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9.なんであんな地味な女が
しおりを挟む「ねぇトリスタン~集中して?」
組み敷いたロベリアは綺麗でそんな雰囲気にもその気にもならなかったエリスと比べれば泥雲の差だし、可愛いが純粋なミナーシュと違って何でも許してくれる大人の女だ。
都合の良い女と言えば失礼だが、特にロベリア自身が一人の男に固執することもなく自由を楽しんでいるようにも見えるのでお互い様だろう。
「あぁすまない」
「いいのぉ?私、エリスの親友だし貴方ミナーシュ嬢と交際したんでしょ?」
「エリスについては、今更何を言うんだ。別れる前からずっと隠れて会ってただろう」
「ふふっ、エリスより私がいいって言ってた事知ったら傷つくかな?」
「ははっ、そうだな」
エリスが傷付くことを想像すると何故か気分が良かった。
エリスは地味だがミナーシュのような趣味の悪いドレスは着ないし、ロベリアのようなマナー違反なまでのキツイ香水は付けない。
食事中に一方的に話して来ないし、食べ方もズバ抜けて綺麗だった。
そこまで考えて余計に苛立ってロベリアを荒々しく抱く。
「何でっ……あんなに地味で冴えない女がいいのよッ」
心でも読まれたのか、エリスのことを考えているとそう投げつけられたロベリアの言葉にハッとする。
(初めからあんなに地味だったか?)
結婚するなら慎ましく穏やかな女が良い。
それは昔から変わらず抱いている理想だが、だからといって野暮ったいのは論外だ。
この間のパーティーで惜しげもなく見せつけるように重力に従っておりた美しい髪を見てひとつ思い出したのは昔はあの髪がとても好きだった事だ。
他の男達を誘惑するように揺れる髪……
(あ……違う、髪だけじゃない)
スラリと伸びた長い脚も、細いのに程よく肉づいた女性的な身体も。
形の良い唇も、貴族令嬢らしい真っ白な肌も全部他の男達から隠したくて自分だけの淑やかで誠実な妻になって欲しくて「似合っていない」「華やかすぎると」そんな気持ちを押し付けるように小言を言い続けていた。
その所為で触れる気も見つめる価値もないほど地味になってしまったが……
(私の所為か……?)
けれど、顔は?どんな顔だった?
顔だけ思い出せなくて、もうかなり幼い頃にしか誰も見た事がないだろうエリスの顔はきっと、目が悪くもないのにあの厚い伊達眼鏡が必要なほど不細工なのかもしれないと考えることにして、
自分の下に居る顔だけしか良い所がないロベリアにひとまず集中することにした。
(あーエリスにロベリアの顔がついていて、ミナーシュほど素直で愛嬌があったら私だってエリスだけを愛したのに)
「トリスタン……っどうしたの?」
「いいや、ロベリア。綺麗だよ」
「じゃあ妻にしてくれる?」
「揉め事を起こさなくなったら考えてもいい。私は穏やかな淑女が好きだ」
「ふーん、あのミナーシュって子は?」
「ああ!ミナーシュはか弱い上に素直だよ。無礼な時があるが悪気は無いんだ、少し天然でね……」
「あっそ、まぁいいわ……」
(そろそろムカつくからエリスをどん底に落としてやらなきゃね)
「ねぇトリスタン?今度、エリスの邸の近くなんだけれど新しいガーデンカフェが出来たの……行かない?」
「……!あぁ、行こう」
自分だって、エリスとジョルジオに見せつけられて嫌な思いをしたんだからエリスにも見せつけて傷つけてやりたいとそう思った。
冴えない地味女の癖に、自分を揶揄うなんて本当に腹立たしい女だと腑が煮えたぎるような気分だ。
エリスなんてどうでも良かったが、何故か知られたくなくて隠していたロベリアとの関係もこの際見せつけてやれば気が晴れるような気さえした。
従順なまま、泣いて縋ればお飾りの妻として考えてやっても良かったものの、いい男を侍らせて調子に乗っているからこんな目に遭うんだと笑ってやろう。そう思った。
何が嬉しいのかニヤニヤと笑うロベリアが不気味だったが、ミナーシュを揉め事や危険に晒すわけには行かないしこの程度の女が丁度いいだろう。
「じゃあ、三日後のお昼にしましょう?」
「分かったよ、とびきり綺麗な君を楽しみにしているよ」
「ふふ、任せて。誰かさんと違ってダサいフリルもつけないし、地味な冴えないドレスも着ないから」
(ミナーシュとエリスのことか?)
「嫉妬してるのかロベリア」
「そんな訳ないでしょ、勘違いしないでよ」
「そうか、良かったよ」
「ふふ、じゃあもう一回……」
頭の中は何処か雰囲気が柔らかくなったエリスの姿でいっぱいで苛立ちが収まる事は無かった。
「ーっくそ!」
幸せそうに寝息を立てるロベリアのキツイ香水も、明日になればマナーも糞も無くドタバタと自分を訪ねて押しかけてくるだろうミナーシュの大声も全てが煩わしく感じた。
(それに比べればエリスは……穏やかで優しかったな)
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