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34.結婚なんて出来るものか!
しおりを挟む「ヴィルヘルム公爵閣下とエリス嬢は仲睦まじいぞ」
「あんな美人だったなんて、勿体無い事をしたなぁ!」
友人だった奴らは悪意すら窺えるほどニヤけた表情で夜会の度に声をかけてくる。時たま見かけるロベリアはゴルジエなんて金しかない陰湿な男にすっかり飼い慣らされてしまっているようで、惨めだと思った。
(せめて愛人として大人しくしていれば、大切にしてやったのに)
今日も軽い立食パーティーだというのに恥ずかしいくらいに着飾ったミナーシュを連れて、皆からの視線を知らぬふりをすることに努める。
「トリスタン様ぁ、今日の私どう?」
「ああ……可愛いよ」
「きゃあ~嬉しい!!こんなに贅沢なドレス……いいの?」
「ああ」
キャッキャと騒ぐミナーシュを少し頭が足りないだけで無邪気で可愛いと言う者は時々居るが、そんな姿も儚いもので気に入らない事があるとすぐに癇癪を起こしたり誰かの所為だと泣き出すだろう。
「いいの?」なんてしおらしく言っているが、さらりと流したのか意味が分かっていないのかは知らないが母上の嫌味を乗り越えて泣きながら強請った派手なリボンとフリルだらけの金をふんだんに使ったドレスは本音を言うとお世辞にも「可愛いな」とは言えないほど悪趣味だ。
それでも男達がミナーシュに視線をよこすのは肩を広く出したドレスの真ん中に寄せられた谷間のせいだろう。
「もっと寄せてよ!」なんて金切り声をあげてメイド達を困らせていたのが聞こえてくる所為で魅力を感じなくなってしまったが。
脱げそうなほど肩のすっぽりと出たドレスは危うい。
作法がなっていないミナーシュが少し歩いてドレスの先でも踏んでしまえばずり落ちてしまうのではないかというほどだ。
可愛いと思っていた顔も、ロベリアと比べても、ましてやエリスと比べてしまうと平凡にも見える。
(……酷いな)
入場の知らせと共に扉に視線をやると仲睦まじげな様子のヴィルヘルム公爵ことジョルジオと婚約者となったエリスがまるで別世界の人間のように高貴に美しく微笑みあっていた。
込み上げるモヤモヤした何かと、後悔の念で嘔吐してしまいそうな感覚。
胸焼けするほど着飾った平凡なミナーシュと、まるで作り物かと見紛うくらいに美しく整ったエリスを見比べて眩暈がする。
ジョルジオの好みかエリスの本来の姿なのか分からないが、誰が見てもセンスが良いと言える引き算が上手くできた揃いの装いは見目のいいジョルジオとエリスが着てこそ最上級へと完成するのだろう。
「とてもお美しいお二人ですね、ご成婚は近々ですか?」
新興貴族だろう者が不躾な質問をするも皆気になるのか声を落として聞き耳を立てている。
エリスが結婚することを想像してイライラする私を逆撫でするようなジョルジオの穏やかな声。
「そうだね、俺としてはすぐにでもしたい位」
「ジョルジオ様っ」
「ははは!お美しいだけじゃなくてお可愛らしい奥様のようですね……おっと」
「気が早いけど悪い気はしないね」
「私もです」
「エリス!……どうしよう、すごく嬉しいな」
満更でもなさそうに頬を染めるエリスをあまりにも見過ぎていたのだろう。
ミナーシュが袖を掴んで膨れ面で「トリスタン様?」と首を傾げた。
「ひょっとしてエリス様を見ていたの?」
「……皆そうだろう」
「なによ!ちょっと顔が良いだけじゃない~、根暗でつまらない人だってずっと言っていたでしょ?」
「ああ……そうだ」
「トリスタン様ったら本当に最近変よぉ!」
そう言ってジタバタとはしたなく動くからミナーシュは心配していた通りドレスの裾を踏んでしまった。
「ミナーシュ……!」
「あっ」
エリス達に向かっていた視線は一気にこちらに向かい、露わとなったミナーシュの可哀想なほどに締め上げたコルセットと下着の胸の両外側に詰めたハンカチが皆の視線を集めた。
「きゃーっ!見ないでぇ!!」
青ざめた表情でこちらを見るエリスの相変わらず几帳面そうな一面にホッとするも隣のジョルジオの冷ややかな視線に思わずすぐに逸らす。
上着でもかけてやるべきかとミナーシュを見るが男達の視線を満更でもなさそうにしながら言う彼女に意図せず本音が漏れた。
「もう、お嫁にいけません~!トリスタンさまぁ助けてっ」
「……お前と……結婚なんか出来るものか!」
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