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騎士と婚約者
しおりを挟む「なんだ、この部屋は!?」
カミルの問いかける声に答えるはずの二人はとっくに部屋を出ており、仕方なく来慣れた部屋を元通りにするために魔法を放った。
「あの……カミルさま?」
ひょっこりと顔を覗かせたのは、この城の使用人件護衛であるヒッピというまだ幼い少年で「お、お嬢様が……誤解を……っ」と焦った様子で伝えた。
「イブが、誤解?」
「旦那様は、お嬢様を女性として愛しているのではないのだと仰って、けれど旦那様は……」
"ディート、あなたは私を女性として愛しているのではないわ"
"いいえ。私にとってイブが全てです"
婚約者というよりはまるで今まで通り、中でも外でも護衛騎士のように振る舞うディートリヒとの関係をかえようと思って、あの手この手で恋人らしく振る舞う努力をしたイブリアは一か月で先その言葉が出たのだという。
歩く時もイブリアの後、触れ合って愛おしげに寄り添うこともあるが触れるだけのキスが精々でイブリアの身の回りの世話を相変わらず自分でやきたがるディートリヒは恋人というよりも護衛騎士の振る舞いそのものだった。
"私にとってイブが全てです" と言う言葉は嬉しいものの、昔から変わらぬその言葉はまるでイブリアお嬢様に向けた言葉に感じて、
耐えきれずにイブリアは「もう、ディートなんて知らないわ!」と出て行く始末になったのだという。
先程の困ったようなディートリヒの、初めてみるパターンの表情にカミルは「ぷっ」と吹き出した。
「か、カミル様……!笑い事では……っ」
「あぁ……大丈夫だよ。イブももう大人だ」
(それに、いくら疎くても成長しないとなディート)
天然タラシではあるものの女心を全く知らない、むしろ女心などと言う言葉自体知っているのかと疑問に思う程疎いディートリヒも、とうとうそれを学ぶときが来たのだと考えるものの、少しだけ心配になってバロウズ邸に手紙を飛ばした。
「カミル様は今日はシュテルン城にお泊まりになるらしいです」
「何かあったのか?」
「いいえ……ただイブリアお嬢様の為だとだけ」
「はぁ……いざとなったらゲートを開けばいい。放っておけ」
「御意」
「一人にして、ディート」
そう言って瞳を潤ませるイブリアの様子が最近少し前とは変わったのには気づいていた。
自分なりに尽くそうとした結果が彼女を悩ませている事には今さっき何となく気付いたものの、どうしたらいいのかが分からなかった。
今までだって、今だって、ずっとずっとイブリアを愛している。
その気持ちは減速することなく予測できない速さで膨れ上がってディートリヒの全部を占めているというのに、何故イブリアは怒ったのか?
欲張りになっていく自分に、触れたくなる劣情に、耐えて彼女を傷つけてしまぬように大切にしてきた。なのに……
「何で泣くのですか、イブ」
「私の問題よ」
「いいえ、僕たちの問題です」
きっとそのような感じがした。
これは二人の問題だと思った。
「貴方は、私をイブリアお嬢様として大切にするわ。けれど……私はあなたの婚約者として愛されたいの」
「愛している」この言葉の重さがどう伝わるだろうか、
むしろ知られてしまえば引かれてしまわないだろうか、
どうやったら、婚約者として愛している事になるのか?
けれどもイブリアの濡れた瞳に胸が引き裂かれて、苦しくなった。
取り繕い、飾った言葉ではきっと伝わらないと思った。
ふと、カミルがよく「お前の言葉で、お前の本音がききたい」と言ってヘソを曲げていたのを思い出した。
「愛しています。狂おしい程に、イブが好きで、僕の全部を占めている。貴女に触れたいし僕以外には触れられたくないと思うほどに」
ディートリヒの熱を帯びた瞳に、イブリアは一瞬びくりと肩を揺らしたが直ぐにかあっと顔を赤めて「噓よ」と呟いた。
「嘘じゃありません。僕はイブを知っても知っても知りたいと思うし、誰にも傷つけさせない為に、奪われない為にとそればかり考えている」
「私は、他の誰の元へも何処へもいかないわ!」
「分かっていても、怖いのです。愛しているから」
「……私は、貴方に隣を歩いて欲しい。私の部屋を守るのではなくて一緒に眠るまで話をしたい、愛されるばっかりじゃなくて、私の愛してるを受け取って欲しいの!」
「受け取って、欲しい?」
「貴方は、与えるのは得意だけれど受け取るのは苦手なのね……これじゃあずっと護衛騎士と令嬢のままよ……褒美や給与ではなくお互いがお互いの愛をちゃんと受け取っていたいのよ、ディート」
「イブ……僕は、貴女のことが愛おしくてずっと守ろうと思っていました。けれど今、貴女からの愛を受け取れると想像すればとても……とても胸が温かくて幸せです」
「……癇癪を起こして御免なさい」
「いいえ、僕が未熟でした。イブ……では僕の夢をひとつ叶えてくれませんか?」
「夢……」
「近頃ずっと、貴女と並んで手を繋いで歩きたいと考えていました」
「へ……そんな事?」
「イブも同じように考えてくれると知って嬉しくなりました」
「……ディートっ!」
目尻に涙を浮かべてディートリヒに飛び付いたイブリアを受け止めて彼女の頭に触れるか触れないかのキスをすると「待って」とイブリアに囁いてから、いつも通りの抑揚の少ない声で声をかけた。
「カミル、いつまで覗いているつもりだ」
「え"っ、ごめん」
そう言ってバツが悪そうに出て来たカミルの足元でヒッピが転んだのを見て、三人は笑った。
「とても幸せよ、ディート」
「僕も幸せです、イブ」
「くそぉ、マルティナに会いたい……」
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