになった。


それが嬉しくて思わず笑みが溢れると同時に、挨拶だけのつもりで邪魔するつもりは無かったのにどうにも離れがたくなってエリスの手を軽く握った。


馬車から見下ろす形で対面するエリスは無礼を詫びて申し訳無さそうにするが、見上げる形のエリスもやはり美しくてまた一つ彼女のことを知れた気がする俺は嬉しいのだ。


呆れたようにケールが「お茶くらいならもてなせますが」と言うので思わず聞き返すと、「引き離すのは野暮でしょう」とエリスの表情を見て言った。


「じゃあ、お邪魔させて貰おうかな」


乗ってきた馬車に成り行きを伝えて帰るよう指示すると、もう俺の優秀な部下で副団長の顔をしたケールは騎士らしく俺を先に馬車に詰め込むと周囲を確認した後自分も最後に乗り込んだ。



憎まれ口も叩くが、ケールは陛下もレイヴンも信頼する優秀な部下だ。

勿論俺は団長として彼を手放すことはないだろう。

騎士団長ではなく、公爵としても彼を雇いたいと思っているがいかんせんそれは陛下の許しがでないのだ。

一度我儘で彼を直属にしたいと伝えてみたが「私が死んだら考える、お前とレイヴンで取り合え」「ぜひ天にいる私を楽しませてくれ」と悪戯心いっぱいに言われた。


「まずお前のことも手放すつもりがないよ。息子同然だからな」


と優しく笑った陛下の切実な願いは俺が伴侶を見つける事だったが近頃それが叶いそうなのでいつかエリスが良いと言ったら挨拶に行こう。


口数の多くない三人で少しの考えごとをしながらも穏やかに馬車に揺られること暫く、初めて訪ねるクロフォード邸はエリス達が住むに相応しく美しい場所だった。



「美しい邸だな」

「タウンハウスも自慢ですが、ぜひ領地をお見せしたいです」

「領地の離れは、エリスのお気に入りなんですよ」



「それは、いつか見せてくれるの?」

「ふふ、好きな人には好きなものを教えたくなりますもの」


「「……」」


ケールと心情が一致しただろう。

相変わらず綺麗な所作で口元に手を当てて微笑んだエリスに釘付けになっていると不思議そうに首を傾げた彼女と、刺すような視線のケールのお陰で我に返れた。


お茶を出す時の白くて長い指、茶を啜る艶のある唇、時々覗く赤い舌……


どれにもドキドキと胸が大きく音を立てるが、ケールが見張っている状態なので抱きしめることすらできずにただ身悶える。


「お兄様、溢しましたよ」

そう言って少し腰を浮かせて身を乗り出したエリスの胸元に思わず目が行く。


普段は首元まで隠されているドレスが今日は幾分か大胆に見える。

と、言ってもそれほど大きく開いた訳ではないのだがつい覗いてしまうのが男の性だろう。


途端にヒヤリと殺気にも似た視線に阻まれた煩悩。

愛してやまない人に抱くには邪な感情に自己嫌悪するが、それ以上に妹の鉄壁と化したケールの軽蔑するような視線が痛くて思わず言い訳する。



「わ、罠だ!」


「?」

「エリス気にしなくていい、団長は疲れているようだ」

「なら、お茶を淹れるわ」

「ああ頼む」


そう言って少し驚いたようなエリスが部屋を出ると、先程から頭占める妄想を読まれていたのかケールに諌められる。


「団長」

「ケール……察してくれ」

「それは出来ません、大事な妹ですので」

「前から思っていたけど……このシスコンめ」

「誇りを持っております」

(あーエリスに触れたい、まさか少し手を握るのにも目くじらを立てるとは)


「ケール、今日はもう帰っていいぞ」


「そうはいきませんよ」


それでも結局、三人でするお茶はとても穏やかで安心できた。




「またいらして下さい」


そういってはにかんだエリスの事はやっぱり抱きしめた。






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