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ディートリヒから見たイブリア
しおりを挟む「シュテルン侯爵、この間は……」
新興貴族だ、成り上がりだと皆が距離を取っていた筈が、イブのお陰もあって今ではパーティーでシュテルン侯爵として皆と談笑している。
一歩後ろでほほ笑みなから対応するイブは流石完璧で、その立ち位置は護衛騎士だった今までとは逆で妙な感じがした。
「ディート」
イブの声と視線に連なって、目線を向けると意外にもすっかり王太子という役が板についたセオドアと彼に連れられて来たのかルシアンが居た。
「セオドア殿下……ルシアンも居るのか」
「はい……」
ルシアンは騎士ということもあり侯爵となった僕に敬語を使ったが、幼く生意気だった頃の彼らを思い出してむず痒い気分になった。
「昔のままでいい」
ルシアンは気まずそうに「わかった」と返事をしたが、その罰の悪そうな顔はいつもイブを引き留めておきたくて僕に意地悪をした後に見せた表情のままで少し可愛くも思えた。
隣のイブリアは成り行きを見守っている様子だが、あの時から自分はイブのそばにきっと一生居て守るんだと決めていたので特にルシアンが憎いことは一度も無かった。
「じゃあ、ディートリヒこそ。俺にも昔のままでいてよ」
セオドアは元々カミルや僕によく懐いてきたし、色々あったのだろう酷く変わってしまうまでは幼い頃は弟のように可愛がっていた。
二人の幼い面影に少し笑ってと短く返事をしたくらいに、向こうからやってきたセオドアの側近らしい青年がイブと僕を見て目をキラキラさせた。
「殿下、其方は……」
「この人達がシュテルン侯爵とバロウズ令嬢だよ」
側近はミセルと言うらしく、面倒見の良さそうな者だった。
あれから暫く経ったがルシアンは真面目に王宮の騎士として務めているようで、何かと登城する機会の多い僕によく剣や魔法の手解きを頼みに来る。
セオドアもルシアンも時間が空くと今までの横着が嘘だったかのように鍛錬や魔法を学ぶのに必死になっていた。
涼しい顔をしているイブの横顔を見て、胸がきゅっとした。
彼女の魅力や心の清らかさは人をも変えてしまうほどで、きっと二人は今でも目的の内に、イブに認められたいという想いもあるだろう。
大切で、好きで仕方がなくて、でも嫉妬よりも彼女を誇りに思う気持ちが優っていた。
(僕のイブはなんて、罪な人だ)
ふとイブがふわりと笑みを見せて、どくんと心臓が波打った。
どうやらセオドアとルシアンに至っては見惚れているようで、何故か可愛いイブの笑顔を隠したくて身を屈めて覗き込んだ。
「イブ、どうかしました?」
「いえ、少し昔を思い出して」
イブの言う昔とは、僕が思い出す幼い頃の記憶と近いだろう。
みんな居て、皆で国を良くするのだと共に誓ったあの時だった。
酷く変わってしまった現在は彼女にとって不本意なものではないか?
ちゃんと僕が幸せにするんだって内心で決心する。
「「「……」」」
何処となく切ない雰囲気が流れるのは其々が僕と同じで何かを思い出しているのか、穏やかな沈黙が流れる。
そんな空気を全く読まない聞き慣れた親友の陽気な声が割り込む。
「あーもう、何で俺に預けんだ……五月蝿くて仕方ないよコイツ」
「ぼ、僕だって……まさか貴方の預かりだとは……!」
悪態をつくカミルの後を歩く顔を赤くして反論するレイノルドは、
ルシアンの側近の職を解かれ家門の仕事に専念していたが、彼の父によってレイノルドの教育の為強引にカミルの元へと預けられたらしい。
イブと同じ髪色に瞳の色、良く似た白い肌に整った容姿は黙っていれば今以上に人目を惹く美青年で呆れた様子でカミルを見るイブの顔つきはそれでもカミルの登場によってどことなく妹のものとなっていて愛らしさが募り顔に出さないようにするのが難しい程だった。
「カミル……」
「元々イブの幼馴染でもなぁ……ほんと弱いし我儘なんだよ」
「ーっ!カミルさんっ……!」
顔を見て赤らめるレイノルドの様子はチラリとイブを視界に入れており、彼女に恥ずかしい一面を見られるのが嫌なのだろうとすぐに理解すると、彼が昔からイブの背ばかり追いかけていたのを思い出した。
面倒だと騒ぐカミルを見て「ふぅ」息を吐いて無視を決め込むと早くこの場から去ろうとイブをエスコートした。
イブの冷めた目と「酷いぞディート!」と騒ぐカミルに思わず笑みが溢れると突然視線が集まったような感覚がして首を傾げた。
セオドアが突然耳を貸せと言わんばかりに追ってきて、
「どうやら令嬢達の目線は鈍いディートに釘付けだな、イブは不安だろうなぁ」
軽く目を見開いて振り返ると、イブの瞳は不安に揺れており言われて見ればこちらを見ている気がする令嬢達を心配そうに気にするイブはまさか嫉妬でもしたかのように添えている手をぎゅっと強く握った。
(僕の為に、そんな顔を?)
不謹慎だが、嬉しくて頬が緩む。
けれどそんな事よりも、イブを不安にさせたくないのが一番で思わず騎士の誓いのように手の甲に口付けた。
他人の目に疎い僕に助け舟を出したのか、イブの幸せの為に助言したのかは分からないがセオドアには感謝するべきだろう。
(僕の全てはいつもイブのものなのに、そんな顔しないで)
「ディートっ」
「僕にはイブだけが美しく見えます、今も昔もこの先もです」
僕と繋がれていないもう片方の手をむねに当てたイブの顔は赤く、それでいて切なくてもう表情だけで好きだと訴えてくるようで僕の胸は五月蝿い。
「突然どうしたのっ……?」
「ただ、今伝えておきたくて」
今、会場はいつものように僕たち二人を見ているだろう。
この完璧で愛おしい婚約者の隣に並ぶ事を認められているという気がした。
僕の隣にはずっとイブだけが居て欲しいのだと込めて彼女の手を握り返した。
「私もずっと、ずっとディートだけが愛する人よ」
あぁ、ほらまた貴女は僕をそうやって甘やかすんだ。
どうやらイブをずっと見つめていたルシアンの立ち位置上、ふと目があったイブとルシアン。
眉尻を下げ微笑み、口元だけで分かる。
はっきりと「おめでとう、幸せに」と言ったのだと。
何故だか全てが終わった、やっとだ。
イブが辛いことや蟠りから解放されればいいと思った。
全部綺麗に僕が終わらせていくから、
幸せになって欲しかった。
彼とは恋人にはなれなかったかもしれないけれど、確かにあの時皆で国の平和を誓い合った友なのだから。
泣きそうな、それでも僕に愛を与えるような輝かしい笑顔を向けたイブはやっぱり僕にとっては全てだ。
優しく手を握りなおしたものの、あまりにも可愛い顔で笑うから表情管理がうまくできない。
その桃色の瞳が熱くて、弧を描く唇が美しくもどこか愛らしい。
「イブ、今夜は休ませてやれないかもしれません」
皆に聞かれぬようにイブの耳に唇を寄せると、小さく頷くイブが僕を受け入れてくれた事にやっぱり僕の頬は赤く染まって格好悪いので顔を背けた。
(愛しています、イブ)
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