29 / 77
29.祝福と苦悩の始まり
しおりを挟むめかし込んだジョルジオはクロフォード邸に馬車を停めた。
エリスと初めてオークション会場へとデートに行くからだ。
この国の風潮で、美しい美術品を令嬢に贈る意味は求愛や愛情表現とされている。
とは言え、親愛や情愛、贈る物によって意味も変わるが愛や性をモチーフにした美術品は高価であればあるほど令嬢への愛と力を誇示する。
くだらないとばかり思っていたこの風潮も、鈍感なエリスへの愛情表現としてはまさにぴったりだと思った。
あえて皆の前で求愛することで牽制という意味でも好都合だ。
オークション会場は初めてなのか、珍しい芸術品の展示や身分も顔も殆ど隠せていない無意味な仮面を付けた貴族達にエリスは少し驚いた様子でどこかあどけないその姿が可愛くて口元が緩む。
(あれは……)
偶々来ていたのはどう見ても肌も身分も隠すつもりのない装いのロベリアと中年貴族で、確かあの者は商いで功をなして富豪になった者だなと思い出す。どちらも此方に気付いたようで気の弱そうなその男にロベリアが何やら吹き込んでいる様子だった。
(おおよそ張り合うつもりだろう)
「ジョルジオ様、どうしたのですか?」
「いや、何でも。ところでエリスはオークションの意味を?」
見せつけるようにエリスと距離を縮めて囁くと頬を染めたエリスがこくんと小さく頷いた。
眼鏡をつけてないので良く見える表情は、真っ赤で潤んだ琥珀色の瞳がどこか色香を感じさせる。
身悶えている内にエリスの視線はとある二人を見つけたようで、顔色を青くした。
ミナーシュとトリスタンも来ているようだ。
だが幸い二人は気づいていないし席も遠いようで「大丈夫だよ」と他の者とは一段上がった所にある二人分だけ囲われている特別席を指さすと安心したように笑った。
「今日は、邪魔されたくないの」
「エリス……!」
その笑顔に思わず気合いが入って、ジョルジオがとても高価なピンクダイヤのオブジェをエリスの為に購入するとそれを見て自分も何か欲しいと羨むミナーシュの甲高い声が響いた。
こちらに気付いたトリスタンも何故かジョルジオに対抗心を燃やしているようで、気合い十分にミナーシュの言葉に頷いていた。
そんなミナーシュやエリスのパートナーを見てから自分のパートナーを比較してギリギリと歯を軋ませるロベリア。
(トリスタンやジョルジオのように見目麗しくないし、若くもない……)
(富豪だと言ってもジョルジオのようにオークションの目玉を軽々とプレゼントできるほどでもない)
あの冴えなくて地味だったエリスは確かに自分の引き立て役だったにも関わらず、今となっては国中の注目を集めている上に今日は女性達の羨望の的だ。
「ねぇ、貴方も頑張ってよ!私に恥をかかせるつもり!?」
「わ、わかったよロベリア……!」
ジョルジオとの差に悔しがって泣くミナーシュとジョルジオに勝ってエリスにいい所を見せたいトリスタンは途端に入札にも力が入り始める。
そんな様子を見て更にパートナーを煽るロベリアは思わず自分の口から出た言葉と顔を卑しく歪ませた中年貴族にゾクリとした。
「何でもしてあげるから!良いものを私に贈ってよ!!」
「ロベリア……そうかい……頑張るよ、ひひっ」
「ひっ!」
(でも仕方ないわ。エリスにもミナーシュにも負けられないのだから!)
他の目玉商品は結局全てジョルジオが落としてしまい「永遠の愛」と言う有名な美術品でもあり本日の目玉の内のひとつの対のティーセットを競り落とすことに決めるトリスタン。
司会の男の陽気な声が響く「永遠の愛」は愛する人に捧げることで特に大きな意味を持つからだ。
ふと、競い合う内にジョルジオは気付く。
「永遠の愛」を競り落とし、パートナーに贈る意味はこの国では正にプロポーズにも値すること……
「エリス、申し訳ないね。残念だけどこれは彼に譲るよ」
「そんな!私はもう充分です、気にしないで下さい」
「無欲だね」
「無欲ではありません、私は……ジョルジオ様の一番大切なものを欲しているのですから」
「一番大切なもの?」
「ええ……時間です。あなたの傍にずっと居たいと願っています」
「ーっ!!」
思わずジョルジオが抱きしめてしまいそうになった瞬間に、トリスタンが「永遠の愛」を競り落としたと司会の声と鐘の音が響く。
此方を自慢げに見るトリスタンだったが、二人は「おめでとう御座います」と口元だけでトリスタンにゆっくりと伝える。
会場中あちこちから「おめでとう御座います」と祝福の声が聞こえてトリスタンは事態に気付いてたちまち顔色を青くさせた。
「ちが……っ私はこれをエリスに……」
「きゃあ~~トリスタン様!!私嬉しいですぅ!!」
そう、トリスタンは公の場でミナーシュにプロポーズをしたも同然。
この話はすぐに広まりトリスタンは逃げ場なくミナーシュを妻に迎えなければならなくなったのだ。
「悪いね、トリスタン」
「ジョルジオ様、何か言いましたか?」
「いや、なんでも。愛してるって言ったよ」
「……私もです」
49
お気に入りに追加
1,523
あなたにおすすめの小説
【完結】捨てられた双子のセカンドライフ
mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】
王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。
父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。
やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。
これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。
冒険あり商売あり。
さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。
(話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)
婚約破棄をされた悪役令嬢は、すべてを見捨てることにした
アルト
ファンタジー
今から七年前。
婚約者である王太子の都合により、ありもしない罪を着せられ、国外追放に処された一人の令嬢がいた。偽りの悪業の経歴を押し付けられ、人里に彼女の居場所はどこにもなかった。
そして彼女は、『魔の森』と呼ばれる魔窟へと足を踏み入れる。
そして現在。
『魔の森』に住まうとある女性を訪ねてとある集団が彼女の勧誘にと向かっていた。
彼らの正体は女神からの神託を受け、結成された魔王討伐パーティー。神託により指名された最後の一人の勧誘にと足を運んでいたのだが——。
婚約破棄されたので、論破して旅に出させて頂きます!
桜アリス
ファンタジー
婚約破棄された公爵令嬢。
令嬢の名はローザリン・ダリア・フォールトア。
婚約破棄をした男は、この国の第一王子である、アレクサンドル・ピアニー・サラティア。
なんでも好きな人ができ、その人を私がいじめたのだという。
はぁ?何をふざけたことをおっしゃられますの?
たたき潰してさしあげますわ!
そして、その後は冒険者になっていろんな国へ旅に出させて頂きます!
※恋愛要素、ざまぁ?、冒険要素あります。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
文章力が、無いのでくどくて、おかしいところが多いかもしれません( ̄▽ ̄;)
ご注意ください。m(_ _)m
実家から絶縁されたので好きに生きたいと思います
榎夜
ファンタジー
婚約者が妹に奪われた挙句、家から絶縁されました。
なので、これからは自分自身の為に生きてもいいですよね?
【ご報告】
書籍化のお話を頂きまして、31日で非公開とさせていただきますm(_ _)m
発売日等は現在調整中です。

【完結】元婚約者であって家族ではありません。もう赤の他人なんですよ?
つくも茄子
ファンタジー
私、ヘスティア・スタンリー公爵令嬢は今日長年の婚約者であったヴィラン・ヤルコポル伯爵子息と婚約解消をいたしました。理由?相手の不貞行為です。婿入りの分際で愛人を連れ込もうとしたのですから当然です。幼馴染で家族同然だった相手に裏切られてショックだというのに相手は斜め上の思考回路。は!?自分が次期公爵?何の冗談です?家から出て行かない?ここは私の家です!貴男はもう赤の他人なんです!
文句があるなら法廷で決着をつけようではありませんか!
結果は当然、公爵家の圧勝。ヤルコポル伯爵家は御家断絶で一家離散。主犯のヴィランは怪しい研究施設でモルモットとしいて短い生涯を終える……はずでした。なのに何故か薬の副作用で強靭化してしまった。化け物のような『力』を手にしたヴィランは王都を襲い私達一家もそのまま儚く……にはならなかった。
目を覚ましたら幼い自分の姿が……。
何故か十二歳に巻き戻っていたのです。
最悪な未来を回避するためにヴィランとの婚約解消を!と拳を握りしめるものの婚約は継続。仕方なくヴィランの再教育を伯爵家に依頼する事に。
そこから新たな事実が出てくるのですが……本当に婚約は解消できるのでしょうか?
他サイトにも公開中。

婚約白紙?上等です!ローゼリアはみんなが思うほど弱くない!
志波 連
恋愛
伯爵令嬢として生まれたローゼリア・ワンドは婚約者であり同じ家で暮らしてきたひとつ年上のアランと隣国から留学してきた王女が恋をしていることを知る。信じ切っていたアランとの未来に決別したローゼリアは、友人たちの支えによって、自分の道をみつけて自立していくのだった。
親たちが子供のためを思い敷いた人生のレールは、子供の自由を奪い苦しめてしまうこともあります。自分を見つめ直し、悩み傷つきながらも自らの手で人生を切り開いていく少女の成長物語です。
本作は小説家になろう及びツギクルにも投稿しています。
婚約破棄された公爵令嬢は虐げられた国から出ていくことにしました~国から追い出されたのでよその国で竜騎士を目指します~
ヒンメル
ファンタジー
マグナス王国の公爵令嬢マチルダ・スチュアートは他国出身の母の容姿そっくりなためかこの国でうとまれ一人浮いた存在だった。
そんなマチルダが王家主催の夜会にて婚約者である王太子から婚約破棄を告げられ、国外退去を命じられる。
自分と同じ容姿を持つ者のいるであろう国に行けば、目立つこともなく、穏やかに暮らせるのではないかと思うのだった。
マチルダの母の祖国ドラガニアを目指す旅が今始まる――
※文章を書く練習をしています。誤字脱字や表現のおかしい所などがあったら優しく教えてやってください。
※第二章まで完結してます。現在、最終章について考え中です(第二章が考えていた話から離れてしまいました(^_^;))
書くスピードが亀より遅いので、お待たせしてすみませんm(__)m
※小説家になろう様にも投稿しています。
どうも、死んだはずの悪役令嬢です。
西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。
皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。
アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。
「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」
こっそり呟いた瞬間、
《願いを聞き届けてあげるよ!》
何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。
「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」
義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。
今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで…
ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。
はたしてアシュレイは元に戻れるのか?
剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。
ざまあが書きたかった。それだけです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる