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12.他人に靡くのは腹が立つんだ
しおりを挟むどれ程エリスが理不尽な目に遭っても、休日に素敵な一日を過ごしたとしても、日常は立ち止まることはなく、今日も仕事モードのエリスは特に浮き足立った様子も、落ち込んだ様子もなく冷静だ。
一つ変わった事といえば、かっちりと隙がなく纏められていた髪を少し緩く巻いてからふわりとまとめられた事くらいで、
少し髪型を変えたからといって飾り気のないドレスと分厚い眼鏡は今日もエリスの美貌を上手く打ち消している。
彼女の装いは特にマイナスすべく点は無いが、褒めるべき点を探すのも難しい数字にするならば、言わばゼロなのだ。
眼鏡によって謎に包まれた顔立ちと、その装いは令嬢として侮られるのには充分だったというだけでそれも好きでしていた訳じゃなくて、トリスタンの独占欲や劣等感、最後辺りには見下しもあったが、
それによるモラハラから少しずつ今のエリスの装いに形成されたものだった。
(つい癖になってしまったわね……)
着飾る事は誰に対して申し訳ないのか、
誰の為に好みを変えるのか
もう今となっては意味の無い事なのに習慣とは恐ろしいものね。と溜息をつきながら王太子妃宮までの慣れた道を、優雅に歩く彼女の足を止めた人物に二度目の溜息をついた。
王宮で人に会うことなんて珍しいことではない。
仕えるべき主君であり、直属の上司であるセイランと王太子であるレイヴンには勿論、王族であり王宮で執務や訓練をするジョルジオだってその部下である兄だって例外ではない。
(なのによりによって何故この人なの)
そして時たま、高位貴族が仕事で登城する事もあるわけで……
「エリス、何だその髪は」
「少し緩めに纏めただけですが」
「色気づいているのか?お前など誰も相手にする訳がないだろう、私いが……」
「貴方に言われる筋合いはありません」
「ーっ!!!」
「申し訳ありませんが仕事がありますので」
「エリス!待つんだ!」
「貴方は他の方を選んだのですから、私の髪を今更とやかく言う必要があるのですか」
呆れたように振り返る事もせずに言ったエリスの肩をとうとう掴んで無理矢理向かい合ったトリスタンに眼鏡越しにでも分かるほど嫌悪感に歪んだ表情を見せたエリス。
カァっと顔を赤くして怒ったトリスタンは、
大きめの声で「何故男に色目を使う!?」と怒鳴った。
「は……」と小さく声を漏らしたエリスの肩からトリスタンの手を払い除けてエリスの肩を抱いたのは兄のケールだった。
「お兄様」
「大丈夫かエリス」
「ええ……どうして」
「団長からの遣いだよ、で……妹に何か用が?」
「いや……なんでもない。もう行く!」
トリスタンは兼ねてより、エリスを溺愛するケールとウマが合わず苦手だった。
エリスが変わった原因がきっとトリスタンにあるとずっと思っていたケールもまたトリスタンが好きでは無かった為、トリスタンはよくケールに怯えていた、今日もまた同じように逃げて行こうとしていた。
エリスと同じブロンドの髪に、琥珀色の瞳が輝く美丈夫は精悍な顔立ちながら色白で高い背と細身の筋肉が繊細にも見える。
似ていないと言われる兄のケールは、そんな噂にもいい顔をしないし妹を溺愛している故、今回のトリスタンとの件を甘んじて受け入れることなんて出来ない。
「トリスタン」
「な、なんだよケール卿」
「うちの妹にはもう二度と近寄るな」
「は……!?」
「あの歩くフリルのような令嬢が居るんだろう」
「ミナーシュは……っ!!」
「お兄様、怒ってくれてありがとう」
ひどく穏やかな声だった。
トリスタンの聞いたことのないような優しくて、どこか甘えるような声にどくんと心臓が波打った。
(聞いたことない……私のモノだったのに、知らない!)
ジョルジオにも、他の男にも、兄であるケールでさえも、うんざりしていたはずの地味なエリスに触れるのが許せない。
自分でも戸惑うほど腹が立って仕方がない。
「エリス、行こう送るよ」
けれど、エリスにかけた優しい声とは違う振り返ったケールの鋭い瞳に怯んで一歩も動けなかった。
「くそっ!!!」
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