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立ち上がる、怒れる者
しおりを挟む(イブの魔力は薄まってる、意識が無いのか?)
ディートリヒは魔法で伝達をバロウズに飛ばすと、イブリアの魔力を感じた方へひたすら追った。
バロウズ邸では、ディートリヒの伝達を受けて怒りと不安が渦巻いた。
不穏な空気の中、カミルの大声が響く。
「イブが、誘拐されるなんて!!ディートはケルエンの仕業かもしれないと!俺もすぐに追う!!」
「待てカミル!考え無しに飛び込むな……!」
「駄目だ父上!イブはたった一人の妹なんです!兵を集めろ、俺がゲートを作ったらすぐに全員でケルエンへの国境地帯へと潜る!」
(仕方あるまい……)
「カミル、必ずディートリヒとお前でイブリアの安全を確保しろ」
「はい!!」
「私は王宮へ急ぐ、後で追う。頼んだぞカミル」
頷いたカミル瞳の瞳孔は開き、冷静とは言えなかったがそれ程に妹を大切にしていた。カミル同様イルザも愛娘を誘拐された怒りを辛うじて堪えているのだとその開いた瞳孔と殺気が語っていた。
もう、誰のものか分からぬほど殺気と禍々しい魔力が巻き上がるバロウズ邸を出たイルザはケルエンへ、イブリア奪還の為に兵を送る許可を国王に取る為に王宮へと急いだ。
「……一刻を争います。ケルエンへ進軍の許可を」
許可を得るというよりは、今すぐにでも全てを壊してしまいそうな雰囲気のイルザの言葉の真偽を疑う理由は無かった。
「陛下……俺が私兵を出します!!すぐに許可を!!」
いつも悠々としているセオドアは酷く取り乱し、すぐにケルエンへ私兵を送ると国王に詰め寄った。
国王は気持ちを落ち着かせるように息を吐くと、落ち着いた声色でセオドアとイルザに話し出す。
「まぁ待て、聖女の脱獄とケルエン、そしてイブリアの誘拐。ケルエンの王太子はイブリアに執心だった事を考えても無関係とは思えん。それに……もう既に一人ケルエンに乗り込もうとして居るものが居るだろう」
「ディートリヒ……」
(二人だ。既にカミルの奴も兵を連れてゲートで送った……)
イルザは内心でカミルとディートリヒの無鉄砲さにハラハラさせられたが、何もいつもこうではないのだ。
イブリアの事となると見境がなくなる二人はいつもそうだった。
今回もきっと、度の越えた制裁を下してくるのだろう。
けれども今度ばかりはそれが頼もしかった。
(二人なら大丈夫だ、イブも強い子だ)
けれども、イブリアが捕まったという事はそれなりの理由もしくはそれなりの強さの者が居るということ。
(逃げ切られる前に、隠密にケルエンを包囲せねばっ)
「では、許可を頂けますね?陛下」
「ああ、我々も尽力しよう。セオドア、ルシアン達を呼べ……」
「はい、陛下」
「イルザ、戦略は」
「内部へは、ディートリヒ、カミルがもう向かって居るでしょう。未熟な者では逆に奴等の巻き添えをくいかねません。少数精鋭で進軍します。外部はゲートを使い気付かれぬよう速やかにケルエンの包囲を……」
「だがゲートを開くには通常の者だと時間がかかる」
「私が、やりましょう」
イルザは両手を開けると大きなゲートを左右に開いた。
「「!!」」
「ほう、衰えておらんなイルザ」
「陛下もでしょう。酷く疲労はしますが……」
「仕方あるまい。ゲートは私とイルザで開く、兵を整え次第報告を!」
「……!はい、陛下」
国王とイルザの力を久々に感じたセオドアはどくんと胸が高まる。
皆が憧れた、若い頃の二人の面影がそのままだった。
「セオドア、ルシアンと共にケルエン国内への精鋭の編成を」
「ケルエン国王はまだこの国に?」
「あぁこの後会食がある、王妃の準備は?」
「整っております、陛下」
侍従がそう答えると、「王妃に伝えてくれ。ケルエンの王妃を足止めし国王を逃すな、奴は若い妻を溺愛している」
会食の席で、ニタァと何か裏黒い笑みで国王を見たケルエンの王を弱々しくも美しい雰囲気の若い王妃が心配そうに上目遣いで見つめている。
そんな様子など関係ないと言うように、王妃は流石大国の国王を支えてきた女性だ。
堂々とした様子で、表情を崩さずにただ二人を静かに見た。
(イブリア、無事でいなさいきっと)
けれども内心ではイブリア達の無事を切に祈っていた。
弱々しく優しげなケルエン王妃の裏の顔はもう分かっていた。
彼女の目的はこの国を奪う事。
若く美しい妻にうまくそそのかされたケルエン王を国王は睨みつけるような瞳で真っ直ぐに見つめた。
「ランベール王妃様はとても凛々しくてお美しいですわ……私とは違って……」
「そうですか?ですが、ひとつ言える事があるとすればランベールの女性は皆強いと言うことです」
「……え」
「ランベールの男達は皆強く誇り高いので、それに並べる女性でないとなりません。到底簡単な国ではないのです」
国王と共にケルエンを牽制する王妃は政務からは暫く外れていたが、それでも王妃としての威厳を失わず堂々としていて頼もしかった。
そんな王妃を見て、国王はあの一件以来すっかり毒が抜けたもののやはり、彼女らしいと、強くて美しいと感じた。
(ああ……ずっとこの気高く美しい女性が好きだった)
長く寄り添ったつもりだったが、今更自分の本当の気持ちに気付いた。
自分は誰も愛さぬようにしていたのだと、こうなった国王を沢山見てきたからだった。
若い妻の言いなりのケルエンの国王を見て改めて思う。
(けれども我が妻は愚かな女ではない、不器用だが強い人だ)
チラリと横目に見える王妃の、イブリアやルシアン達を案じてテーブルの下で手を震えさせる手をそっと国王は握った。
そして王妃にだけ聞こえる程度の声で囁く。
「大丈夫だ、アレは私とお前の子だ。それにイブリアはお前の教え子だろう」
(すまんかったな、王妃。王としてきっと国を守って見せる。……あなたの事もだ)
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