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変化する白は黒に
しおりを挟むセリエの監獄での日々は静寂と屈辱の繰り返しだった。
大抵は暗い最下層で一人きり過ごす事が多かったが、時折ほかの囚人達と仕事をする時間があり、初めは親切に振る舞っていた者達の狙いが何なのかを知った時には屈辱と怒りの感情に苛まれた。
それでもあの時ディートリヒに封じられた声は出ないままで、ただ耐えるしか無かった。
ふと、誰にも声が届かずに孤独になるという状況はこんなにも辛いものかとイブリアを思い浮かべたが、「イブリアは他の物は何でも持ってた」と憎しみを取り戻してかき消した。
ある程度の日数が経ってセリエに王族の子が宿っている可能性が無くなると、セリエの刑務の時間は他の者と同じだけ増えて、過酷な労働を強いられた。
囚人の頭的存在であるマンボハは体格のいい囚人にしては優しげな風貌の男だった。
彼は初めこそ親切にしたが、たちまちセリエを力と恐怖で従わせて自らの女だと言い放った。
皆に知られながら辱められ、暗い闇に一人堅いベッド眠る生活はセリエの心をさらに闇に染めていった。
(イブリアさえいなければ、王妃さえ言う事を聞いていれば……)
恨みは募るばかりで、取り繕う余裕もない程に負の感情で溢れていた。
ある日自らの身体を治癒しようとした時に、聖女の力を失ってしまった事に気付いたセリエ。
けれども、もう一つ気付いた事があった。
「聖女、お前は俺の女だとまだ自覚が無いようだな」
「……」
「こいっ!!」
「ーっ!」
(殺してやる、殺してやる、殺してやる)
絡めるマンボハの手に爪を立てたセリエの所為で彼の手からは血が出る。
跨るマンボハを睨みつけ、何度も殺してやると呟いた。
彼はたちまち苦しみもがき始め、息絶える。
聖力とは異なるものが身体を巡る感覚がした。
セリエはその日から自分を襲う囚人達で実験を繰り返した。
セリエの力では、精々魔法を使えない者を死に至らせる事はできるが大抵の魔力保持者には跳ね返されてしまうこと。
彼女が魔力保持者に対して使いこなすのに成功した技は精々「眠れ」「止まれ」「黙れ」程度のものだったがこの得体のしれない力は使い方次第では復讐を遂げるのに役立つだろうと、常に思案した。
(この状況から抜け出さないと……)
それから暫く経ってからだった。
セリエが何者かに連れ去られ、彼女が脱獄した事を報告された国王は混乱を避ける為に秘密裏に厳重体制を取った。
ヒガン監獄はそれほど甘い場所ではない。
誰が、どうやって、目的は聖女だったのか?様々な疑問と、綺麗に消されている形跡はプロの仕業だったことに国王はやはりバロウズとシュテルンを頼らざるを得なかった。
「イルザ……すまんな」
「いいえ、臣下としてすべき事をするまでです陛下」
「もう、隣国ケルエンとの交流会の時期だというのに……」
「あまりに綺麗に痕跡が経たれていますが、うちの者達がなるべく早く解決するでしょう。私も警備に尽力します」
イブリアとディートリヒが受け持って調査している内に、ケルエンとの交流会の日になった。
ディートリヒは監獄での調査に残ったが、イブリアはケルエン使節団の出迎えでの重要な役割を担っている為にディートリヒとは別行動となった。
無事に役割を終えて、王宮を早足で歩くイブリア。
彼女を引き留めたのは、ケルエンの王子イスルカだった。
「イブリア殿」
「イスルカ王太子殿下……お部屋には城の者が案内致しますわ」
「少し、話がしたいんだが……」
そう言ってイスルカが目を細めた時だった。
数人の者達がイブリアを取り囲むと素早く攻撃を仕掛ける。
「殺すなよ!」
(王宮内だけれど……仕方ないわね)
イブリアが魔法を使用し、総攻撃を咄嗟に防いだ時だった。
彼女が攻撃魔法に転換する寸前に取りこぼした小さな攻撃がひとつ彼女の手の甲を擦り血が床に落ちると、黒いフードを被った者がその血を自らの指先で拭う。
(取りこぼしたわ……けれどただの擦り傷ね……っ!?)
途端に耐えがたい眠気に襲われ瞬時にその場に崩れ落ちる。
イブリアな大きな魔力を使ったのに気付いたディートリヒがその場にゲートを開いた頃にはもうイブリアの姿は無かった。
「…‥イブっ!」
争った形跡が残るそこには、手袋が片方落ちており裏側にはケルエンの紋章が刺繍されていた。
大きさから女性か小柄な男性のものだろうその手袋を手にとってディートリヒは堪えきれない不甲斐なさと怒りが溢れるのに耐えた。
(僕が、守ると誓ったのに……っ)
ゲートでは痕跡が残る為、途中からはイブリアを抱えて逃走するケルエンの者達は人間とは思えない魔力の圧力に思わず足がすくんだ。
「化け物がいるな……」
「追いつかれる前に次のゲート地点まで急ぐぞ!」
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「……」
頷いたフードの女に舌打ちしたケルエンの者達は、迫るディートリヒの魔力に怯えながら急いだ。
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