36 / 56
保身優先、剥がれるメッキ
しおりを挟む国王の話は驚愕するものであったが、現状況としては致し方ないともいえる考えであった。
当の本人は、眉間に皺を寄せて悩んでいる様子だがディートリヒは相変わらず表情を変えなかった。
「……わかりました。僕は魔法騎士団所属ですのでどちらになっても特に問題ありません」
「まぁそう言うな……魔法騎士団は直に魔塔の復活を遂げるだろう。そうなった時良い関係を築きたいとも思っている」
「……」
考えるような仕草をしたディートリヒに続いて、セオドアもまた俯いたまま、何も言葉を発さない。
「セオドア、よく考えてくれ」
「ですが……俺は、たった一人の女性も守れなかったのに……」
「お前は、元来格好をつけたがる。戯けて一歩下がることでプライドを守っていた。けど今は悩み反省し、前に進もうとしている」
「……」
「王妃の愚行は知っているが、彼女にとって皮肉にもお前だけが今、自分にできる事を探している。お前のそういう所を私は買っている」
「……分かりました、けれど彼が更生し相応しいと感じた場合は」
「ああ、お前が欲のない人間だと言う事も分かっている」
「では……ディートリヒ、セオドア。頼めるな?」
「「御意」」
「今夜の晩餐では様々な顔ぶれが並ぶ。イブリアに容疑はかかっていない、あくまで参考人なので晩餐に並ぶ事となるだろう、身の安全に注意してくれ、もう行っていいぞ。時間を取らせて悪かったな」
(イブはそんなに柔な女性じゃないが……陛下には何か心配事が?)
セオドアは国王の言葉に様々な可能性を脳内で考え、落ち着かなかったが
ディートリヒは至っていつも通りだった。
「なぜ、そう平然としていられる?」
「いつも準備が出来てる……彼女に全てを差し出せる」
言葉足らずだが、セオドアにはディートリヒの言いたい事が分かった。
彼はイブリアを守る為ならその身を犠牲にする覚悟がいつも出来ているという事だった。
彼女の為ならば常に他人の命にも、自分の命にもすぐに決断できる心の準備があると言うことだった。
「迷いが、命取りになる。向かってくるモノには迷わない一瞬の決断力が大切です……もう護衛騎士ではないが」
「なら、俺も準備しておかないとな……せめて友として今度は守りたいんだ」
「セオドア、イブは誰も恨んだりしない」
「わかってる、ただ愛してるんだ。もう遅いけど、せめてちゃんと親友でありたい……」
「……そうか」
晩餐のメンバーは国王、王妃、ルシアンを始めバロウズ公爵家、セオドアの家門であるフォラント公爵家、シュテルン侯爵に聖女セリエ、大神官であった。
「皆、よく集まってくれた」
異色ともいえるその面子に皆、居心地の悪い気分だったが先陣を切って口を開いたセリエの安っぽい言葉に更に居心地が悪くなる。
「そんな陛下……我々は皆神の下に生まれた家族ではありませんか!……ねぇ?シュテルン侯爵?」
席順は国王を上座に、右側に王妃、王妃の向い側にルシアン、その隣にセリエ、大神官と続いていた。
王妃の隣には王妹でありセオドアの母リリーシャ、フォラント公爵と並び、王の向かい側にイルザ、その右にカミルその隣にセオドア、イルザの左側にイブリア、その隣にシュテルン侯爵ことディートリヒであった。
(何故ディートリヒに?)
ルシアンはセリエの発言を不思議に思ったがディートリヒが視線だけを向けて特に返事をしなかったのを見てホッとした。
セリエがディートリヒに話を向けたのが気に入らなかった訳じゃなかった。
仲睦まじく見つめ合うイブリアとディートリヒを見ていると、ルシアンはディートリヒにだけは何一つ負けたくないと感じるのだった。
「……晩餐を楽しんでくれ。バロウズ公爵、此度は迷惑をかけたな」
「いいえ、皆濡れ衣だと気付いておられたので安心しました」
(えっ!?イブリアが犯人ではないと皆そう考えているってこと!?)
「ですが、では聖女様を脅迫したのはどなたなのでしょうか?」
大神官がイブリアを鋭く睨みつけて言うと、ディートリヒが遮るように片手を上げて発言する。
「ひとつ、調べた事があります。あの手紙は何処からも送られていませんでした。自ら運ぶ他方法がありません」
「ほう、それで?」
「王宮とはそれほど簡単な場所でしょうか?扉の前に居る騎士達や、彼女の手紙の整理をする侍女達、どこを考えても人目につかずに置いていく事は出来ません」
「なるほど!」
「どうしたの?セオドア……」
「いえ、母上。手紙はどの機関も通さずに送られているのです。これは王宮内で作られたという事になります」
「では……バロウズ城に居たイブリア嬢には……」
「そうだな……ゲートを使えば目立ちすぎる」
「はい、父上。シュテルン侯爵はそれを伝えたかったのだと」
「それでは……イブリアが犯人ではないと!?」
ルシアンがそう呟くとセリエはバッとルシアンを見て「そんな!確かに筆跡が同じだと……」と動揺した様子で言った。
「だが……王宮内となれば彼女には無理だ、顔を知らぬ者は居ない」
「ルシアンっ!!」
「でしたら、陛下。犯人を早く捕まえなければなりませんね」
そう言ったイブリアがワインを口に近づけた時、彼女の指輪が一つ光ってグラスが彼女の手から弾かれ、床に落ちて割れた。
セオドアが咄嗟にイブリアの方に向いた際に銀のナイフが床に広がったワインの上に落ちると、
「変色してる…….っ!」
セオドアがナイフの色を見てそう言う。
「イブ……怪我は?」
「毒だ」
いつの間にかイブリアの両隣に移動して来たディートリヒとカミルは彼女を守るよに立つと小刻みに震えているセリエを視界の端に捉えて鼻で笑った。
「指輪が役に立って良かった。それは本人の危機信号とは別にあらゆるものから身を守ってくれる」
「陛下!あれは、我が国の国宝のひとつでは!!」
「王妃、持つべき人に譲った。私の意志だ」
「……っ」
顔を青ざめさせるリリーシャを気遣うようなフォラント公爵と、毒を少し魔法で取り出して鑑定魔法にかけるセオドア。
「これは、致死量の三倍……ドゥラアルの花から採取したものでしょう」
ドゥラアルは、その花こそ美しいが毒性が強く危険であると判断され王宮でのみ保管の許可されているものだった。
「ならば、これも王宮でおきた事となりますな、陛下」
「イルザ……手厳しいな。無論放ってはおかん」
先程と変わらず堂々と座るイルザの雰囲気は冷ややかで、同じく冷静に座る国王もまた堂々たる姿であった。
珍しく大人しい王妃は、全てを悟ったようで顔面を蒼白にしたまま震えを収めようとドレスの裾を握っていた。
「あ、あの……王妃殿下。大丈夫ですか?」
「ーっ!」
「いっ!……ごめんなさい。驚かせましたね」
「リリーシャ夫人……」
「どうしたのだ王妃、気分が優れんか?突然辺りがよく見えるようになると気分が悪くなると聞く。王妃は目が良くなかったな……少し休んではどうだ?」
震えるセリエと青ざめた大神官。
何が起きたのか分からず戸惑うルシアンに、
イブリアを囲むディートリヒ、カミル、セオドア。
目を細めた国王とイルザの深みがかった瞳の光にイブリアは胸が騒めいた。
ディートリヒの声だけが聞こえていた。
「イブ、大丈夫です。僕が居ます」
91
お気に入りに追加
4,880
あなたにおすすめの小説
母と妹が出来て婚約者が義理の家族になった伯爵令嬢は・・
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
全てを失った伯爵令嬢の再生と逆転劇の物語
母を早くに亡くした19歳の美しく、心優しい伯爵令嬢スカーレットには2歳年上の婚約者がいた。2人は間もなく結婚するはずだったが、ある日突然単身赴任中だった父から再婚の知らせが届いた。やがて屋敷にやって来たのは義理の母と2歳年下の義理の妹。肝心の父は旅の途中で不慮の死を遂げていた。そして始まるスカーレットの受難の日々。持っているものを全て奪われ、ついには婚約者と屋敷まで奪われ、住む場所を失ったスカーレットの行く末は・・・?
※ カクヨム、小説家になろうにも投稿しています

村娘になった悪役令嬢
枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。
ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。
村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。
※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります)
アルファポリスのみ後日談投稿しております。

婚約破棄してくださって結構です
二位関りをん
恋愛
伯爵家の令嬢イヴには同じく伯爵家令息のバトラーという婚約者がいる。しかしバトラーにはユミアという子爵令嬢がいつもべったりくっついており、イヴよりもユミアを優先している。そんなイヴを公爵家次期当主のコーディが優しく包み込む……。
※表紙にはAIピクターズで生成した画像を使用しています

【完結】本当の悪役令嬢とは
仲村 嘉高
恋愛
転生者である『ヒロイン』は知らなかった。
甘やかされて育った第二王子は気付かなかった。
『ヒロイン』である男爵令嬢のとりまきで、第二王子の側近でもある騎士団長子息も、魔法師協会会長の孫も、大商会の跡取りも、伯爵令息も
公爵家の本気というものを。
※HOT最高1位!ありがとうございます!

初恋が綺麗に終わらない
わらびもち
恋愛
婚約者のエーミールにいつも放置され、蔑ろにされるベロニカ。
そんな彼の態度にウンザリし、婚約を破棄しようと行動をおこす。
今後、一度でもエーミールがベロニカ以外の女を優先することがあれば即座に婚約は破棄。
そういった契約を両家で交わすも、馬鹿なエーミールはよりにもよって夜会でやらかす。
もう呆れるしかないベロニカ。そしてそんな彼女に手を差し伸べた意外な人物。
ベロニカはこの人物に、人生で初の恋に落ちる…………。
全てを捨てて、わたしらしく生きていきます。
彩華(あやはな)
恋愛
3年前にリゼッタお姉様が風邪で死んだ後、お姉様の婚約者であるバルト様と結婚したわたし、サリーナ。バルト様はお姉様の事を愛していたため、わたしに愛情を向けることはなかった。じっと耐えた3年間。でも、人との出会いはわたしを変えていく。自由になるために全てを捨てる覚悟を決め、わたしはわたしらしく生きる事を決意する。
冤罪を受けたため、隣国へ亡命します
しろねこ。
恋愛
「お父様が投獄?!」
呼び出されたレナンとミューズは驚きに顔を真っ青にする。
「冤罪よ。でも事は一刻も争うわ。申し訳ないけど、今すぐ荷づくりをして頂戴。すぐにこの国を出るわ」
突如母から言われたのは生活を一変させる言葉だった。
友人、婚約者、国、屋敷、それまでの生活をすべて捨て、令嬢達は手を差し伸べてくれた隣国へと逃げる。
冤罪を晴らすため、奮闘していく。
同名主人公にて様々な話を書いています。
立場やシチュエーションを変えたりしていますが、他作品とリンクする場所も多々あります。
サブキャラについてはスピンオフ的に書いた話もあったりします。
変わった作風かと思いますが、楽しんで頂けたらと思います。
ハピエンが好きなので、最後は必ずそこに繋げます!
小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿中。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる