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33.全てが君のもの
しおりを挟むロベリアの姿と時代錯誤の「愛隷」なんて契約結婚に後味の悪さを感じながらも、殆ど売られるように結婚したという彼女とゴルジエ伯爵の家門同士の利害関係は何となく想像できた。
日さえ経てば案外落ち着いたもので、見せびらかすように高価だが娼婦のような布の少ないドレスを着せてロベリアを連れまわすゴルジエを時々見るのも、
王宮でいつも通りの仕事をこなしながら、地味じゃなくなった容姿や婚約者のおかげで掌を返すように好意的になった周囲の者達にも慣れつつある。
「エリス、聞いたわよ?」
「セイラン様……執務は」
「貴女のお陰で捗ってるわね」
「……何を聞かれたのでしょうか」
「ジョルジオもやるわね!この国で美しいものがどれ程の価値を意味するかエリスも知っているでしょう?」
「はい……」
顔に熱が集中して、それをニンマリと見つめるセイランを少し恨めしそうに見つめ返すとやっぱり彼女はさらに目尻を下げて笑った。
この国で「美しいもの」の価値は重要で美術品や自然美、宝飾品など様々な分野で美しい物はこの国から発祥すると言われるほどに美と芸術を重んじる国なのだ。
オークションでジョルジオが愛に関する美術品を片っ端からエリスに贈ったことは専らの噂で「俺の中の全ての愛は彼女に捧げたんだ」とその事について聞かれる度にジョルジオが見惚れる程の笑顔で言うものだからセイランやレイヴンの耳に入るまでにそう時間はかからなかったらしい。
けれども近しい人にほどこの類の話は恥ずかしいもので嬉しそうに笑ってくれているセイランに感謝と恥ずかしさが混じる複雑な感じがした。
ましてやエリスにとってこの歳になってやっとの初恋、囃し立てるように声をかけてくる者達に頬を染めずにちゃんと返事が出来ているだろうかと不安にさえなる。
「そういえば、昨日ね……」
くすりと思い出し笑いをしながら、レイヴンとジョルジオの昨日の会話を話しだすセイランにエリスの顔は更に赤くなっているだろう。
『これは持論だけど……美しい心にこそ最も価値があると思うんだ』
『なんだ、ジョルジオ。珍しく情緒的だなエリスの事か?』
『ああ、初めてなんだ。彼女は容姿も心も全てが美しい上に甘くて可愛い、目が離せない』
『そうか』
『憎まない強さ、負けない頑固さも、純粋故の危なっかしさも全てがエリスの魅力なんだ』
『遅い初恋だったな、ジョルジオ』
『初恋は母上の肖像画だった』
『それは恋とは言わん、下らん冗談はやめろ』
「……とまぁこんな感じなんだけれど、レイヴンったら真顔で受け答えするんだから可笑しくって!ジョルジオが浮かれている所なんて初めて見たわ!ふふっ」
「勿体無いです……私はそんなに美しくありません」
ドクンドクンと心臓が大きく鼓動して、目元が熱っぽい。
頬は赤いままだしジョルジオがそんな風に想ってくれているなんて、初めて好きになった人が彼で本当に良かったと思う。
セイランもレイヴンも、ジョルジオも、彼らが何故こんなにも良くしてくれるのか分からなくて裏切らないように応えられているか不安になるときもあったが、何かに期待をして求められているんじゃなくてただ純粋な好意なのだと最近初めて気付いた。
ジョルジオやセイランの真っ直ぐな優しさや、レイヴンのようにぶっきら棒だが父とも兄とも思える家族以外の人達からの優しさに触れたおかげだろう。
「貴女は美しいわ。容姿もだけれど強くて芯のあるエリスが私は好き」
「セイラン様……ありがとうございます」
(ほら、またこうして優しさを下さるの……)
「どうやら、私はジョルジオ様だけに愛を捧げられないようです。……セイラン様もレイヴン様も大好きで大切ですから」
「エリスっ」
セイランが花が咲いたように微笑んで瞳を潤ませた所で後ろの扉が開いて抑揚の少ない声が聞こえる。
「大丈夫だ、その愛は種類が違うからな」
「俺は心が広いから大丈夫だよ、エリス」
「レイヴン、ジョルジオ」
「殿下、ジョルジオ様っ」
「声を揃えて仲がいいな。突然すまないな」
そう言って微かに笑ったレイヴンに頬を染めながら「いいわ」と立ち上がって歩み寄ったセイランの表情を見て思った。
(甘くて、可愛い……好きが伝わる)
セイランとレイヴンを見ていると突然、耳元で囁かれる。
「エリスが可愛い顔を向けるのは俺だけでしょ?」
「ーっ」
「だから俺は幸せだよ、大切な人達がちゃんと笑ってる」
「私の慕情は……恋心はジョルジオ様だけのものです」
「ほんと、エリスは俺を煽るのが上手だ」
「へっ……何を煽……っ!!!」
「可愛い」
「見てレイヴン」
「あぁ、あれは誰だ?本当にジョルジオか?」
「ふふっ貴方もそれジョルジオに言われてたわよ」
「……そうだったか?」
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