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13.思っていたよりもずっと身近にある
しおりを挟む「お兄様、ありがとう」
「ああ。もうトリスタンの事は平気か?」
言葉足らずだが、兄の言葉には婚約破棄で悲しんだり苦しんだりしていないかという意味に吹っ切れたのか?という意味が含まれているのだと解って心がじわりと温かかった。
けれどももうとっくにトリスタンとは破綻していた。
吹っ切れるどころか、結婚する前に彼が馬鹿だと気付けて良かったとさえ思っているほどだ。
思わずスッキリした表情で「平気!」と、兄の目を見たくて眼鏡を少し下にズラして笑うと、次第にキラキラした表情になった兄ケールはがばりとエリスを抱え込んで「可愛い妹はもう何処にもやらん」と呟いた。
小さな頃から変わらない、優しさにほっとしながらちゃんと目を見合って微笑み合っていると「何してるんだ?」と不思議そうな声が聞こえ兄にしがみついたまま首だけ振り返る。
その際にチラリと見上げたケールは「は」と固まっており、仏頂面の兄にこんな間抜けな顔をさせられるのはほんの僅かな人達だけ。
「王太子殿下、団長……」
「しっかりと妹を離さないままな所がお前らしいなケール」
「え……禁断の恋、とかじゃ」
「違いますジョルジオ様」
「違います団長」
「ケールは元々シスコンだぞジョルジオ」
レイヴンとジョルジオが何故が王太子妃の部屋の方向から歩いて来た所で、ケールは私の髪を少し直してから照れくさそうに呟く。
「居るなら自分で渡しに来て下さいよ、団長」
「来るつもりじゃ無かったんだけど」
「すまないな、つい妻に用事を思い出して」
「お恥ずかしい所をお見せしました。お二人はご公務ですか?」
エリスが振り返る際、一瞬眼鏡を上げて直したように見えてその際に見えた気がする髪色と同じ長くてふさふさの睫毛。すっと通った鼻筋。
(幻覚か?美化しているだけかも)
隣に居るレイヴンを見ても特に反応は無いし気のせいかと振り払う。
本当は見間違えでも何でもなく、レイヴンはセイランにしか興味が無いだけなのと元よりエリスの素顔を見慣れているので反応が無いだけで、確かに一瞬エリス美貌はその分厚い眼鏡から垣間見えていたのだが、
ジョルジオの頭の中では「一瞬、女神かと思ったがあんなに美しい姿を見て皆こんなに無反応な訳がない」と勝手に考えていた。
(勝手に美化してしまうほど、エリスに焦がれているのだろうか)
「あぁ……末期だ」
「なんだ、病か何かか?」
「まぁ似たようなもんだ」
「団長、医者を手配しておきます」
「……嫁馬鹿と脳筋。頼れる人間が居ないぞ」
実際に恋の相談なんてものはされる側でありした事はない。
かと言って他人事であればポンポンと良いアドバイスも思い付くが、自分の恋には鈍くて臆病なもので、相変わらず見えない表情のエリスをチラリと見てドキドキと早まる胸に「止まれ」と心の中で唱える。
恋心に鈍感なのに、空気や表情が読めるエリスはそんなジョルジオの胸中など知らず首を傾げて熱を測るかのように「失礼します」と手の甲で首元に触れる。
「ーっっ!!」
「ジョルジオ様、熱は無いようですが顔が赤いですね」
「いやっ、あ、えと……大丈夫だよ」
尻すぼみに小さくなる声でそう言って、エリスの手をぎゅっと握ったまましゃがみ込んだジョルジオに肩を震わせるレイヴンと、ぎょっとした表情をするケール、「立てますか?熱でしょうか?」と困った声で動揺するエリスと三者三様の反応の中、
「わっ、なんて素敵なの!そう言う事!?」
「「セイラン」」
「セイラン様」
「妃殿下」
見事に四人の声が被る、にんまりと笑うセイランに助けを求めるような声のエリス。
ケールがそっとジョルジオの手をエリスから解いて代わりに繋いでやるその表情はいつもの仏頂面で、
レイヴンはもう我慢できないというように、辛うじて声こそ出していないが肩を震わせて涙目である。
「ふふ!心配して来てみて良かったわ」
エリスがいつも早めに来るのに、到着しないのでまさかと思って出てきたセイランとその護衛。
四人の状況を見て満足そうなセイランと、もう笑いを我慢できないレイヴンと無表情のケール、そして意味が分かっていないエリス。
真っ赤な顔をゆるゆると上げてレイヴンとセイランを見たジョルジオと、
困った表情で中々離してくれない(今は兄の)手を見つめてからセイランとケールを見たエリスの声が見事に被る。
「「たすけて」」
もう限界だと笑い始めたレイヴンをセイランが叱って、恥ずかしそうにムッとした表情をしてから顔を埋めて座ったままのジョルジオ。
「団長、いつまで握るつもりですか」
「え"」
「ぶっ」
「ふふっ」
「いつの間にケールの手に!最悪だっ!」
「皆さん、仕事をしないと……」
皆ちゃんと仕事に戻ったのはそれから数分後だったという。
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